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青いドレスを身に付けて、あまりの軽さと着心地の良さに感動したエクレイアは、鏡の前でくるくると回って、その軽さを存分に堪能してから、着替えのための部屋を出た。
先程男性二人にああ言われたし、なんなら以前のエクレイアなら、このような格好はと眉を潜めたかもしれない。ふさわしい装いというものがあるから、と。しかしながら、現在のエクレイアにとってみれば、服装は動きやすい方がいい、というのが結論である。今でこそエンパイアドレスもようよう見られるようになってきたルルイユ社交界でも、やはり乙女たちが憧れ、貴族の姫君が身につけるのはプリンセスラインやAラインが多い。エクレイアも例によって、伝統的な、華やかなものを身につけることが多かった、が、豪奢なフリル・レースの重なり、きつく締め付けるコルセット、場合によっては入ってくるクリノリンも相まって、重い、きつい、動きにくいの三拍子。木綿や麻の、軽くて動きやすいドレスを着られるのはある意味特権だと思いつつある。
というわけで、今現在エクレイアは、シンプルな麻の青いドレスを身に纏い、見事なホワイトブロンドはひっつめにして、その上から帽子を被っている。
これは、護衛として、少し遅れてレクセンに駆けつけてくれたヘレンの腕による。まったくもって器用な人である。
「……お嬢様、おそれながら、一般民衆には…その、お見受けできませんので、ええと…」
珍しく歯切れの悪いヘレンに、エクレイアは苦笑いを返した。姿見に移る自分を見て、さすがに理解はしている。これは、一般市民と言い張るには無理がある。この時ばかりは、帽子から溢れる、密かな自慢で、手入れを欠かさないホワイトブロンドが仇になった。
「…それだけではないといいますか……」
と、そう困ったように呟くヘレンの美しい姿に、姿見越しにも、メイドが見惚れているのがわかる。何故、この美しい人が、隠密・偵察・調査を主な任務とする斥候を勤められているのかもなかなかに謎だ。
さて、それはさておくとして。
「………まあ…なんと言いますか……」
部屋を出て、ラヴィエルとアルベールが待っている部屋に入った途端目に入ってきた光景に、エクレイアが溢したのはそんな一言だった。語尾はため息のようになって消えていく。
そこには、ラフな上衣と脚衣…すなわち、質素な木綿のシャツに、飾り気のないズボン、簡素なブーツ…という、ごく一般的な水準の、所謂庶民的な格好をした二人がいた…のだが。
「………………確実に目立ちますわ」
「そう? 上手く変装できたと思うんだけどなあ」
「百歩譲ってラヴィエル様はともかく、あなたは特に」
いや、ラヴィエルも正直いい勝負というか、こなれた感じにはなっているもののどう考えても狩猟帰りの貴族様ではあるのだが。
しかしアルベールに至っては問題外だ。どう頑張ってもその美々しさは隠せなさそうだ。これが王族の気品。普段から見ていて麻痺していた上に猫被りと侮ったが、恐るべし、である。木綿のシャツが絹に見えてくる不思議である。
なるほど、先ほどのヘレンの言葉を、客観的な実感を伴ってきちんと納得した。
「……お忍びの貴族、くらいの気持ちで行くしかなさそうですわね」
「俺は大体そうしている」
「でしょうね」
さらりと告げると、シャツの上にシンプルな前開きのジャケットを羽織り、ラヴィエルは目顔で合図した。ここで考えていても仕方がない、出発だ。着せ替え大会をしたかったわけではないのだから。
「で、どこに行くんだい、具体的には」
「そうですわね…、一応、教会施設のようなものがあるらしいですから、そちらへ?」
「………だそうだが、お前の意見は。斥候」
「私ですか?」
楽しげに切り出したアルベールの言葉に考え込むエクレイアを横目に、片眉を引き上げてヘレンを見遣るラヴィエル。その視線には刺があるようで、ヘレンもどことなく警戒しているように見える。アルベールはラファエルと反りが合わないようだったが、ラヴィエルはこっちか、と、エクレイアは内心苦笑いしてしまう。
「そうね、ヘレン。あなたの意見が聞きたいわ」
「お嬢様まで……」
「元はティフォンにあった拠点が空になったその後、どこに移動したのか…、それが気になっていたところよ」
ヘレンに微笑みかけると、思案げな表情が返ってくる。数回瞬きするくらいの間があってから、静かに口を開いた。
「恐らく、このレクセンにある…というところまでは把握しておりますが、それがどこまでかは」
「ほう、この短期間でそこまで掴んだのか」
「ご無礼を」
「責めているわけではないが」
「左様ですか」
刺がすごい。お互いに。
ヘレンが美しい微笑みを一切崩さないのが尚更だ。
「それでも、何か見つけたのでしょう?」
「はい、お嬢様。水、というものを販売している場所は突き止めました」
エクレイアに頷きかけてから、ヘレンは、ちら、と、ラヴィエルの方を見る。ラヴィエルは、すっと目を細めたが、何も言わない。
「シェステニアの噴水の側に、水を売るワゴンが。その周辺に、どうもルキオのものと思われる人間が多いように見受けられました」
「………ふむ」
ラヴィエルが、静かに目を閉じて唸った。それまで面白そうにラヴィエルとヘレンのやり取りを眺めていたアルベールが、楽しげに笑う。
「おや、知っていた?」
「………ええ」
ヘレンの微笑みが、気のせいかやや深くなった気がした。
「今朝方報告に上がっていた、街の中央部。ちょうどそこにあるのがシェステニアの噴水だ。女神エステアの教えを守るために殉教した聖女の逸話がある」
「…なるほど、だからルキオは……」
聖女の逸話がある噴水と、水。わかりやすく、ただの水にも箔が付くわけだ。だからレクセンは水だったのだ。
(土着の伝説に絡めたなら、受け入れられやすい。なるほど、地域性をうまく詐欺に利用したわけね)
これで、レクセンで水が使われた理由はわかった。
むしろティフォンで何故壺なのかの方が謎になった。我が国ながらわからないものだ、と、エクレイアは静かに腕を組む。
「………どこまで見えてるんだ、エクレイアは」
「まったくです」
ヘレンが静かに微笑んだ。
「お嬢様、それでは、参りましょう」
「ええ、そうね」




