21.兄と弟の憂心
ドアをくぐると、よく出来たこの館の使用人たちはその廊下を歩むことすら遠慮しているらしく、人の影は微塵もない。完璧な人払いだった。
懐かしき館を眺めたい、と、微笑んでいた皇太子の口元には、しかし今はもうその微笑みのかけらもない。
「兄上」
「…うん。あまり、良い話ではないよ」
知っているとも。
そう無言で目が語る。
勿論、エクレイアを誘いに来たのが本題であるとはわかっていた。だが、それでも、他になにかある。
そう思うのは、血を分け、共に育った兄弟だからこその、本能のようなものなのかもしれない。
「ルルイユとエルヴィアーナの国境沿いの村に疫病が出た。七日前から少しずつ大ごとになって、神官も薬師も匙を投げてる」
「成る程、それで俺に」
冷たい無表情で言葉を告げる兄の瞳に、僅かに痛みが走ったように見えた。
皇太子たるもの、身内であれ利用しなければならない。でなければ足元をすくわれる。わかっていても、この兄は優しい。それを知っているからこそ、弟は頷いた。
「手配しましょう。まずは」
「……うん」
物憂げに、金のまつげが伏せられた。
「それと、兄上。クーの茶会までには笑顔になるために、館を眺めて回りましょう」
ふわり、と、金のまつげが羽ばたいた。
「……そうだね。羽のように軽い心を、捕まえに行かないと」
「ええ。おじ上にはバレてしまうでしょうから」
「それは、困るなあ」
エクレイアと共に学びたいのは事実なのだから、それを阻まれてはたまらない。
兄弟はちょっとだけ悪戯っぽい瞳で視線を交わし、懐かしの城を巡り始めた。
「それだけ、ではないのでしょう、兄上」
「……聡いね、僕の弟は」
兄と弟。
微笑みの下に何を秘めているのか、それは、彼らのみぞ知ることだ。




