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「……っはー! じゃあなにか、あんたほんとに王子サマだったってわけか! こんな辺鄙なとこまでご苦労なこった、王子サマってなァそんなに暇なもんなのかァ?」
「一周回って感服するくらい不敬だわ……」
アルベールの、そしてエクレイアの名前を、素性を聞いて、ハッターが放った第一声に、エクレイアは苦笑いするしかなかった。アルベールは終始楽しそうだ。実に。
ヘレンだけが、ずっと、穏やかな微笑みを崩さない。
「しかし、あなたは、素性などどうでもよかったのでは?」
「……やっぱお仲間だよなァ、アンタ」
「さて、なんのことでしょう」
麗しの微笑みを浮かべたまま、たおやかに首をかしげて見せたヘレンに、ハッターは鼻を鳴らすと、その隣に佇んでいたエクレイアの方を見る。
「しっかしまァ、そんな大貴族のお姫さんまでとは、ねェ。ご苦労さんなこった、それとも単なるお貴族様の道楽かィ?」
歯をむき出して笑うハッターに、ヘレンが少しだけ指先を硬くしたのを見て取って、エクレイアはヘレンの腕に触れた。驚いたようにエクレイアの方を見たヘレンは、困ったように眉を下げて、指先から力を逃がす。
「おーおー、まるで猛獣使いだなァ、お姫さん」
「あまりからかわないでくださいましね。…それに、あまりここで長話をする時間はないでしょう?」
「あァ、そうさな、まあ……あと少しくれェはあるんじゃねえか?」
「何故? ここに来てからもう随分と………」
「何故、って、そりゃあんた、連中が証拠隠滅に忙しいからさァ」
心底愉快でたまらないとばかりに喉を鳴らして、ハッターが笑う。
「ティフォンでしくじって、こりゃまずいってんで泡食って麻酔の素かき集めてみたものの、今度はお上から『売るな』のお達しときたもんだ。まァ、そりゃ、こうなるわなァ」
「………溢れたのね、麻酔の素が」
納得して頷くエクレイアに、アルベールは満足そうな声を上げた。
「じゃ、効いてるみたいだねえ、メルム草売買の規制」
「……あ? どういうこった、あんたら、ルルイユのもんじゃねェのか? …いや、まさか」
「そのまさか、が、どっちにかかったのか僕には計りかねるけど。この事態は、一国だけの問題じゃない。そういうことなんだよ。ルルイユの貴族がエルヴィアーナの街にいるっていうことが、一番の証明にならないかな?」
聡い君ならわかるだろう? と、微かに響いた囁きに、ハッターが目を丸くして、それからようよう笑い出す。
「まさか、だな! あァ、とんだお人らを巻き込んだもんだ、おれは。いや、いっそ巻き込まれたのはコッチの方、ってくらいだなァこりゃ」
げらげらとひとしきり笑って、ハッターは目じりに浮いた涙を乱雑に拭った。
「ったく、商売柄お喋りは得意だが、ここまで喋らされそうになるのは頂けねェよな。今からあんたらを案内するのはルキオの教主んとこだ。聞きたいことはあるか?」
「……あら、いきなり?」
「そりゃ、上等な顧客候補だぜ、あんたらは。持てる手札は全部切ってでも欲しいんだろ」
「切羽詰まってるんだねえ」
「よく言う。そうしたのはあんたらだろ」
楽しげなアルベールの言葉ににやにやと笑って、ハッターが肩をすくめた。
「教主に会わせる、それは一種の特別な行為だ。なにせここじゃ教主は主だからなァ。そうまでしても、ルキオはあんたらに水を買ってほしいのさ。気をつけろよ、あの手この手でくるぜェ」
ヘレンが静かに身じろぎをする。エクレイアが視線を送ると、ヘレンが微かに微笑んで顎を引いた。微笑みのままで、その唇を開く。
「では、我々はあなたとは協力関係を結ぶ、ということでよろしいのですか?」
「おれはもともとそのつもりだが、……へェ? 歯牙にもかけられないってのも予想してたが、いいのかィ? おれみたいなヤツを信用しても?」
「おや、それをあなたが仰いますか」
