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「でもどうして? ルキオが街を破壊する理由は?」
「エクレイア。あれ、ルキオかな?」
「え?」
アルベールが視線を向けた方向、黒衣の男たちが身を翻す瞬間を、エクレイアは見た。二人の男は影のように消えた。そこには何も残らなかった。
エクレイアはため息をつく。
「違う……でしょうね」
「まったく、きな臭くなったな」
来るんじゃなかったなあ、と、嘯いて笑うアルベールを、エクレイアは眉間に皺を刻んで見上げた。
「今からでも遅くはありませんわ、せめてティフォンに……」
「お嬢様!!」
エクレイアの言葉が結びに至るより先に、皹が入った扉が勢いよく開く。飛び出してきた影が埃の舞うティールームを一直線に横切った。
「ご無事ですか!?」
「無事よ、ヘレン。速かったわね?」
「駆けるのは我らの得手ですから。殿下は…」
「無事だよ。この通り」
両手を広げて微笑んだアルベールは、ヘレンにウインクをした。それを受けたヘレンはほっと息をつくと、エクレイアとアルベールに、窓から離れるよう促した。
「ヘレン、何が起きたの? 犠牲者は?」
「詳しいことはまだ。ですが、先程のような爆発がレクセンの複数の箇所で起きています。犠牲者については、私は確認できておりません」
「ルキオの協力者?」
「いいえ。少なくとも、その爆発により、教祖ルキオは屋敷に留まることを余儀なくされたようです」
「つまり、ルキオはこの爆発の正体を知らない…?」
アルベールは一つ頷いた。
「それではあの少年をここに連れてくることはしないだろう。彼らは教祖が傷つくことを何よりも恐れている風だったからね。ここまで守り通してきたというのに、ここで傷でもついたら台無しだ」
「でも、だとしたらこれは……?」
エクレイアはヘレンを見つめた。ヘレンは静かに頷いて、
「ラフィアシウス閣下率いる部隊が、噴水付近に至る前に暴徒を殆ど鎮圧していました。仮にルキオの配下であったとしても……いえ、ルキオは出遅れた形になっていましたから、このようなものを仕込む余裕はなかったかと」
「完全に別の勢力、と考えた方がいいだろうね」
ふむ、と、考え込むアルベールに、エクレイアが小さく首をかしげて追従する。思考に耽る二人を呼び戻したのは、ヘレンの声だった。
「お嬢様、殿下、何卒ティフォンへお戻りくださいませ」
「……これは、お父様の予想通りではないの?」
エクレイアはヘレンの顔を見上げて呟く。ヘレンは首を振った。エクレイアは唇を噛む。
「手紙には、これはボルジェ家が関わっているとあったわ。ジュリアナ王妃の生家。短絡的かもしれないけれど、あの新型の武器を流しているのがボルジェ家だったとしたら、この街を手薄にするわけにはいかない」
「お嬢様」
「少なくとも、ラヴィエル閣下の部隊が整うまで、あなたはここを離れるわけにはいかないわ。そうでしょうヘレン」
ヘレンはエクレイアの護衛である。エクレイアが移動するとなればヘレンは離れるわけにはいかない。だが、エクレイアは知っていた。ヘレンの同僚、或いはその部下、彼らも十二分に強いが、ヘレンは少なくともその五人分の働きをする。
「お嬢様、私はルーベルハイム家に、そして貴女様にお仕えしております。ラフィアシウス閣下にお仕えしているわけではありません」
「わかっているわ。でも私はそう望むの」
今はもうどこにもない手紙の内容を、エクレイアはすっかり記憶していた。アルベールの母であるルルイユ第一王妃を害した男はボルジェ家と繋がりがあり、ボルジェ家の娘はルルイユ国王が第二王妃、つまりジルベールの母。不穏な動きは全て、エクレイアとジルベールの婚約破棄を始点にしていた。この異国の街で起きていることは、その余波。
「ボルジェの暴走の引き金を引いた人間がいるとしたら、それは私よ」
「お嬢様、それは」
「この街で起きていることの責任の一端はこの私にあります」
ヘレンが、言葉を探すように黙り込む。エクレイアは毅然と胸を張った。背後で割れたガラスがきらきらと光っている。外のざわめきはいよいよ大きくなり、扉の向こう側からはエクレイアやアルベールを呼ぶ声が近づいてくる。その声には聞き覚えがある。このホテルの支配人と、それから、ラヴィエル直属の部下のもの。冷静さを保ってはいながらも、今にも焦りに塗りつぶされそうな声に、エクレイアは大声で、貴族の娘としてはあってはならないほどの大声で応じた。そのような声を出し慣れていない喉は悲鳴を上げて、エクレイアはいくらかむせこむ羽目になったが、扉が開いて覗いた彼らの顔の安堵を見れば、そのようなことは些事だと思えた。
アルベールがするりとエクレイアの隣に寄り添って、囁く。
「僕には戻れと言っておいて、随分と頑固なことを言うじゃないか」
「事実ですもの」
「本当に、この騒ぎの責任が自分にあると思っている?」
それは場合によっては外交問題だよ、と囁くアルベールに、エクレイアはくすりと笑う。
「私はルルイユ国民たった二人の前で、私自身の単なる主観から出た考えを口にしただけですわ」
「口が回るね」
「それでもヘレンにとっては他ならぬ私の意志です。そうよね?」
「……はい、お嬢様」
苦り切った顔をして、ヘレンが頷く。別に困らせたいわけではないので、エクレイアも困った顔をした。困らせたいわけではなかったのだ、ただ、結果的にそうなってしまったというだけで。
「荷馬車、貨物、それから……」
エクレイアは指折り数える。その上に、ヘレンの静かな声が重なった。
「農業用の肥料を運搬するルートを重点的に。捜索にはどれくらいの人員が割けそうですか?」
突然水を向けられたラヴィエルの部下はびくりと身体を硬直させ、それから緊張した面持ちで唇を震わせる。
「カイル隊長に相談いたします」
「よろしくお願いします。ああ、お待ちください、もう一つ。お嬢様と殿下を、安全な場所へお連れしたいのですが……」
それに答えたのは、ホテルのオーナーの方だった。
「こちらに比べれば少々劣りますが、街の裏手にある湖の傍にヴィラが」
「規模は」
「周囲の視線を遮るように設計されたプライベートヴィラになりますから……」
アルベールが笑った。
「成程、おおかた愛人との密会用ってところかな。だとすれば少なくとも外側から内側を覗き見るのは至難の業だ。ではそこに。オーナー、感謝を」
25/2/24
随分とお久しぶりになってしまいました、露木です。
私事なのですが、こちらのストーリーを構成していたノートを紛失してしまい、しばらくこちらの更新ができなくなってしまいました。非公開にするかどうかはまだ決めておりませんが、この機に全体的に少しずつ改稿しつつ更新していけたらと思っております。




