第三十五話 取引
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酷く静かな部屋の中。そこに、言葉の雫が一滴、落ちる。
「……エイド、……」
学園長の声は、もはや震えを隠せていない。
「お主……一体……」
「だから言ってんだろ」
俺は椅子の背もたれに深く体を預ける。
「新入生だって」
その一言に、学園長の顔が歪む。
理解している。だが、認められない。
「……ふざけるなよ……」
搾り出すような声。その言葉にミカエルとサリエルがピクッと反応し、常人ならその破棄で即死しそうなほどの殺意を振り撒く。
「エイド様。この愚か者めに罰を与える許可を」
「同意します」
「黙っとけ」
この言葉で、放っていた殺意が一瞬にして霧散する。
「そのような存在が……何故、この学園に……」
「あのな。別に理由なんて大したもんじゃねーよ」
俺は、椅子の肘掛けを指でトントンと叩く。
そして視線を、真っ直ぐに学園長へ向ける。
「"人材集め"って言ったら分かるか?」
その言葉で、学園長の瞳が鋭くなる。
「……何?」
「この学園、優秀なやつ多いらしいな?」
軽い口調。だが、その裏にある圧は消えていない。
「だからさ。その中から強い奴を何人か選びたいんだよ」
「……選ぶ、じゃと?」
「ああ。その中から、ついて来れるものだけを選んで、俺が鍛える。まあ俗に、試練ってやつだな」
その単語に、空気がわずかに揺れる。
「そして、それを乗り越えたやつだけが、次の舞台に進める」
「次……?」
学園長の額に汗が滲む。
「どこへ連れていくつもりじゃ……」
「そりゃ、頂だろ?それ以外に連れて行くつもりはない」
沈黙。少しの間、重い沈黙が落ちる。
学園長は二つの意味で理解している。
これは拒否できる話ではない事。そして、試練である事。
だがそれと同時に湧き上がって来るやるせない思いもある。
「……生徒は、道具なんかではない」
低く、だが確かな意志を込めて学園長は言う。
「わしは、あやつらを守る義務がある」
「知ってるよ」
勘のいい爺さんだから分かると思ってたんだけどな。
「分かるか?俺はな。今お前にわざわざ話してるんだよね」
俺はゆっくりと椅子から立ち上がる。
そして一歩、学園長に近づく。
「無理やり連れてくんなら、俺は既にやってる」
その言葉に、学園長の呼吸が止まる。
「……じゃあ、何故じゃ!」
「……簡単だよ。選択させたいんだ」
学園長から視線を外し、窓の外を見る。
遠くに広がる学園都市。それは、今の平和の象徴でもある。
「俺は思うんだけどよ。強いやつってのはさ」
静かに言う。
「誰かに「強くなれ!」って強制されるより、自分で選択して、進む方が伸びるんだ」
「……」
「だから、俺は"機会"だけをそいつらにやる」
俺はゆっくりと振り返る。
「その機会に乗るか乗らないかどうかは、そいつら次第だ」
学園長は、しばらく何も言わなかった。
流石にここまで説得したら十分だろ。この為だけに死んだんだし。
だが、学園長も簡単に提案を飲む気はない様だ。
「……条件がある」
「いいぜ。言ってみ」
「試練とやらの内容、最低限わしに開示せい」
「うーん。ま、いいぜ」
驚いた様に学園長は息を呑む。
ったく。俺をどんな無慈悲な生き物と思ってんだか。
「これはな。俺に課された試練なんだ」
「お主にか?そんなことをできる存在なんぞ何処にも……」
思考の海に沈みかけていたが、学園長はすぐに浮上する。
この有用性だよ。理解してはならないものを変に探らない事を決断できる力。判断力が優れているってやつだ。
「これだけ言う。それ以上は詮索すんなよ?」
無言で頷く学園長。
