第二十八話 神護十刺
俺たちは、近くにある公園のベンチに腰をかける。
夕暮れの公園は、人通りがまばらだった。
遠くで子供の笑い声がして、風が木々を揺らす。
その音が、やけに静かに感じる。
少しの沈黙のあと、おもむろにミカエルが口を開く。
「神護十刺……それは、初代神を守る最終防衛戦でも有り、初代神の懐刀でも有りました」
「昔、お前が所属してたとこだったか?」
「はい」
ミカエルは頷く。
「“十の刺”は、最下の序列ですら、単独で世界の維持、あるいは破壊すら可能とする権能を保有していました」
「まあまあ物騒じゃねーか」
「事実、物騒でしたので」
淡々と返す声に、冗談は一切混じっていない。
風が吹き、葉が揺れる。だが、ミカエルから放たれる圧に、全ての情報体が止まる。
「その中に、フレエルという天使がいました」
ミカエルは、少しだけ目を細める。まるで、昔を懐かしむ様に。
「愛称は、“ラミィ”」
その名前が出た瞬間、脳裏に浮かぶのは、さっきの少女、ミライの姿。
白い髪に炎の様な色をした目。
そして、俺たちの事を“知っていた”あの違和感。
「そいつが、ミライと繋がるってわけか」
「可能性は高いかと」
ミカエルは静かに続ける。
「フレエルの権能は、“未来を観測すること"」
「簡単に、未来視か?」
「いいえ。全く別物です」
「未来視と比べることすらおごましい」と憤慨しながら付け加えるミカエル。
俺は思ったね。そこまで変わるのか?ってね。
だが、この思いはもうすぐ切り捨てられることとなる。
「彼女は、対象を“認識した時点で”、過程を経ることなく結果を“既に知っている状態”になります」
「……なるほどな」
だから、名前も分かっていた。
読むんじゃない。侵入するんじゃない。
“最初から知っている”。
「ツミゲーだな」
「同意します」
即答する。だが、ミカエルの話は終わらない。
「さらに彼女は、権能を応用して、“観測した未来を固定する”ことができました」
「……は?」
思わず声が漏れる。
「未来視ではありません。観測した瞬間、その未来が“確定する”」
空気が、わずかに重くなる。
「だからこそ、彼女は神護十刺の中でも最前線に配置されていました。敵の行動も、勝敗も、“決定する”ために」
「チートにも程があんだろ……」
「ですが、代償がありました」
ミカエルの声が、ほんの少しだけ沈む。
「観測範囲が広がるほど、そして、観測する相手の力量差が離れている状態で権能を発動させると、“自己の存在が不安定化する”」
「あぁ……なるほどな。つまりは、近場ならノーリスク。んで、広くなれば広いほど、リスクが多くなるってことだろ?」
俺の返しに無言で頷くミカエル。
「そして、彼女は二百億年前の天魔大戦で、消滅しました」
その言葉で、空気が一変する。
「天魔大戦……か」
俺は小さく呟く。
ミカエルは頷き、続ける。
「少し、話が逸れますが……。神界が創造された際、それと対になる存在として“地獄”が発生しました。さらに唯一神であり、ファスト様に対し、闇を司る存在が二柱現れました」
「サリアンとルイチャー、だな」
「はい。どちらも、地獄の二つの模倣神です」
周りの音がだんだんと聞こえなくなる。
「神界と地獄は、百億年に一度、門として接続されます。それが“天魔大戦”です」
「で、その中の一回でラミィが死んだってわけか」
「はい」
ミカエルは、わずかに目を伏せる。
「彼女は、“私を庇う未来”を観測し、それを確定させた……」
少し間を空けて話を続ける。ミカエルは遠くを見つめながら言う。
「結果として、私は生存し……」
一拍の後、一言。
「彼女は……消滅しました」
短いが、それで十分だった。
俺はしばらく黙る。
「……で、その後は?」
ミカエルは顔を上げる。
「八千五百万年前。エイド様が神となられてからの天魔大戦にて」
少しだけ、口調が変わる。
「地獄の神であるサリアンが神界へ侵攻した」
「あぁ、あいつか」
俺はあの時の戦いを思い出す。
