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ルキオなるものの成り立ちについて、確かなことはその殆どが不明である。
誰が、何のために、それを創り出したのか、そしてまた、誰が、何のために、それを運営しているのか。それは何もなかった青空に、にわかに黒雲が膨らんでいくように出現し、さながらインクの染みが乾いた羊皮紙を汚染するようにじわじわと、しかし確かに周囲に広がっていった。
確かなことは、それはルベウム教によく似た形態をしているということ。そしてまた、それとは似て非なるものだということだ。
ルベウム教とは、主神たる暁の神ルベリウスを中心に、様々な役割を持つ神々を信仰する宗教である。絶対である主神ルベリウスへの信仰を基軸に、子宝の神、戦の神、等々、ルベリウスの従神たる神々が、それぞれの役割を担っている。唯一独立して、ルベリウスと対をなすとされているのが夕闇の女たる名前のない女神であるが、かの女神についての資料は極めて少ないため、明確に信仰の対象とはなりづらいらしく、彼女の神殿は各地にしばしば散見される古い祠のみである。歴史ある古い女神であることは明白だが、こうなっては教義においても影は薄い。
このルベウム教は、この世界において、一大宗教である。ルルイユ、エルヴィアーナも、例に漏れず国教と定めている。多少異なる流儀があるものの、崇めている神は同じく、暁の神ルベリウスである。王族も、皇族も、皆、神の下に跪き、その恵みを受け、祈りを捧げる。神とはそういうものだ。人智を超えて君臨し、揺るがない絶対的な存在。
ルキオが、ルベウム教と異なる点はここだった。
「あまりに不明瞭なことが多くはありますが、ルキオの核が何ものであるのかについては、掴んでおります。教主ルキオ。これがどのような人物なのか、詳細は不明ですが、ルキオなるものどもが信仰の対象としているのは、これです」
「……!」
リージオの言葉に、ラファエルは絶句した。美しい唇を薄く開き、薄青の瞳を見開いて、普段ならば絶対に見せない雷に打たれたような動揺がその面に走る。
対照的に、その隣のアルベールは、静かに目を細めただけだった。
この動揺の差が、ルルイユとエルヴィアーナの信仰への差であった。
ルルイユもエルヴィアーナも、熱心なルベウム教徒が形作る国家ではあるが、その風潮はやや異なる。ルルイユにとって、ルベウム教は確かに重要であるが、儀礼的なものにとどまることが多い。先の婚約破棄の儀のように、その時々、節目節目には、ルベウム教に則った儀礼が存在し、個々人も神に祈りを捧げる敬虔さを持つが、あくまで宗教と政は別。
(神道にちょっと熱心になった日本人、って感じかしら…?)
それはそれで想像がつきづらいな、などと脱線して考えるエクレイアであった。何せ、以前の彼女はまさしく、宗教には興味がなかったからだ。
一方エルヴィアーナはといえば、
(………バチカン市国…ってところ?)
当たらずとも遠からずではないか、とは、現在のエクレイアの、俯瞰による私見である。
無論、エクレイアは長期間エルヴィアーナに滞在したことがないし、ルベウム教についてをラファエルやラヴィエルと話したこともない。それくらい当たり前のものだったのだから、話す必要がなかったというべきか。
ふむ、と、エクレイアが一人ややズレたことを考えていると、ようやっと動揺を呑み込んだラファエルが、静かに拳を握り、息を吸い込んだ。
「……教主、ルキオ、なるものを、主なるお方と同等に考えている、と?」
「その詳細な教義まではまだ。しかし、ええ、そのようです。なんでも、ルキオなる人物は、ルベリウス様の神子である、という主張らしく」
「…………」
動揺も一周回ると頭痛になるらしい。ラファエルの美しい指が、その真っ白なこめかみにあてがわれ、花の唇から溢れるのは深い深いため息。わかるわかる、まったく意味がわからない上に理解が及ばないとそうなるよね、とは、以前の彼女が顔を出したことによるエクレイアの感想である。
それまで黙っていたラヴィエルが、兄の様子を見かねたのか、すっと手を上げる。リージオが視線で応じた。まるで幼い日に、リージオを師として様々なことを学んだあの日のようだ。今回に関してはその科目があまりにも酷いが。
