第六十二話 ミカエルの回想⑤
更新が非常に遅れてしまいました。すみません。
娘さんは、荷馬車が動き出した瞬間から目を輝かせてこちらを見ていました。
「ねぇねぇ!お兄さん!名前は!?」
早いですね。まだ乗って一分も経っていないのですが。
ですが、こう言う好奇心旺盛な子供は嫌いではありません。むしろ好きです。
「私の名前はミカエルと申します。レディ」
「ミカエル……ミカエル。良い名前ね!」
「おい、インカ。初対面の人に失礼だろ」
男性が馬を御しながら、半ば呆れ顔でインカ嬢に対して忠告しております。
そう言えば、この男性の名前を聞いていなかったですね……。
「失礼ですが、名前を聞いても?」
「おっと、そういやまだ自己紹介してなかったな。俺の名前はライム=エンペーア。名前なんだが、ライムって女みたいな名前だろ?だからよ、エンペーアと呼んでくれたら助かる」
良い名前と思いますがね……。まあ人の好みはそれぞれですし。
「分かりました。エンペーア氏」
「おう。なあミカエル。聞いても良いか?あんなとこで何してたんだ?」
「あー!それ私も聞こうとしてたのに!」
ふふっ。微笑ましい家族ですね。
「あんな所で何をしていたのか、ですか」
私は少し考える素振りを見せました。流石に、「神界から降りてきました」と言う訳にもいきませんしね。
フリザエル様と違って私には常識があるのですよ。
「簡単に言えば、様々な景色見ていたのですよ」
「景色を?」
エンペーア氏が首を傾げる。
「えぇ。この世界がどのように変化し、どのように発展していくのか。それを見るのが好きなのです」
二人とも、鳩が豆鉄砲を食ったようにフリーズしてますね。
あ、この言葉、実に使い勝手が良いですね。これもエイド様に教えてもらったものなんですよ。
「す、すまねーな。思わず面食らっちまった。だがよ、兄ちゃんまだ二十歳やそこらだろ?年寄りじみた考え方だなぁ……」
「私もそう思う!でも、なんかかっこいいね!」
「かっこいいですか……。ありがとうございます」
流石に「天使です!」と正体を言うわけにはいきませんが、エンペーア氏を納得させねばなりませんね。この荷馬車に乗せてもらっている恩もありますし。
「実はですね……」
私はそう言いながら、フードの端に手を掛けました。
本来ならば見せる必要も無いのですが、少し説明した方が納得してもらえるでしょう。
「私はエルフなのですよ」
そう言ってフードを少し持ち上げる。
途端に、二人の顔がポカンとした顔になり、やがて驚愕の表情となる。
「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
「静かにしてください。魔獣が寄ってきてしまいます」
やはり、この世界でも魔獣は強大な魔物なんでしょうね。すぐに冷静な表情となり、インカ嬢はほっぺを手でつねり、エンペーア氏も同様の仕草をしています。
二人ともやはり家族なんでしょうね。
「……そこまで驚く必要はありますか?エルフなんて少し珍しい程度でしょう?」
私がそう言った瞬間、更にまた親子揃って固まりました。いや、先程より酷いですね。
「に、兄ちゃん……」
エンペーア氏が引き攣った顔で口を開く。
「それ、本気で言ってんのか?」
「はい?」
何故そんな顔をしているのでしょうか。心から分からず、私は首を傾げました。
すると今度はインカ嬢が恐る恐る尋ねてきます。
「お兄さん……知らないの?」
「何をです?」
「エルフはね……、もういないんだよ」
「……」
なるほど。そういう事ですか。私は少しだけ目を細めました。これは表向きの反応です。裏側ではーー
(はぁ……ここで失敗しましたね……。私)