会社の上司みたいなブッサイクな顔をした、弱いくせに強がってたクソ雑魚。
「その際、エイド様はサリアンを“存在ごと削除”」
「ウザかったし、それに、面倒だったからな」
軽く言う。だが、ミカエルは誇らしげ気だ。
「結果として、地獄はエイド様の支配下へと移行しましたね」
「今は俺の直轄だな」
話が繋がるそして、元に戻る。
「……つまりだ」
俺は背もたれに体を預ける。
「ラミィは二百億年前に死んでる。でも、その能力と外見等の特徴が、今のミライに一致してる」
「はい」
ミカエルは頷く。
「血統、継承、あるいは……転生体」
「最低でも、偶然じゃねぇな」
「断言できます」
一拍空け、俺はミカエルを見る。
「で?強いのか、そいつ」
少しだけ、嫌そうに顔を歪めるミカエル。
「……認めたくはありませんが、権能の相性は最悪です」
「お前がそこまで言うか」
「はい」
即答。俺的には、1番強いのはミカエルだと思ってたんだがな。
「私の権能、【全能の果て】は、全知全能に限りなく近い力です」
「近い、か」
「えぇ。ですが――“全知ではない”」
少しだけ、間。
「私は全てを“計算し、導き出す”ことができます。そして,その結果まで辿りつく為の恩恵が配られます。ですが、“既に存在している答え”を無条件で知っているわけでは有りません」
「なるほどな」
つまり、
「お前は“辿り着く側”で、あいつは“最初からある側”か」
「はい」
静かな肯定。ミカエルの表情は少しだけ清らかになっていた。
「彼女は、過程を必要としません。観測した瞬間、結果が確定します。ですので、私がどれだけ結果を計算しようが。恩恵さえ受け取ることができません」
「そりゃ相性最悪だわ」
俺は軽く笑う。
だが、ミカエルは笑わない。
「さらに、彼女の“確定”は防御の概念を発動させません」
「ってことは、俺の精神防御もか?」
「恐らく」
迷いがない。
「侵入も接触も必要としないため、防ぐという行為自体が成立しません」
少しの沈黙。
理不尽とまでは行かねーが、なかなかのチートだな。
「で?」
俺は体を前に体重をかけながら起こす。
「そんな権能を持ってる奴が、なんで受験生なんてやってんだよ」
「恐らく、ラミィの意識は無いのでしょう」
地面を見つめながら淡々と、だが少し寂しそうに言う。
「権能を持ってるってだけか?」
「その可能性もあります」
俺はいつだって、ミカエルが近くにいたからここまで来れた。これはちょっとした恩返しだ。
「もし、だぜ?もしラミィの意識が有ったら、お前は何を言う?」
俺の言葉を聞き、ミカエルの顔に少しだけ驚きの色が生じた。
そうだ。この顔だ。
「勿論、何故私を庇ったのかと問い詰めますね!自分をもっと大事にしなさいとね!」
「っは!お前らしいな」
しんみりしたミカエルは似合わねー。それが今日俺が抱いた感想だ。
それに、俺はそいつと戦ってみたいしな。
「なぁ、ミカエル。学園の一年間のカリキュラムをまとめろ」
「御意。では、こちらを渡しておきます」
そう言って、ポケットから鍵を取り出す。手に取ってみると、"ベストホテル"と書かれてある。
「これは?ホテルの鍵?いつ取ったんだ?」
「権能です。私は今まで、ラミィに対する贖罪として権能を使ってきませんでした」
そして、俺の目をまっすぐに見て少し嬉しそうに言う。
「ですが、エイド様の言う通りですね。勝手に贖罪していては、ラミィに殴られてしまいます」
……ん?待って。俺ってそんなこと言ったか?覚えがないんだけど。
「お、おい?ミカエーー」
「エイド様の励ましの言葉!「いつものお前に戻れ!ミカエル!」……この生が終わるまで、魂に刻みつけさしていただきます!」
いや、言ってねぇんだけど。
「じ、じゃあ頼んだぞ。ミカエル」
「このミカエルにお任せください!」
ミカエルは俺に向き直り、恭しくお辞儀をした後、半透明の花に包まれて消えていった。
「いや、え?ここまでやばっかったっけ?」
残されたのは、鍵と、唖然とした俺だけだった。
4月24日、20時に頑張って更新します!!




