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エクレイアお気に入りのフレーバーティーと、それから今朝採れたばかりのハーブが放つ芳香が部屋を満たしたら、それが茶会の始まりの合図だった。
メイドたちが静かに、けれども忙しなく動き回り、ルーベルハイムが誇るパティシエール手製のスイーツを並べていく。
ティースプーンにはめ込まれた宝石よりも瞳を輝かせて、ラファエルはその様子を見つめていた。
「わあ、これは…」
「かつて殿下が好まれたお菓子を再現してもらいましたの。料理人は変わっておりますけれど、レシピは残っておりましたから」
微笑むエクレイアに、ラファエルは嬉しそうに声を上げて笑った。
「そうだね、懐かしいな。シャルロットケーキ。それもイチゴとチョコレートソースの。僕もラヴィエルも、大好きだったね」
「ええ」
言葉少なに答えるラヴィエルも、心なしか目元が優しい。
カップに紅茶が注がれて、甘いもの好きなラファエルはミルクと砂糖を、リージオはレモンの薄切りを、エクレイアはほんの少しのアプリコットジャムを、ラヴィエルはストレートで。
各々が紅茶を好みの味に仕立てて、静かにカップを持ち上げた。
「それにこの部屋は……」
「やはり覚えておいででしたか、ラファエル殿下」
「ええ、もちろん。初めておじ上に、この国の文字を教えて頂いた部屋ですね」
ルーベルハイム邸のいくつかある応接間のうち、最も庭園にせり出した部分にあるこの部屋は、窓を覗けばすぐそこに、美しい薔薇のアーチがある。日当たりも良好なこの部屋を好んで、よくここで本を読んでいたエクレイアと共に、ラファエルとラヴィエルはリージオからこの国の文字の読み方を習っていたのだ。
懐かしい思い出話に花が咲き、全員のティーカップがひとまず空になった頃…、その部屋からは、使用人の影は消えていた。
「………さて」
徐に、リージオが居住まいを正す。
その瞬間、部屋にあった和やかな空気は霧散し、ぴりっと張り詰めた。
「それでは、本題を」
リージオの鋭い眼光は真っ直ぐにラファエルを射抜いた。ラファエルからは既に微笑みが消え、美しい面には緊張がある。
背筋を伸ばしたエクレイアは、目前の二人を注意深く見つめた。
エルヴィアーナ皇国第一皇子にして第一皇位継承者、ラファエル皇太子。そして、臣下に下りはしたものの、皇家の血を引くエルヴィアーナ皇位継承順位第二位、ラフィアシウス公ラヴィエル。
未来のエルヴィアーナの、その中枢を担う二人が、異国の地たるこの場にいる、ということが、どれだけ重い意味を持つか。エクレイアもそれは重々承知していた。幼い頃はまだ、二人はただの少年でいられるようにと、エルヴィアーナ皇帝が計らっていた。だが今は、立場が違うのだ。ある程度の自由はあっても、手の届かない場所は確実にある。それは、例えば…、異国の友人に、気軽に会いに行く、とか。
ラファエルが、薄く笑みを浮かべた。
穏やかで柔らかで、貴公子然としたそれではない。苦みを持った、困ったような。
「……流石は、おじ上ですね。隠し事はできませんか。………いえ、隠すつもりは、ありませんでしたが」
「まさかこの“茶会”が、そのためのものだったとは、思いませんでした」
ラファエルに続いて、ラヴィエルも、張り詰めていた息を少しだけ吐き出した。
エクレイアは、少しだけまつげを揺らす。
「あなた方が、恐らく明日にそのお話を切り出されるとは思っていましたのよ。ですけれど、それでは間に合わないのです」
「間に合わない?」
「ええ。そのお話のおおよその検討はついていますわ。そして、そのお話は…きっと、私たちの手だけに済ませるわけには、いかなくなっていることも」
ですわよね、お父様。
と、そう、隣に座る父親に視線を向ければ、その目線が静かに頷いた。
「明日、一日だけ、王太子アルベール殿下にお時間を頂戴しました。本来ならば明後日までのご予定でしたが」
「極秘裏にお戻り頂きます。勝手ながら、ラファエル様とラヴィエル様が、王城にて我らが王と謁見なさる前に、アルベール様も交えてお話すべきだと考えました」
父の目配せから言葉尻を引き取り、言葉を終えると、ラファエルとラヴィエルは少なからず驚いているようだった。ラファエルは美しい碧い目を見開き、普段から表情に乏しいラヴィエルも、薄く唇を開いている。
その驚きからいち早く立ち直ったのは、流石ともいうべきか、皇太子ラファエルだった。
「………….敵いませんね、おじ上。エクレイアも」
「流石は、ルルイユの参謀」
「おや、そのような呼び名は聞いたことがありませんな?」
「これは失礼」
あくまでもルルイユの参謀というのは影の通り名であって称号ではない。エクレイアは静かに笑みを浮かべ、すぐに消した。
ラファエルが、しかし不思議そうに問う。
「ですが……別段王城でも構わなかったのでは? 明後日にお戻りになるのならば、我らはそれでも…」
ラファエルの言葉に、リージオは微笑んだ。その微笑みは、これまでの悠然としたものではなく、例えるならば、教師が生徒に向けるそれ。
「いけませんよ、殿下。この城ならばまだしも、あの城はどこに耳があるか知れない」
「お父様……」
それは不敬です、と、呆れたようにため息をつくエクレイアを尻目に、ラファエルとラヴィエルの顔には、また別の緊張が走った。
「……ではまさか、この国の王城にも」
「いいえ殿下? と、今はお答えいたしましょう、まだ我々は、何も聞いていないのですから」
……ここまで、すいすいと言葉を繋いできておいて何だが、エクレイアの中にある別の視点は、ただただ目前に起こる出来事を呆然と眺めている心地だった。
それはエクレイアであると共に、エクレイアではないものでもある。
いや、エクレイアである故にそれを理解は出来るのだが。だが、それはそれとして、何一つ聞かずにここまでやり取りができるリージオには、今更ながらに恐れを禁じ得ない。
そして同時に、以前の記憶がエクレイアと混じり合って境目をなくした部分では、こうも思っていた。
「……本題を」
「はい。………お察しのこととは思いますが、『ルキオ』のことです」
『ルキオ』。
ルベウム教という絶対の信仰がありながら、王城の中を静かに侵食する、なにか。
それを前世では、新興宗教とか、悪く言えばカルト宗教だとか、そんな風な呼び方で示した。
嫌な広がり方をしているとは感じていたが、まさかそれが、隣国、より深く信仰根ざした皇国にすら広がり始めているというのならば、それは。
つまりこれは、宗教戦争の火種になりかねない、そんな危険なものなのではなかろうか、と。




