第二十九話
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石畳の通りから一本外れた場所に、そのホテルはあった。
「これが……ベストホテルか」
安直な名前の割に、外観はやけに整っている。
白を基調にした壁。磨き上げられた窓。無駄のない装飾。
「……場違いだな」
この街の雑多な空気から、妙に浮いている。
だが、鍵はある。ポケットから取り出し、軽く眺める。
「盗んではいねーよな……」
ぼやきながら、扉を開ける。
扉から中に入った瞬間、空気が変わった。
外の喧騒が、完全に遮断される。
あまりにも静かすぎる。床は柔らかい絨毯で覆われ、足音が吸われる。
香りは薄く、甘すぎない。自然に感じる空間だ。
「へぇ……」
受付を見ると老いた老婆が椅子に座っている。
なるほどね。
「……あんたか?」
老婆はゆっくりと顔を上げ、目を開ける。その目は、不気味な程濁っていた。
「……若いの……番号は……?」
しわがてはなかった。むしろ、声は澄んでいて、聴いていて耳に良い。
「鍵に書いてあるもんでいいのか?」
俺の問いに無言で頷く老婆。
「43だ」
「最上階だね」
そう告げ、興味はないとばかりに下を向き、寝息を立てながら放っとかれる。
鍵を軽く回し、上へ向かう階段に繋がる扉を開ける直前に老婆に問いかける。
「……で、セブノックがなんで言ったんだ?」
老婆は、下を向いたまま言葉を発する。
「セブノック様から伝言です。「問題行動起こしてもいいが、自己責任じゃぞ!」との事です」
俺はため息を一つ吐く。
「セブノックに伝えろ。余計なお世話だってな」
「承知いたしました」
そうやり取りした後に、階段を上がり、廊下を進む。
長い。やたらと長い。
だが、歩いている感覚が薄い。
音がない。風もない。まるで、空間ごと切り離されているみたいだ。
(防音じゃねぇな……“隔離”か)
やりすぎだろ。まあ、セブノックの系譜だからか。
43番の部屋の前で足を止める。
ゆっくりと鍵穴に差し込み、回す。カチ、と軽快な音が鳴る。
そして、俺はドアを開ける。
「……誰だ?」
入った瞬間、それが分かった。空気が、整いすぎている。誰かが侵入した痕跡はないが、それが逆に怪しさを際立ている。そして何より、生活感が余りにも無さすぎる。
「……は?」
カーペットからゆっくりと視線を上げる。見ると、ベッドの上。
「悪夢か何かか?こりゃ」
俺がそう言ったのには理由がある。
それはミカエルが、正座していたからだ。
背筋を伸ばし、両手を膝の上に置き、完璧な姿勢。
そして、こちらを見て、深々と頭を下げる。
「お帰りなさいませ、エイド様」
「……なんでいる?」
即答。間を与えさせない。与えたら与えた分、ぐうの音が出ないほどの正論を浴びせてくる時があるからな。
「同室ですので」
「聞いてねぇよ!」
俺は靴を脱ぎながら言う。
ミカエルは微動だにしない。
「説明は不要かと。既に手配は完了しております」
「誰が頼んだ?」
「私です」
「出てけ!!今すぐ!」
「申し訳ありませんが、拒否いたします」
食い気味だった。
「……お前なぁ」
頭を軽く押さえながら、部屋の中を見渡す。
広い。まじで無駄に広い。
ベッドは二つ。どちらも同じサイズ。机、椅子、ソファ。風呂に洗面台。全部が揃ってる。
「一応聞くが」
俺はミカエルを見る。
「なんで“同室”なんだ?」
一瞬だけ、沈黙。
「効率です」
「雑だな」
「エイド様の行動を即時補助可能です」
「別室でいいだろ」
「緊急時の対応が0.3秒遅れます」
「誤差じゃねーか!」
0.3秒で何が出来るんだよ。
「超越者からすれば誤差ではありません」
ミカエルはそう即答する。確かにそうだけどさ……。
「……それに」
ミカエルはわずかに視線を逸らす。
ほんの一瞬だけ。
「……近くにいた方が、合理的です」
「今ちょっと濁したよね?」
「気のせいです」
こう言う時だけ頭の回転がいいのはなんでなの?
俺は、はぁっとため息をつく。
「好きにしろ……」
俺は思った。もうどうでもいいやってね。適当にもう一つのベッドに倒れ込む。
柔らかい。憎たらしく無駄にな。
「……はぁ」
天井を見上げる。
白い。これもまた無駄に綺麗だ。
「……で」
静かに口を開く。
「さっきの件だが、調べれたか?」
「はい。完全に」
そう言って一枚の丸まった紙を俺に手渡ししてくる。
開けてみると、詳しい行事や教職員の名前が書かれてある。
「流石だな……」
「光栄でございます!」
ミカエルは嬉しそうに言葉をつぐむ。
「選抜者の人数制限は?」
「1人と聞いております」
成程ね。秋にある学戦祭がネックかな?
「選抜者については後で考えるとして、ミライの件は?」
俺の言葉に、申し訳なさそうに顔を歪めながら言う。
「……読み取れませんでした」
「お前がか?珍しいな」
「逆に、私がいた事に気付かれました」
……は?こいつは何を言ってんのかな?バレただと!?