「そりゃ、なァ? お貴族サマからしたら、胡散臭いもいいとこだろ、おれは。特に、おれは、アンタが一番の壁だと思ってたんだがなァ」
「勿論、お嬢様に害を成すならば排除いたしますが」
「おーこわ」
表情をくるくる変えておおげさに怖がってみせるハッターと、麗しい微笑みを一切崩さずに淡々と続けるヘレン。あまりにも対照的な二人だが、内側が読めないということに関しては共通している。確かにそういう意味では同類なのかもしれない、と、エクレイアは後ろで感心していた。
アルベールがエクレイアに近づいてきて、耳元に囁く。
「いいのかい?」
「いいでしょう。ヘレンがああ言うんですもの」
「わかったよ。ここでの女王は君だ。君の思うままに」
「おおげさですわ……」
うっとりするくらい素敵ににこりと微笑んで、アルベールはエクレイアの隣に立ち、ヘレンの向こうにいる、一人の男を眺めた。その視線に気づいたのか、はたまた気づかないふりをしていただけなのか、ハッターはすぐに視線に応じる。
「おっと、王子さんとお姫さんをお待たせしちゃ悪いか。あァ、ここは、教主のいる部屋から一番遠いんだ。たぶんもう少しばかり時間ならあるが、なんかあるかィ? おれが答えられるなら答えるぜ?」
「あら本当? じゃ、あなたはどこまで掴んだの?」
「……いきなり切り込んでくるなァ、駆け引きって言葉知ってるか、お姫さん?」
「時間を無為に使うのは嫌いなの」
「……まァいいや。掴んだってったって、おれも内部深くに入ったわけじゃァねえよ。いいとこ新参ってとこだ。新参で本拠地まで来てるだけ上手くやった方だぜ」
軽妙に喋りながらも、ハッターは、人差し指で、自らの唇の近くにある傷をなぞる。視線はエクレイアを見ているようで見ていない。考え事をするときの癖かしら、と、エクレイアはその様子を見ながら思った。
「まァ、確実に言えることは、あんたらも、ここの教主を見たら魂消るってことくらいか? それ以外は掴んでそうだしなァ、麻酔の素のことも…。ったく情報屋も形無しだ。だろ、従者さん?」
ヘレンは静かに微笑んで、何も言わない。ハッターは、はいはい、わかってたよ、とでも言いたげに肩をすくめて、
「じゃ、それくらいだろ。ソイツくらい有能なのがいりゃ、大体知ってるはずだ」
「……ボス、については教えてくださらないのね?」
「ありゃァおれが言うより見た方が速い。それに、魂消るっつってもそれくらいだ。あんたらの、そしておれの目指すところは変わらねェよ」
つまり、驚くことはあってもルキオを打倒するという目標には、影響はないということらしい。だとしたら、この男がこういうのだから、もうこれ以上彼の口からそれについて聞くことはできないのだろう。
「っと……まァここらで時間切れだな」
扉を背にして立っていたハッターが、ちらりと背後を顧みた。しん、と、不意に落ちた沈黙の中に、微かな足音が交じる。古く硬くなった絨毯を踏む音だ。
「ご協力感謝しますわ。荒事の備えだけはなさっておいてね」
「おうよ、慣れっこさァ。逃げ足には自信があってねェ」
「そうならないよう祈っていてほしいのだけれど」
「いやァ、おれァ遠くから見る花火が一等好きでね」
「そのつもりは、ない、と……」
悪びれずに笑うハッターに、やはり最後まで苦笑いしかできないエクレイアであった。
扉が、向こう側から三度、叩かれる。
その音に、ハッターはくるりと振り返った。
「準備が出来たのか? お客様がお待ちかねだぞ」
「ああ、悪い。教主様のところへ、ご案内を頼む」
「勿論だとも。さあ、皆さま、お待たせいたしました。こちらへどうぞ、さあ、さあ」
一瞬で、『ジョン』に変身したハッターの、人懐っこい微笑みにいざなわれ、三人は、ここから一番離れているという、教主の元へと向かって、歩き出した。
50話。
キリがいい感じにしたかったんですが絶賛途中(しかも51部目)……。
8.24追記
誤字を修正しました。誤字というかとんでもない間違いをしていたようです。ご指摘いただきありがとうございます。