「つまり、主神ルベリウスの神子たるルキオを崇めよ、というのが、それらの基本理念ということですか」
「そのようです」
ラヴィエルが、兄ほど動揺していないのはおそらく、身体の弱い兄に代わり、様々な国に留学や滞在を繰り返していたからだろう。ラファエルの見識が狭いということは決してないが、しかし、実際に異国の地を踏んだという点で、物事を多角的に見ることに関してはラヴィエルに分がある。
「父上、ルーベルハイム閣下、それで、ソレはどれ程広がっていると見ておられるのでしょう」
「ルルイユにおいて、ルキオの勢力が最も強いのは、ティフォンの街の周辺だと見ている。そうだな、丁度…」
「エルヴィアーナ皇国との国境沿い、レクセンの街に程近い場所ですね」
国王の言葉を引き取って続けたリージオの言葉に、ラヴィエルがぴくりと片眉を動かした。
レクセンの街。お茶会で出てきた街の名だ。出したのは私だったなそういえば、と、エクレイアは無言のうちに思う。ルルイユとエルヴィアーナの国境付近、帯状に連なる農村地帯の、二つの街。共に、主要産業はメルム草だ。ただし、メルム草を多く栽培する技術はエルヴィアーナの方が上。何故なら、エルヴィアーナは麻酔を使った外科治療の最先端を行く国だ。
(とはいえ、前の世界の外科治療とは全く違うから、詳しくは知らないけれど…)
医術は、薬草学を齧った程度のエクレイアの知識である。流石のエクレイアも、そこまでは学びきれなかったらしい。いやいや、それでもこの知識量はすごいぞ、なんて、突然浮遊した主観を捕まえて引き戻し、エクレイアは考え込んだ。
「エクレイア」
「は、はい!」
考え込んでいたらリージオに名前を呼ばれて、それまで一言も口を挟まず聞き役に徹していたエクレイアは、ぴっと背筋を正す。さながら学校で予期せず先生に当てられた生徒の心地だ。
エクレイアを呼んだリージオは、心なしかほんの少しだけ表情を緩めて首を傾げ、それからゆったりと瞬きをし、それに従って表情を引き締める。
「エクレイア。メルム草についての見解を、今一度ここで述べてくれないか」
「メルム草についての…?」
リージオの申し出に、エクレイアは目を瞬かせる。見回せば、円卓の上で長い指を組むラファエルと、背筋を伸ばしたラヴィエルの視線が、真っ直ぐに自らを捉えていることに気付いた。
さらに注がれた国王の視線に促され、恐れながら、と、前置きをして、先の小さなお茶会で語ったことを、丁寧かつ簡潔に話して聞かせると、今度はアルベールが驚愕の表情を浮かべる番だった。
「………それは…」
「……ふむ」
驚きに染まる息子とは裏腹に、その父たる国王には、何か思い当たることがあるようで、無骨な指先を顎に当て、思案げに小さく唸る。
「なるほど、ならば、そういうことか……あれは」
「陛下も、そう思われますか」
静かに、リージオが応じる。
なんのことだ、と、エクレイアが首を傾げると、リージオは、微かに笑った。
その微笑に、エクレイアは、ぞくりと、背に冷たいものが走る気がした。
「ネズミの尻尾が見えてきたんだよ」
なんのことやらサッパリだったが、エクレイアにたった一つ言えることがあるとするなら、この、ネズミを前にした猫のような、瞳に冷徹な光を宿しながら穏やかに笑うこの父親に狙いを定められたネズミに対する、ご愁傷様、の一言だけである。
この男は、間違いなく、猫のような可愛い生き物ではないのだ。
「ここから先は、我がルルイユの内情にも関わります。いわば醜聞というものですが、なに…、お二方が口外なさるとは、私も陛下も、思っておりませんよ」
お父様、それは、脅迫というやつかもしれません。
賢いエクレイアは、その言葉を飲み込んだ。
「我らが城を荒らすネズミと、静かな農村を食い荒らすネズミ、纏めて狩ってしまいましょう」
文章がリージオ様推しになって困る。どうしよう。
2020.7.8
ジャンルを「恋愛・異世界もの」から
「ファンタジー・ローファンタジー」に変更しました。
しばらくは恋愛より、トラブルシューティングがメインになります。
勝手ではございますが、今後もご愛読頂けましたら幸いです。