「おまっ!何してんの!バレたのか!」
だが、ミカエルの顔は至って冷静。と言うかむしろ誇らしげである。
「御安心ください!ミライさんの記憶は私を目撃した瞬間から消しております故……」
こいつ。変なとこで悪知恵働くよな。そんな事を考えながらミカエルの話を聞く。
そして俺は、最も大事な事を聞く。
「で、如何だった?」
「やはり、ラミィの意思は感じませんでした。それより、ミライは可能性の塊です。潜在能力は、私に匹敵すると言っても過言では有りません」
ミカエルがここまで褒めるのは、俺以外だ見たことが無い。それだけすごいのだろう。ミライは。
「エイド様。まさか、戦うおつもりですか?」
「当然だろ?安全な相手とやっても、つまんねぇだろ」
ミカエルが、わずかに目を細める。
「……変わりませんね」
「何が?」
「地獄の神を消した時と」
「あぁ、あの雑魚か」
鼻で笑う。俺に喧嘩を売ったことが、あいつの人生を終わらせた原因だわな。
「相手が悪すぎたんだよ。あいつは」
軽く言い捨てる。
「それに」
俺は仰向け状態から勢いよく立ち上がる。
「もしあいつが“ラミィの継承者"なら、確定した未来ごと、ぶち壊すだけだ」
ミカエルは、静かに笑った。その笑みは、とても魅力的で、だが、何処か嬉しさを宿していた。
「……えぇ。それでこそ、エイド様です」
「んじゃ俺寝るわ」
そう言って、服をパジャマ服に状態変化させる。
そして、布団の中に入り、目を閉じる。
「かしこまりました。8時30分頃に起こしますね」
「おう。頼むぜ」
そう言った後、ゆっくりと意識が遠のいていく。
*
翌日。
掲示板の前は、人で溢れていた。歓声。落胆。ざわめきが、その場に広がる。
そんな様子を少し離れた所から見ている俺の顔は、生気がないほどに灰色がかっていて、対照的にミカエルの顔はニッコニコに笑っている。
何があったかは……ご想像にお任せする。
「おっしゃ!!受かってる!」
「……マジかよ……落ちた」
番号を縦から横に、ざっと目を通す。
「まあ……あるわな」
当然だ。受かってねーことはないからな。
その時、受験生達の中で、1人に視線が止まる。
白い髪を靡かせ、静かな炎を宿した目。
そうーーミライ=ラジアル。
「……やっぱりな」
俺はミライに一歩近づく。
「よっす。ミライ。合格だよな?おめでとう」
「……あ、ありがとうございます」
少し戸惑った声がミライから発せられる。だが、少し顔が赤くなっている。照れてんのかな?
そんなミライの顔を見て俺は目を細める。改めてみるとやはり持ってるな。
「やっぱりだな」
「……何がですか?」
少し間。そして一言を言い放つ。
「“継承者”」
空気が止まる。ミライは、困惑の色が顔な出ている。
「……それ、どういう意味ですか」
「さぁな」
肩をすくめる。これはな。試練なんだよ。俺からのな。
「まあ、自分で考えろ」
背を向ける。
「……待って!」
呼び止められる。だが、俺は振り返らない。
振り返ったら折角いい感じのかっこいい雰囲気が崩れちゃうからな。
「また会おうぜ」
軽く手を振る。
(これで十分だ)
俺とミカエルは人混みから離れた所のベンチに並んで腰をかける。
「まぁ、受かって当然だな」
「えぇ。落ちる要素が存在しません」
その時。
「ちょっと」
足を止める。
前に、少しキツめの印象を与える目をした美女が立っていた。
鋭い目に、無駄のない立ち姿。見ただけでわかる。
ーー出来るな。
「あなた達、先日の試験で目立ってた人達でしょ」
「……で?」
「調子に乗ってるわね」
俺たちの思考は唐突の悪口にフリーズする。
唯一絞り出された声はこれだけ。
「……は?」
「満点?あの程度で評価されてるのが滑稽なのよ」
周囲がざわつく。一瞬の沈黙。
「……はは」
小さく笑う。ちょっとむかついちゃったな。
「エイド様。ここは私が……」
「……黙れ。ミカエル」
俺は、圧倒的な力を持つ者だけにしか通じない覇気を放つ。
その威圧でミカエルが瞬時に俺の後ろに跪く。それで服が汚れようが関係ない。
そしてミカエルの顔に喜びと恐怖で満たされる。
「一つ言っとくが、勘違いしてんのはお前の方だ」
その女に、一歩近づく。
「お前が見てたのは、“見せてやった部分”だけだ」
指を指しながら言う。
「その程度で全部分かった気になってんなら、バカにも程があるな」
空気が張り詰める。女の目が、明確に変わった。軽蔑する目から殺意のこもった目へとな。
「……面白いじゃない。だったら証明してみなさいよ」
「あ?」
「あなたが“本物”ならね」
完全に、売ってきてるな。
俺は、ゆっくりと笑った。
「いいぜ」
軽く拳を鳴らす。
「軽く捻ってやるよ」
空気が、さらに冷えた。
今回で、三十話行きました。(0話含めて)読んでくれた人達。ありがとうございます!




