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エクレイアが着替えを済ませてティールームに入ると、そこには既に身支度を整えたアルベールが、ラヴィエルと額を突き合わせて何かを話していた。エクレイアに気づき、二人が視線で彼女を呼ぶ。エクレイアは首を傾げつつそちらに近寄って、勧められるままにソファに腰掛けると、テーブルに乗せられた紙片に目を落とした。
「……これは…?」
「ラヴィエル殿の本日の収穫」
アルベールが端的に告げるが、しかしそれはなおわからない。なにせ、紙片にはなにが書かれているわけでもない。ただの白紙だ。
…いや、待て。
「……植物の繊維が随分と荒い紙ですわね?」
言葉を探りながらそう言えば、ラヴィエルは片眉を引き上げた。アルベールは、ぱちぱちと手を叩く。
「さすが。やはり慧眼だね」
「茶化さないでくださいませ……」
一瞬でげんなりしたエクレイアを見て笑い声を立てたアルベールは、しかしすぐに笑みを引っ込めて、ラヴィエルの方へ視線を動かした。
ラヴィエルが、紙片を軽く顎で示す。
「メルム草の繊維でできている。徘徊していた中毒者だと思しき連中から押収したものと、同じもの。それも、より状態がいいものだ」
「……燃やすかどうかするということですの?」
「ああ。燃やした煙を吸うらしい」
「まさか、加工品を作っていたなんて」
エクレイアは、机上の紙片を睨みつけた。
「とはいえ、そんなに量産はできないはずだろう? メルム草の繊維は、紙すきには向かないはずだ」
「はい。しかし、だからこそ、これが高値で取引されているようです」
前世でよくあった麻薬の密売だ。エクレイアは頭を抱えたくなった。堕落もいいところだ。これはあくまで薬剤であって、嗜好品になってはならないものなのに。
「……それで、そちらはどうです?」
ラヴィエルが、アルベールに向けて問いかける。アルベールは、顎に指先を触れさせた。それからその指先をもう片方に手の甲に添えて、とんとんと叩く。彼が考えるときの癖だ。
「どこから話したものかな」
「どこからも何も、教主と、協力者と、水についてでよろしいのでは?」
ラヴィエルがぴくりと反応した。
「協力者?」
「ええ。広場で私たちに水を手渡した男性、覚えていらっしゃいますか?」
「ああ」
「その方、ルキオの信徒というわけではなかったようですわ」
「ほう。ならば、今回、会ったのか」
「ええ。いろいろと聞かせていただきましたわ」
エクレイアが、ハッターについてをざっと説明し、アルベールが補足を入れつつ相槌を打つ。それを静かに聞いていたラヴィエルは、エクレイアの話が終わると、低く納得の声を上げた。
「これを手に入れるのが、さほど難しくなかった。と、部下が言っていた。まるで、何者かに手引きされているようだったと」
「……なるほど?」
「カイル」
ラヴィエルは、扉の傍に控えていた騎士を呼ぶ。カイルと呼ばれた若い騎士は、直立不動で一礼し、ラヴィエルの元へ近づいてくる。
「私の部下のカイルだ。今回、これを持ち帰った」
「それは素晴らしい」
「恐縮です。アルベール殿下」
カイルは、精悍な面差しを緊張で張りつめさせながら、アルベールの言葉を受けた。それを面白そうに見守っていたラヴィエルが、
「封筒はあるか?」
「はい、こちらに」
微かに震える指先が、ロングジャケットの内ポケットから封筒を取り出した。ラヴィエルはそれを受け取ると、エクレイアに手渡す。受け取った封筒を、エクレイアはしげしげと観察した。先ほどのメルム草の紙片のようなものかと思ったが、どうやら違うようだ。生成り色の、どこにでもあるような、普通の封筒だ。
「これは?」
「その紙片が入っていた封筒だ。ルキオの売人に指定された場所で、これを渡された、そうだな?」
カイルは、目つきを鋭くさせて頷く。先ほどの緊張はどこへやら、任務となると話は別らしい。さすが、と、感心しながら、エクレイアは封筒をひっくり返して裏面を見てみる。
