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「やあ、待っていたよ、二人とも」
「アルベール殿下…!?」
ラヴィエルといいアルベールといい、どうしてこう王族皇統は自分の国じゃないところで人を出迎えるような真似をするのだろう。
レクセンの街に着いて早々、王領の館から馬車を走らせたエクレイアとラヴィエルを迎えたのは、ルルイユの王太子・アルベールその人だった。
レクセンの中で最も格式の高い高級宿、そのロイヤルスイートでのことである。
「いやあ、ルーベルハイム閣下がね、王領視察を延長してくれて」
「“王領”……?」
ラヴィエルが胡乱げに反復する。それはそうだ、ここはレクセン、紛れもなくエルヴィアーナ皇国の領土である。
「そうそう。ティフォン近隣を見て回るのを最後に予定していたのだけど、この辺りの農地を視察して来いって父上からのお達しでね、その話がエルヴィアーナ皇帝にも行ったみたいで、許可を貰って私もここに」
アルベールは突然芝居がかった仕草で、実に優美ににこりと笑って見せた。それから一瞬で悪い笑顔。この猫被り王子、変わり身の早さは俳優並みだ。
「最初は僕も、王領の館に寄ろうと思ったんだけどさ、ルーベルハイム閣下に、君たちがレクセンに向かうって聞いて、じゃあ僕も、ってことで」
「いっ…1日で国の王同士の意思疎通と王太子の海外遠征なんてものを決めてしまうなんてほんとどうなってるんですの……!」
呻くように言ったエクレイアは、
「勿論極秘裏だよ」
という王太子のウインクに撃沈した。
「そうですか……」
「それで、だ。エクレイア、君は何をしようというんだい? ルーベルハイム閣下は、好きにさせてやって欲しいと言っていたし、僕も勿論最大限協力するつもりだけど」
まあ極秘裏の上にルルイユではない土地で僕の権力がどれくらい力を持つかはわからないけど、と、さらりと恐ろしいことを言って、アルベールは美しい金髪を無造作にかきあげて笑う。
深く突っ込まないことにして、エクレイアは静かに頷いた。が、それを告げる前に、ラヴィエルが手を挙げる。
「情報共有はどの辺りまで?」
「んー、そうだな、ルルイユ側の話はほとんど全部。エルヴィアーナは、まあ、大体? なんて言えばいいかな、水の話までは知ってるよ」
「水と壺が共通しているということは?」
「なに、何の話かな?」
ラヴィエルの視線がエクレイアへ向き、アルベールの視線がそれを追いかける。
エクレイアはため息をついた。
「だってそれは私の推論ですもの、ヘレンが伝える道理がありませんわ」
「何、秘密の相談? 僕を仲間外れだなんて酷いなあ、エクレイア」
アルベールが美しいかんばせを悩ましげに歪めて見つめてくるが、目が笑っている。ほんと王太子じゃなかったら俳優が天職だと思うわ、と、エクレイアはゲンナリした表情で、
「そういうわけではありません、殿下。その証拠を掴みにレクセンに来たのですわ。とはいえ、私たちはあまり目立つ動きができませんけれど……」
考え無しに来たわけではないのだが、そういえばこの二人王族と皇統なのだ。そう気軽に街に出るわけにもいかないし、だとすれば調査はラヴィエルの配下の皆様にお任せするしかないわけで…、
「なんだそんなことか。じゃあ街に出てみればいいのさ」
「……いや、あの……アルベール殿下もラヴィエル様も、ご身分をお考えくださいまし…」
思わずエクレイアが声を上げる。一番最初にエクレイアが消した候補をさらりと述べて笑う王太子に、流石にラヴィエルも驚いたようだった。
申し訳ありませんなんとかしてください、と、そちらを見れば、
「……確かに、自分の目で確かめるのが確実だな」
「待って」
まさかの賛成の方だった。エクレイアはぴしりと固まる。
「わかりました。用意させましょう」
「何を!?」
「服だ。市井に紛れるのにその格好は頂けないだろう」
エクレイアにしては簡素なドレスだが、確かにこれも高級なものだ。
いやそうでなく。さも当然のように言われて、これ私の方がおかしいの!? と、食ってかかりたくなったが、大真面目なラヴィエルの隣で、「僕はそんなに顔は知られてないと思うんだよね」なんて呑気に呟くアルベールを見て、二重の意味で頭を抱えた。
どうしようこれ、と、エクレイアが唸っている間に、ラヴィエルはベルを鳴らして従者を呼び、何かを告げている。
そしてあれよあれよという間に、大量の衣類が届けられた。
「………手慣れてらっしゃいますわね」
「すごいねえ」
届けられた大量の衣類に、疲労感満載のエクレイアと、無邪気に感嘆の拍手を送るアルベールがそれぞれ感想を述べると、ラヴィエルは静かに瞬きをした。
「ああ。慣れている。俺の仕事の大半はこれだ」
「え」
「ああー、そういうことか。兄上の代わりの目なんだね、君」
僕はそれ自分でやってるからなあ、と、得心したように微笑むアルベールの声を聞きながら、エクレイアはラヴィエルの、鋭いアイスブルーの瞳を見た。
「兄上は体が弱かった。だからその代わりだ」
領地の視察。貴族の当主も時折お忍びで行う職務を、王族たちもまた、時折行う。特にそれは、王族の子息が行うことが多い。自らが治めることになる土地を、そこに住う人を、身をもって知るために。
本来ならば皇太子の職務、それを弟が担い、弟が持ち帰った成果を、その言葉を頼りに民を知る。何一つ疑うことなく。
それだけで、その信頼関係の深さはよくわかる。本当に、この兄弟の仲を疑う噂の出所は随分と見る目がないものだ、と、エクレイアは微かに息を吐いた。
「わかりました。実地調査と参りましょう」
「そうこなくちゃ」
「物見遊山ではありませんのよ、殿下」
「わかってるさ!」
ほんとかなこの人。エクレイアは、口には出さずに、視線でそう訴えた。
「お前はそっちだ。メイドたちに見繕わせたが」
ラヴィエルが視線を向けた方を見ると、メイドたちが持ってきたドレス掛けには簡素なドレスが数着。エクレイアは近寄って、そのうちの1着を手に取った。控えていたメイドが、さっと鏡を持ってきてくれる。
「わあ、すごい、軽い!」
思わず体に当ててくるりと回った。それくらい、ふんわりと軽く、手触りがいい。これは絶対動きやすい。
シンプルなブルーの、麻のドレス。これは素敵だ、と、鏡を覗き込もうとして、鏡を持って微笑ましそうにしていたメイドと目があった。
あっ、と、気付いて恐る恐る振り返ると、
「普段着ているものよりシンプルなドレスを喜ぶ女の子、初めて見たよ、僕」
「同意します」
こほん、こほんと咳払いして、エクレイアは表情を取り繕った。顔が赤いのはご愛嬌ということにしてほしい、そう切に願う。
「着替えて参りますわ」
「はい、いってらっしゃい」
微笑ましそうなアルベールの、そのお美しいお顔が心底恨めしいと思うエクレイアだった。