これは私の悪いところなんですけど、エイド様に関わる仕事以外したくないんですよね。まあ何が言いたいか。担当世界の確認を後回しにしていたんです。
もしここでもっと確認を取っていれば、今の時間軸で私がエイド様に怒られることもないのに……。
そんな私の苦悩を他所に、インカ嬢は語り始めました。
「大体千年前にね。エルフと人間が戦ったんだって。それで、エルフ達をいっぱい捕まえたんだって」
エンペーア氏をチラッと見ると少し顔が曇っいますね。
ですが、エンペーア氏の顔色を確認できる年頃でもないインカ嬢は続けます。
「それで残っていたエルフ達が怒って人間に宣戦布告。それで戦争になって、森も燃えて、最後には残ったエルフごとみんな殺されたんだよ?」
荷馬車の空気が少し重くなりました。
なるほど。だから二人はここまで驚いていたのですね。
私はてっきり耳が長いから驚いたのかと思いました。
「ま、まあ。昔の話ですし……」
空気を戻そうとなんとか言葉を繋ぎましたがしばらくの間、荷馬車には沈黙が流れてしまいました。
沈黙が続く中、
「……馬鹿野郎共が」
エンペーア氏がぽつりと呟きました。
その声は小さい。ですが、確かな怒りが滲んでいました。
「エンペーア氏?」
「いや、悪い」
そう言いながらも、その表情は晴れません。
「兄ちゃんの言う通り、昔の話だってのは分かってるさ」
手綱を握る手に力が入り、歯軋りの音が聞こえてきました。
「だがよ、俺にゃ、理解できねぇんだ」
風が吹き、荷馬車の車輪が土を踏み締める音だけが響いています。まるで、時が止まっているように。
「何でそんな事が出来るんだ……。捕まえて、売って、家族を引き裂いて……」
そこで一瞬。エンペーア氏の言葉が止まりました。
「……お袋だって」
その言葉が漏れた瞬間、すぐに口を閉ざしてしまいました。
「お父さん?」
インカ嬢が不思議そうに首を傾げる。
「いや、何でもねぇ」
エンペーア氏は何でもないと言うように刃を見せて笑いました。インカ嬢は安心したようですが、私は見逃しませんでした。魂の色が一瞬だけ揺れた事をね。
怒りと悲しみ。そして。喪失。様々な負の感情が入り混じり合った様な色でした。
(因果の眼を使えば分かりますが……)
ですが、私は何も聞きませんでした。
遥か昔、数え切れない人生をあの場所から見てきたからこそ、それくらいは分かります。
インカ嬢も空気を察したのでしょう。
この荷馬車に乗ってから初めて静かになりました。
そして数秒後、エンペーア氏はわざとらしく大きな声を出します。
「おらおら!暗い話は終わりだ終わり!」
「え?」
「せっかくベルグランに向かってるんだ!もっと楽しい話をしようぜ!」
「あっ!じゃあ私聞きたい事ある!」
インカ嬢が勢いよく立ち上がった。
「お兄さん何歳なの!?」
「座れ馬鹿!」
前から手が伸びてインカ嬢の頭をガシッと掴みます。
「いたーい!」
空気が一気に元に戻りました。私は思わず小さく笑いました。
分かってはいましたが、本当に面白い親子みたいですね。
「では、共に旅をする駄賃として、私の見てきた世界の話は如何ですか?」
「聞きたい!お兄ちゃんの話って面白そうだもん!」
「悪ぃが、俺もお願いしても良いか?漢のロマンとして気になるからな」
「……承知しました。では、ある少年の話をしましょう」
「少年?」
「えぇ。何も持ち得ずに世界に生まれ落ち、弱かったですが、全てを持っていた少年です」
「……どう言う事?」
「すぐに泣き、別れを誰よりも惜しみ、どんな戦いや修業でも、絶対に諦めない心を持った真の英雄の事です。そうですねぇ……。先ずは、私と初めて出会った所から話し始めましょうか」
その場には私の声と、馬の地を蹴る音、そして車輪が転がる音だけがありました。




