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これには、流石の異国の皇太子も、そしてその弟である公爵閣下も、思わず硬直してしまった。ルルイユの王太子でさえも、引きつった笑みを浮かべるのがやっとなのだから、ある意味仕方がないのかもしれない。
「お父様、あの…、もしや、耳目とは」
仕方がないので、娘である自分が、と、恐る恐る問いかけたエクレイアに、相変わらず目の底に得体の知れない鋭さを宿したまま、穏やかに笑ったリージオが静かに頷いた。
「ネズミだよ。すばしっこくて、ずる賢い。元来、繋がっているような気配があったのだが、昨日のメルム草の仮定を聞いて、繋がった。本来、ルルイユのことはこちらで対処すべきだとは思うのだが、根が一緒なら纏めて駆除するのが手っ取り早い」
無論、最低限に留めるが、と、付け加えられた言葉に、流石にめまいがしそうになった。
つまり、ルルイユの王城に潜む何者かがルキオと繋がっていて? それを、異国の皇太子とその弟君をも巻き込んで? まとめて駆除を?
ことがことだけに青ざめたエクレイアとは裏腹に、リージオは楽しそうに笑みを深めている。その隣でなにやら考え込んでいた国王は、静かに呟いた。
「親書でも送るかな」
「密書の間違いでは?」
「みっ…!?」
「そうとも言う。だがリージオ、そろそろお前の愛娘どのが倒れそうだ」
「おや」
突然ファーストネームでリージオを呼び、国王は茶目っ気たっぷりにエクレイアに目配せをした。リージオもまた、悪戯っ子のようににやりと笑ってみせる。
いい歳してこの大人二人は…! と、なんとも言えない表情で眉間にシワが寄りそうになるのをこらえていると、
「ならば僕も一筆添えましょうか」
「おや、ラファエル殿下が。それはありがたい」
「兄上……」
楽しそうに笑って、おどけたように、しかし明らかに半分以上本気でラファエルが言えば、間髪入れずに国王が返して、ラヴィエルがため息をつく。
どれだけ動揺していても、立ち直る速度と状況を整理する能力の高さは折り紙付きというか、いや、これはどちらかといえば。
「いやあ、流石にルーベルハイム閣下が絡むとこう、面白いことになるねー」
「アルベール殿下まで…!」
笑顔というには変わりがないが、にこにこ、というよりは、にやにや、という形容が正しいような笑みを浮かべて、アルベールまでもがそんなことを言う。さながら、チェシャ猫のようだ。
そう、これは、どちらかといえば。
「いつから、この場は悪巧み大会になったんですの…!」
思わず、行儀悪くも円卓に伏せて、心の底からそう絞り出せば、弾けたのは笑い声だった。
屈託なく声を上げて笑うのは、恐れ多くも我らが国王陛下と、そして隣国の皇太子殿下。笑い声は上げずとも、アルベールとてややまろいチェシャ猫の笑みは浮かべたままだ。とどめのように、ラヴィエルがにやりと口の端を吊り上げた。
「エクレイアもいい感じに砕けたところだし、父上、いかがしましょうか」
「そうだなぁ、尻尾を抑えて芋蔓式に、行けば良いのだが」
おどけたように肩をひょいと上げて言い放ったアルベールに、指の先で円卓を打って国王が応じると、ラファエルが、
「流石に、そう簡単には……」
と、リージオに視線を向ける。形だけは殊勝なことを言っているが、その顔はきらきらと輝いていた。エクレイアは、卓についた腕で体を支えながら、これ絶対ろくなこと考えてない、と、小さなため息をつく。
「なんとか、やってみましょう」
「そう言うと思ったぞ、リージオ」
「流石はおじ上」
思慮深げに、しかしとても楽しそうに笑うリージオの言葉に、手を叩きそうな勢いで喜ぶ国王とラファエル。これどこかでみたことある気がする。ああそうだ、あれだ、秘密基地の設計をしようと試みている悪戯っ子。
楽しくてたまらない、という顔をしている。あれ、これ結構重大な問題じゃなかったっけ…? 既に国二つ巻き込んでるような…? このままいくと周りの国まで巻き込みそうな気がしてるのだけど…?
