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「以前お会いした時と変わらず、お元気そうで何よりですよ、アルベール殿下」
「いえいえラファエル殿下こそ。それにしてもいつにも増してお美しくていらっしゃる」
「おや、そのような賛美はどうか、麗しの貴婦人にこそお使いになってください。貴方の口から告げられれば、どんなご婦人も喜ぶでしょう」
「いやいや、私は本心を申し上げただけですよ、お気に障られたのなら申し訳ない」
にこにこにこ、と、完全無欠な微笑みと共に交わされるトゲだらけの言葉の応酬を前に、エクレイアは頭を抱えそうになる自分を必死に抑えていた。
リージオの先導によって今度こそ恙無くすずらんの間に辿り着き、精緻な鈴蘭のレリーフが施された扉を開いたその先に待ちかねていた、我らがルルイユ国王と、第一王子アルベールに、儀礼的な挨拶をした途端これだ。この二人、本当に相性が悪いのだ。それも昔から。
特に今回に関して言えば、アルベールの機嫌が非常によくない。まあ、猫被りが必要なこの城から出られたと思ったら早々に呼び戻されて、しかもそうそう会うことはないはずの天敵と引き合わされたのだから、気持ちは分からなくもない。さらに言うなら、完璧な人払いの末に、ここにいるのは国王とアルベール、リージオ、エクレイア、そしてラファエルとラヴィエル。ある意味、彼が猫被りを徹底しなくても良いと判断している人間だけだ。いや、そこは徹底してくれよとため息をつきたいエクレイアだが、困ったことに天然特有の鋭さを持つラファエルが、アルベールが猫を被った途端瞬時に警戒態勢に入るものだから始末が悪い。その瞬間に、びっくりするほど話が進まなくなるのだ。
それを周囲も理解しているが故のお目溢しである。本来なら外交問題級なのだが。
(相性が良いのか悪いのか…、いや、確実に致命的に悪いのだけど、良い理解者にはなれそうなところがなんとも、ねえ……)
とまあ、エクレイアが思わず遠い目になるのも仕方のないことだった。だって本当に毎回こうなのだ、この二人。飽きずに律儀に毎度こうなる。そろそろ、美しく気位の高い猫二匹が毛を逆立てあっている風に見えてきても仕方がないと思うのだ。不敬極まりないが、かつての記憶が鮮明に伝えてくる。猫カフェで見た気がするこの図式。ああ、もふもふ尻尾が恋しい。
隣で微かなため息が聞こえて、エクレイアがそちらの方を視線で追えば、エクレイアとよく似た温い視線をラファエルに注ぐラヴィエルがいた。
「兄上、お戯れはその辺りで」
「おや、戯れていたつもりはないのだけど」
にっっこり、微笑みと呼ぶにはいささか薄寒い表情を浮かべて、ラファエルが振り返る。背後に吹雪が見えた気がして、エクレイアは静かに左手首に右手を添えた。
「アルベール殿下、貴方様もですわ」
「エクレイアにも、戯れに見えたのかい?」
こっちもこっちで、纏う空気と全く釣り合わない微笑みをくれた。背後に暗雲が見える気がする。
思わず天を仰ぎそうになったエクレイアが視線を広間に滑らせれば、国王とリージオが微笑ましいものを見る目でこちらを眺めていた。流石に年の功だ。
なんということだ、ツッコミがいない。
エクレイアは内心思いっきり崩れ落ちたが、立ち居振る舞いは崩さない。もはや意地の領域だった。
「お父様……、道中の件をお伝えすべきでは?」
エクレイアがそう言った途端、空気が変わったのはさすがと言うべきか。
「ルーベルハイム卿、何かあったのかね?」
圧力すら感じさせる無表情で、国王がリージオに問いかけた。
「目と、耳があった。それが証明なされました」
広間に立ち込めた圧力の中で、リージオは飄々と言ってのけた。国王の顔色がにわかに曇る。
「外が、騒がしかったのはそのせいか」
「すずらんに至らぬようにと重ねて言いつけましたからな。この近くに、ネズミ一匹近寄らせるなと」
いつの間に。とは、エクレイアの内心であったが、それをこの人に聞き始めるときりがないためやめておくことにした。毛を逆立てあっていた猫二匹が大人しくなって、吹雪と暗雲が引っ込んだからもうそれでいい。
「ネズミか。そろそろ頃合いだな」
「そのようですな」
「気配はするが、よく逃げる。面倒なものだ」
「しかしながら、狩り時を逃してはなりますまい」
「ふむ…」
突然始まった王と右腕の会話に、取り残されたのは若い顔ぶれである。特にエルヴィアーナの二人は、これ自分たちが聞いてていいやつなのか、と言わんばかりの顔をしてエクレイアを見た。私に聞かないで、と、目顔で応戦するエクレイアである。年月を経た老獪な者に太刀打ちできるはずがないのだ。国王と己が父を老獪だなんて表立っては到底言えないが。
「何があったんだ、エクレイア」
「メイドが一人、耳目に利用されましたの」
「なんだって、ルシアンナがそれを許したって言うのか?」
「そのマダム・ルシアンナが動揺していたのですわ」
「それはそれは…」
「足の速いメイドの服だけを盗んで紛れ込んだようですわ」
「セリーンか」
「ご存じでいらしたの?」
「愉快な話は回るのが速いものさ」
「……………」
「あの後早速大変だったみたいだね」
「……………完全に面白がっていらっしゃいますわね」
一瞬で頭痛の種が発芽して、エクレイアはこめかみを抑えて唸るのを堪える羽目になった。この人の耳にも入っていたのか。
くつくつ、と、含むように笑ってから、アルベールはすぐに神妙な顔をした。
「陛下。…父上」
「うむ、どうした、アルベール」
「此度の会合において、議題に上がるべきはルキオなるものどもについてと聞き及んでおります」
「…左様」
すっ、と、国王が、座していた椅子の肘掛に置いていた手を体の前で組んだ。
どうするんだこれ、と言わんばかりの顔をしていたエルヴィアーナの皇太子とその弟は、静かに姿勢を正す。
「ラファエル殿下、そしてラヴィエル閣下。お二方におかれましては…」
す、と、ラファエルの右腕が上がる。
「ご無礼を。しかしながら、前置きはなくて結構ですよ、陛下。我々がここに参じたのは、我が国とここルルイユが接する境にて蠢く、ルキオなる奇妙なものについて、貴国の見解を確認したかったからです」
国王は、静かに頷いた。
「承知した。ならば、我らの見解と、今までに我らが知り得た事実を、お話ししましょう」