「俺は八代目だ。そして、俺にこの試練を仕掛けてんのは、七代目。俺よりは弱いんだが、これは俺たち先代達との間に掛けられた条約によって直接手出しはできない。だからこそ、これは俺の自尊心をかけたものだ」
そう説明して学園長を見ると、呆れた様に俺を見ている。
「あのなぁ、その顔は酷くない?普通はさ、驚くとか恐怖するとかじゃないんかな?」
「……驚きを通り越して呆れじゃわい」
背もたれに体を預けながら言う。
「後一つの情報をあげよう。魔王って知ってるよな」
「わしが倒した奴じゃな」
……ん?こいつ。今何て言った?魔王を倒した?て事はこいつが……。
「あんた……。勇者か?」
俺の言葉に、少し慌てた様に学園長は訂正する。
「わしが倒したんじゃなくてな。わしは勇者パーティの"賢者"じゃったんじゃ」
成程ね。こいつの仲間が倒したのか。神と概念は常に因縁が巡ると言うが、まさにこの事だな。
「話を戻すぜ。その七代目が魔王をもう一体この世界に落としやがってな。それを倒すのがクリア目標だ」
「……は?魔王を……落としたじゃと……?」
ここで、ミカエルが俺の言葉に補足する。
「その個体ですね。その個体は今は活動休眠期に入っています」
「それにまたまた補足するぜ。ちなみに、これはお前らにとってマジの絶望だけど。聞く?」
その言葉に、学園長は頭を抱えてため息をつく。
そして覚悟を決めた様に俺に向き直る。
「聞こうか」
それは意外だった。これを知ったら諦めてしまうからな。
だが、頼まれたら教えてやらないとな。
俺はニヤッと笑って言う。
「この世界のレベルじゃ、絶対に何があっても倒せないらしいぜ」
「……じゃろうなと思ったわい。どうせ、お主も手出し禁止じゃろ?」
この爺さん。よく分かってんじゃん。
俺は思わず感心の色を表情に浮かべていると、学園長が立ち上がり激昂した様に叫ぶ。
「感心しておる場合か!そんな条件下で、どうやってその魔王を倒すと……」
ここで言葉を止めて、一言。
「その為のか……」
最初から好感度が高かったが、今もまた高くなった。
「喜べよ。今のあんたに対する好感度は100あったら95ぐらいだぜ?」
「そんな事……。言われても喜べないんじゃが……」
嫌そうに顔を顰めて言っているが、これは心からの本音なんだけどな。
そんな俺の考えは伝わらず、ミカエルが話を進める。
「学園長。この選抜なんですが、そちらでプログラムを組めませんか?」
「わかったんですじゃ。ですが、異変があれば即座に中断しますよ」
ミカエルは目でどうしたらいいか指示を仰いでいるが、ここは俺が言うべきかな?
「好きにしろよ。俺らは特に干渉しねぇからな」
あっさりと受け入れる俺に、学園長はわずかに目を細める。
「……お主、本当に興味がないのじゃな」
「言っただろ?支配とか、めんどくせぇんだよ」
その言葉に学園長は、ほんの僅かにだが、確かに苦笑した。
「ふっ……。とんでもない厄介者を拾ってしまったのう」
「褒め言葉として受け取っとくぜ」
少しの沈黙の後、ミカエルが嬉しそうに一歩前に出る。
「ではエイド様!選抜はどのように——」
「お前は黙ってろ!」
「……はい」
しょんぼりするミカエルの横で、サリエルは静かに笑っていた。
俺は立ち上がって指を鳴らし扉の前にゲートを造る。
「んじゃ。俺らはそろそろ行くぜ。入学式も終わってるだろ?」
その光景を見た学園長は、悟った様に俺に言う。
「……好きにせい。選抜する為の手筈はまだ先になるが、整えとくぞい」
「サンキュー」
そして俺は後ろを振り返らずに手を振ってゲートの中に入って行った……。
残された学園長は困った様に叫ぶ。
「わしはどうすればいいんじゃーーっ!!」
その声は虚しくも部屋に響いただけだった。
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