第六話 修業編②
アンナは剣を構え、呼吸を整えた。
相対する俺は、手をポケットに突っ込んだまま立っている。姿勢も構えもなく、戦闘態勢とは程遠い。
だが、アンナに油断はなかった。
目の前の存在が、人の枠を遥かに超えた俺と言う存在であることを理解しているからだ。
「......では行きます」
俺はポケットに手を突っ込んだまま
「どーぞ。どうせ当たんないし」
「へ、へぇー」
その発言でアンナの額に青筋が浮かぶ。
刹那、俺の首筋に剣を突く。が、俺はは剣が届く直前、初めからそこにいなかったかのように易々とアンナの攻撃を避ける。
「なっ!」
「型は綺麗だね」
踏み込みは強くて早い。でも……。
「うーん、速いんだけどね……」
地面を蹴る力、体重と重心の移動、剣の振り出し。どれも洗練されている。そして時折発生する剣筋は確実に俺の首を捉える軌道だった。当然だが、全ての剣撃を紙一重で全て避ける。
そうして一通り見終わった後、俺は首に届く寸前のアンナの剣を指で挟み込む。
「うん。そこまででいいぜ。踏み込み、技術、速度。どれをとってもこの世界だったら一流だ。だけど、どうしても予備動作が生まれちゃうんだよ」
「予備動作ですか……?極力発生しない様にしていますが……」
アンナは眉を顰める。
「予備動作は、この際どうでもいい。大事なのは、起こりだ」
「起こり、ですか?」
「あぁ。予備動作ってのは、人でも鍛錬の果てに消すことはできる。だが、俺が言っているのは怒りだ。何が違うのか。それは、自身の思いの意思だ。君の剣技は俺から見ても一流だ。それは認める。だけど、起こりが大きければ、どんなことがあっても魔王は殺せない。そう出来ているんだ」
アンナは持っている剣を見つめ、考える。俺は頭を掻きながら「指導って難しいな」と聞こえないレベルで小言を言う。
「エイド様……。起こりって消せますか?」
「結論から、無理だ」
俺はそう口にする。
「だが、極限まで減らすことはできる。見せた方が早いかな?」
ーー瞬間、アンナの視界から極自然に彼の神が消えた。
「はい、ゲームオーバーだね」
アンナがバッと後ろを振り返るとそこに有ったのは指をアンナの首の後ろに当てた俺だ。
「......いつの間に!どうやって!」
「見えなかったよな。いまのはね、さっき言った起こりを極限まで無くした結果さ。起こりをなくすことで自身の動きを自然の一部とするんだ」
言っても出来はしないだろう。現にアンナは目を白黒させている。
「もっとわかりやすく言うと、始まりが見えてないだけ。アンナはさ、雨粒一つ一つの動きを予想できる?出来ないでしょ。それと同じ」
「自身の動きを自然の動作と化す、と」
流石、飲み込みが早くて助かるね。
「そういうこと!その剣から繰り出される剣技を俺達は無動の剣と呼んでいるね」
「エイド様!」
ロッドが血相を変えた顔で俺に寄ってくる。
「神界の技をアンナに教えてもいいんですか!?神界の規則に反します!」
生真面目だな。どっかの誰かさんみたいだな。
「なぁ、ロッド。俺は神だぞ?規則なんて俺が変える。それに、そんな大層な技術じゃないさ。頑張れば誰でも習得できる」
「っ!失礼しました。少々、取り乱しました」
「いいさ。アンナ、休憩は済んだな?さ、地獄の修行再開だ!」
アンナはもうやつれた顔をしている。そんなことでやつれた顔をされても、なぁ。
「修行のステップ①!気付かれずに俺に触れてみろ。俺は目も瞑っとく」
「触れるだけですか?それに、目も瞑るって......」
意外そうな顔で見てくる。楽そうな試練だと思っているのだろうが、果たしてそうかな?
「あぁ、ただし、気付かれずにだ。剣も持ってね。重さが肝心だから」
俺は、ある創造魔法を発動させる。
『創造魔法:指向性重力増大』
ーーアンナの持っている剣がアンナの手から落ち、地面にめり込む。
「っ!重っ!!」
「お、ちゃんと発動したな。それは俺のオリジナルの魔法でね、対象の重力の強さを変化させるんだ。それを持った状態で、俺に触れてみろ!」
「そんな......無茶な……」
項垂れた様子でアンナは言う。が俺は少し声を低くして言う。
「はっきり言って今のままじゃ力不足すぎる。魔王には勝てないね」
その言葉に、アンナの腕が震える。
刃は地面にめり込み、びくともしない。
「重すぎます……!これでは……歩くことすら……」
「だろ?でもな、それが自分が背負ってる全ての命と思え」
「……背負ってる……命……?」
「今のお前は、命の殺り取りが無い世界で、見える敵としか戦ってない」
「……」
「でも魔王は違う」
俺はアンナを指差しながら言う。
「当たり前の様に人が死ぬ。近づくだけで、動きが鈍る。呼吸が乱れる。戦意も沈む」
「……」
アンナは今も必死に剣の柄を掴み、引き抜こうとする。
「……それでも……私は……勇者です……」
「勇者なら何だ?」
「……」
「魔王は“勇者だから”って理由で倒されちゃくれねーぞ?」
アンナの歯がきしむ。
「……でも……今は……」
「今は無理だな」
はっきり言われ、アンナの肩がびくっと揺れる。
「……っ」
「確かに、今のお前じゃ無理だ。だけど、できるようにするのが修行だろ」
アンナはゆっくり顔を上げる。
「どうやってするのです……?」
「まず」
俺はアンナに一歩近づく。
「その剣を持ち上げろ」
「……っ!」
アンナは全身に力を込める。
「……うぅ……っ!」
剣が少しだけ浮く。まあほんとに数センチだが。
「お、浮いた浮いた」
「……こんな……重さ……」
腕が震え、汗が額を伝う。
「……これで……どうやって……気配を……消すのですか……」
「だから同時にやるんだよ。力を入れながら、起こりを消せ」
「……意味が……」
「意味わからん状態でやるのが一番身につく」
ロッドが耐えきれなくなったのか、俺に口を挟む。
「エイド様……!それではアンナが……!」
「大丈夫だ」
俺は即答する。ここにいるのが誰かわかってんのか?
「俺が死なせない。もちろん死んだら蘇生させる」
「神の発想ですね……」
アンナは苦笑する。だが、その言葉には確かに決意がこもっていた。
「……では、やります!」
「よし!」
俺は静かに目を閉じる。
「じゃあ、ルールな。今から俺は目を閉じる。で、お前は俺に触れるために近づく。んで、俺が気づいたら失敗」
「……触れたら……?」
「成功。勿論、フェアプレイで行こう」
アンナの顔に少し希望が灯ったように見えた。かくして、地獄の修業が始まった.........。