「あ……」
「…これはこれは」
隣から覗き込んだアルベールが、おかしそうに笑う。エクレイアも、あきれ半分納得半分、くすりと笑った。
封筒の裏面、その隅に、殴り書きのようにして描かれた、少し崩れたシルクハットの絵。
「ハッター……ね」
なんとまあ周到なことだ。あの時は、信用できないというようなことを言っておきながら、一方でこれを仕組んでいたというわけだ。
「この意味がよくわからなかった。わざわざ書いてあるということは、なにか意味があるのだろうと踏んでいたが。まさか、そういうことだったとは」
喉の奥でうなるように笑うと、ラヴィエルはひじ掛けに頬杖をついた。
「なんだか気分が悪いわ。人の手の上で踊っているみたい」
思わずエクレイアが言えば、アルベールは弾けるように笑った。
「君もそんなこと言うんだねえ!」
「……失言でしたわ、お忘れくださいませ」
「いいや、それはできない相談だよ。これはすごく素敵なことなんだから」
「殿下……」
なんてことだ、発言には気を付けていたつもりだったのに、と、脱力したエクレイアに、ヘレンが声をかけた。
「お嬢様、件の水についてですが……」
「…そうね、ヘレン」
ぐったりとソファに身を預けたエクレイアだが、ヘレンの言葉にすぐ立ち直る。そして、ラヴィエルとアルベールをかわるがわる見た。
「明日、買い付けた水をワゴンまで取りに行かなくてはなりません。それはヘレンに任せたいのですけれど、よろしいでしょうか?」
「反対する理由がない」
「右に同じく。頼むよ、ヘレン」
意外にも真っ先に反応したのはラヴィエルだった。それも当然か、人の好き嫌いで判断を変えるような器の小さい御仁ではない。
「でも、それをわざわざ言うってことは、何か目的があるのかな、エクレイア?」
「そうですわね。ヘレンたちには、水の顧客をもっと広く調べてもらいたいのです」
「なるほど?」
エクレイアがヘレンを見た。ヘレンは恭しく頭を下げてから、進み出る。
「町長のご子息があのような状態になり、奥方が随分と疑心にかられているとのことで、あの水の売れ行きに影が差しているようです。ですが、その中で、『病が癒えた』『傷が治った』という輩が、相当数出てきております。この水では、起こり得ないはずのことです」
アルベールが、納得するような声を上げた。
「なるほどね。つまり、効果が出たように装っている人間を見つけ出そうって算段か」
「はい」
「そういえば、ラヴィエル閣下、そっちはどれくらい成果が出たのかな?」
ラヴィエルは、ヘレンの方をちらりと見る。ヘレンは無言で笑みを深めた。本当に相性が悪いなこの二人、と、内心苦笑いしながら、エクレイアは口を開く。
「ヘレン、何か知っているのね?」
「はい、お嬢様。奥方の疑心は、大半が、ラフィアシウス閣下の部下の方々によるものだと推定します」
「……とのことですけれど?」
ラヴィエルは、今度は隣に立つカイルに視線を寄越した。
「恐縮です」
また緊張がぶり返したらしいカイルは、ぴしりと背筋を正して、きっちり最敬礼を取った。
「……何をしたかは、聞く必要はなさそう……ね…?」
「そうだね、効果は覿面だったみたいだし」
くつくつとアルベールが笑う。ラヴィエルは、形の良い薄い唇に笑みを浮かべたまま、何も言わない。正直それはすごく気になるところだったが、もし、カイルやその他の、ラヴィエルの部下たちが、ヘレンと同じ立場なら、きっとあまり知られたくはないだろう。秘密もまた、大きな力になるのだから。
ともかく、だ。
「じゃあ、そちらの方はお願いするわね、ヘレン」
「承りました」
「それじゃあ僕らはどうしようか?」
「そう、ですわね………」
エクレイアは、少し考え込んだ。
「ことを片付けてしまいたい気持ちはもちろんあるのですけれど……、少々、お父様に聞きたいことができましたわ」




