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次の日、リージオ直属の有能な斥候たちが集めたティフォンの情報の報告をヘレンが告げに来たのと、ラヴィエルの私兵から届けられた書簡によってレクセンの実情が知らされたのとは、ほとんど同時だった。
ヘレンがまた昨日のように優雅な一礼をしてから差し出した報告書を、エクレイアが読み込んでいると、ラヴィエルが連れてきた騎士の一人が、銀盆に乗せた書簡を届けに来たのだ。
エクレイアは視線を上げて、こめかみを指先でほぐしながらラヴィエルの方を見る。
ラヴィエルは、エクレイアの方をチラリと見てから、艶やかな低い声で書簡を読み上げた。
「“水の効能について、ルキオなるものどもは、万病を治癒し、外傷を治す効果があると説明している由”」
「…………………」
アウト! と、思わず叫びそうになって、すんでのところで顔を逸らして耐えたエクレイアは、よろめきそうになった体を気合いでキープした。うわあこの体勢腹筋に効きそう、というのは現実逃避から飛び出した世迷言である。今日のエクレイアは珍しくコルセット緩めなのだ。
もとい。ここまでくると、流石に怒りを飛び越えて笑えてくる。前世の彼女ならまず間違いなく大爆笑していた。よくまあこれほどわかりやすいくらいに典型的な、と。
「………存外早々に片が付きそうで、大変よろしいですわ」
手元の報告書、テーブルの上の銀盆、そして、異国の公爵閣下と、美貌の斥候。さらにここは、王領、王族の別荘たる館。
視界に入るその全てにおいて非日常が過ぎて、その刺激でようやっと現実に繋ぎ止められる気分である。でなければとっくの昔に現実から逃避して書斎に逃げ込んでいた。
(いや、油断は禁物、予断は大敵……)
ふう、と、息を吐くエクレイアを、ヘレンが心配そうに覗き込む。
「お嬢様? ご気分が優れないようでしたら…」
「大丈夫よ、ヘレン。解決の糸口が掴めたのだもの、休むなら全て終わらせた後でいとしの我が家に戻ってからよ」
思い出したように、立ったままだった自分の体をソファに落ち着けると、ようやく息をつく。そんなエクレイアに、ラヴィエルが驚いたような視線を投げた。
「解決の糸口? これでか?」
「ええ。ヘレンの報告書によると、壺以外に怪しい点は……ああいえ、あるにはあるけれど、まあ今のところ気になることはそれだけ。ヘレン、ご苦労様。引き続き頼むわね」
「御意に。では、私はこれにて」
「ええ。お父様にもよろしく伝えてね」
「承知いたしました」
胸に手を、そしてその長い脚を揃えて、恭しく一礼をすると、影のような斥候は残影すら残さずに去った。本来の主であるところのリージオに、報告を上げに行くのだろう。ここから相当離れたルーベルハイム城に伝令に走り、すぐにティフォンに戻ってくる、その手段がどのようなものかはわからないけれど。
「どういうことだ?」
胡乱な視線を、エクレイアの手元の報告書に当てて唸るラヴィエルに、エクレイアは静かに首を傾げる。
「何がですの?」
「解決の糸口とやらだ。お前には一体どこまで見えている?」
これにはエクレイアも弱ってしまう。
どこまで見えている、というか、ここまでくれば一種の様式美ですらあるのだ。水とかなんとかそういう元手がかからないものに、ありもしない付加価値をつけて販売する。繰り返すようだが詐欺師の手口だ。ただの水に、壺に、そんな大それた効能などあるはずがない。前世でよくあった、飲むだけで痩せる水だとか、先祖の霊を清める壺だとか、そんな感じのアレソレだ。胡散臭いことこの上ない。前世では、売る方も大概だか買い手がいることも驚きだと無責任に笑っていたが、なるほどこういうことか、と、時空を超えて納得してしまった。
しかし、この世界、ことこの国や隣国において、それはあってはならないことだった。というか、そのようなものを考えつく人間が存在しなかった、というか。よしんば考えついたとしても、実行に移すことはありえないというか。
(神を騙る、またはその御威光を騙る、それは、それだけで万死に値する蛮行、愚行。ラヴィエル様が、神の御前で誓うことで、周囲の貴族が黙らざるを得ないほどの力を持つくらいですもの……。……神になぞらえた霊感商法なんて見つかり次第即処刑ものよね…)
そうなのである。
そもそも、この世界にだって詐欺はある。騙し騙されが水面下で蠢くなんてそこかしこであっている。商家だって貴族だって、権謀術数の巡らせ合い、端的に言えば足の引っ張り合い。表立っては勿論しないが一皮剥けば割とえげつないことをやり合ったりしているものだ。ルーベルハイムの威光に対してさえ土をつけようと躍起になるものがあるくらいなのだから。大体リージオにあしらわれているけれど。
だが、神にまつわることだけは別だ。そこだけは、絶対不可侵の聖域。神を騙るなど、その時点で物理的に首が飛んでも文句は言えない。なんなら天罰が下ってもおかしくない。この世界に、神はいるのだ。それが潜在意識に刷り込まれているからこそ、存在しなかった大罪。
(だからこそ……何故、今になってそんなものが出て来ているのかしら。……いやそれよりもまずは)
まずは、ラヴィエルを納得させるだけの説明をしなければならない。
霊感商法なんていうの世界での極刑ものの大罪を、どうやって説明したらいい。そもそも前世とこの世界、罪の種類も重さも全く違うのだ。今のエクレイアの中で説明がついた事柄も、この世界では一人娘が妹を道連れに井戸に飛び込んで焼死するくらい突拍子もないことである。
ぐっ、と、奥歯を噛んでから、エクレイアは静かに口を開いた。
「ティフォンとレクセン、共通点は、水と壺、ですわ」
まずは結論を。
ラヴィエルの眉根が寄せられた。当然だろう、その二つは似ても似つかない。
エクレイアは、人差し指を伸ばした。
「壺と水に共通するのは、“効能”」
「お前が調べさせたことか」
「ええ。壺には病魔厄災を封じるという効能、水には万病を癒し傷を治すという効能」
「ああ。ルキオなるものの主は、つまりそれに連なる特殊な力を持っているということか? それならば人が流れるのも無理はないが、しかしだとすると事態はますます悪いな……」
対策を練り直さなければなるまい、兄上に伝令を…と、苦々しい表情を浮かべるラヴィエルに、エクレイアは沈痛な面持ちだった。
(これをこのラヴィエルが本気で言うんだから、神の御威光がどれだけこの世界において大切で貴いものなのかがわかるなあ……)
思わず内心で前世の口調が立ち戻り、エクレイアは静かに、人差し指だけを伸ばしていた手を大きく開いた。ラヴィエルが不思議そうに目を瞬き、言葉を止める。
この聡いラヴィエルすら、ルキオを危険視しているこの男ですら、神を騙るという発想に至らない。
神を騙るものがいる、という、前提からして異なっていて、だとしたら、恐らく、このまま安楽椅子探偵の真似事では埒が開かない。
さてどうしよう、と、エクレイアが、手元の報告書を慰みにはらりと捲ると、とある記述が目に入った。
「ラヴィエル様、レクセンの街へ参りましょう」
“先頃までティフォンの街にあったと思われる本拠地は既になく、首魁の姿も見当たらず。恐らく近隣の街に移動したと考えられるが、今のところ、ルルイユ国内においては確認されていない”
話数が随分増えて来たので、ゆくゆくは一話ごとにタイトルをつけられたらな、と考えております。どれがどの話か超わかりにくい。