思わず遠い目をしたエクレイアに、ラヴィエルが、
「諦めろ。兄上はそういう人だし、どうやら王の器はそうでなければならんらしい」
「それは極論だと思いますわよ…」
いや確かに、ラファエルは、難しい問題ほど解く時に笑みを浮かべるタイプだ。無自覚で、笑顔で人を追い詰めるタイプ。普段のふわふわ王子様な彼からは想像もつかないが、帝王学により支配者の素質は確かに開花している。
「おや、それじゃ僕は王にはなれないかもしれないな」
「あな、たも、大概、です!」
ついさっきまで円卓の上でくるくると指を回しながら、あれやこれやと面白そうに提案を投げていたアルベールが、悲しそうに呟いてみせる。悲しそうだなんて、そんなのポーズだ。隠しきれない愉快な色が、目の奥どころか顔中に滲んでいる。
「ポーカーフェイスのおつもりなら即失格ですわ、お顔全体で、楽しんでいますと宣言しながら仰られましてもね!」
「ははっ、手厳しいな。それでこそエクレイアだ」
なにが、と、返すのは流石にやめておいた。
「まったく、もう…」
ふう、と息を吐いてから、リージオと、国王と、ラファエル、ラヴィエル、アルベールの顔を、順々に見る。
誰も彼も、楽しくて仕方がないという笑みを口元に浮かべて、遠回しに輪をかけて遠回しな言葉を使って、何をしてくれよう、どうしてくれようと、あれこれ提案を投げている。ネズミの尻尾を捕まえるのが、よほど楽しみらしい。ゲームに興じる少年のように、ああでもない、こうでもない、と。
(………なんて、とんでもない)
エクレイアは内心、独りごちた。
確かに、そうだ。楽しそうに喋るそれは貴き者たちの遊戯のように見える。貴族の遊び、というやつだろう。以前の彼女であるならば、もしかしたら、眉を潜めたのかもしれない。持てるものの道楽だ、人の命も駒にして、なんて。
しかし、その奥にある冷たいものを、貴族として育ち、そしてまた、貴族の考えを、父親の振る舞いを見て学んだエクレイアは、察知していた。
目が、笑っていないのだ。
(腹を立てている。テリトリーを荒らされ、食い荒らされていることに。だから、どうやってでも、追い詰めるつもりなんだわ)
権謀術数の中にあって、その中を生き抜いてなお優雅に君臨する彼らは、その怒りを表に出すことはない。怒りを出さぬまま、穏やかにことを進めて片付けてしまう。さながら指先で行う盤上遊戯のように。それが時に享楽的に見えるのかもしれない。酔狂に思われるのかもしれない。それでも、
(エクレイア、私もまた、その中にいる人なのね)
突如分離した思考を、鋭いため息で再び融合させ、唇を笑みの形に歪めた。右手の指の先で、左手の甲をとんとんとつつく。
「それなら、お父様。先月の、例のメイドが狂乱して捕縛された事件から、洗ってみたほうがよろしいのではありませんの?」
「そうだな」
ふ、と、柔らかな調子で述べられたエクレイアの言葉に、リージオが穏やかに返した。まるで絵画の話でもするように穏やかに。
ラファエルとラヴィエルは、すっかり聞く態勢をとっている。
それを横目でちらりと伺って、エクレイアは父を見た。
「私は、詳細は存じませんが、つまりあれは、メルム草が使われた、ということで間違いないのですね?」
「そうだ。先月の中程、アイリーン王妃殿下付きのメイド、セーヌが、突如狂乱し暴れ出した」
実母の名を聞き、アルベールが、静かに目を伏せた。
それは大事件だった。今でもその余波で、アイリーン王妃にはごく少人数のメイドしか付かない。
しかも、セーヌは、アイリーン王妃の実家から派遣されたメイド。アイリーンに二十年以上仕えているメイドの実の娘で、それ故王妃が受けたショックも大きかったと聞く。
「そして、そのセーヌの様子がおかしくなる直前に、セーヌと密に話していたのが、姿を晦ました衛兵ブルーノ」
何らかの原因を知っていると思われたブルーノは、セーヌが狂乱したその日のうちに、姿を消した。部屋には何も残っておらず、周到に計画されたものだとはすぐにわかった。
ブルーノは天涯孤独であり、孤児院の生まれだったため、その動機は不明だとされていたはずだが…。
「そのブルーノの背後関係が判明した。ブルーノが育った孤児院の大口のパトロンは、グレッグ・キャサー・ハゼクス…」
エクレイアが唇を引き結ぶ。
リージオは、優しく微笑んだ。恐ろしい、微笑みだった。
「つまり、ジュリアナ妃のご実家だ」




