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さりとて、時は流れ、止まることはない。
どれだけ心温まるやり取りがあり、そして心和んだとしても、来たるものは来たれるし、去るものは去る。
シェフが魂込めて仕上げた豪勢な晩餐に、そしてパティシエールがその全力を注いで作り上げた絶品スイーツに舌鼓を打ち、父母、そして幼馴染と気の置けぬ語らいという憩いの時はそれはもうエクレイアの心を癒し、ひとときの安穏と平穏をもたらしたことは言うまでもないが、しかし…。
「…………当たり前ですけれど、なかったことには、なりませんわよね」
「まあ、そうだな」
ルルイユ式正装である、首元の詰まったクリノリン入りドレスに身を包み、死んだ目で遠くを見つめて呟くエクレイアに、美しいブローチのついたエルヴィアーナ式礼装を纏うラヴィエルが、片眉を引き上げて応じる。
ルーベルハイム家の邸宅、その豪奢ながらも不思議と剛健な印象を抱かせるアプローチには全使用人達が総じて正装で列を成し、その最前列で、当主たる父・リージオと、当主夫人たるパルティア、そして当主令嬢たるエクレイアが並ぶ。その隣に立つラヴィエルの、その高貴なる兄君を迎えるためだ。
そう、来たれるこの日、とうとうお出ましなさるのである。隣国、エルヴィアーナ皇国が第一皇子にして皇位継承権第一位、ラファエル・ルヴィア・エルフレンネス殿下が。正直もう既に胃が痛いエクレイアである。
「アルベール殿下がおわしましたなら、即刻謁見を取り付けますのに…」
思わず口からこぼれ、はっとして隣を見れば、唇の端をちらと持ち上げてラヴィエルが笑った。
「違いない。まあ、あの食えない王子はこういう時にはいつも間が良い」
溢れたものは無礼と取られて罰せられても仕方がない発言だったのに、お互い様だと言わんばかりの言葉で返してくるあたり、本当に昔から変わらない、なんて、そんなことを考えながら、エクレイアは懐かしさで緩みそうになる頰を叱咤した。
別段エクレイアはラファエルが苦手なわけではない。
というかむしろ彼だって幼馴染だ。身分にがんじがらめになって会いづらくなって久しく…いや、あのラファエルなら「関係ないよ?」なんて素敵な笑顔で宣って、きらめく笑顔で「会いに来たよ」と本当に会いに来そうなものだがそれはそれ、エクレイアとて、気軽に会えるなら会いたいと願うくらいには好ましいひとである。
いや、現にそれを実行しているから今こうやってエクレイアが大の苦手なクリノリン入りドレスを身につけているのだがこれもこれである。
「アルベール殿下と、気が合いそうだと思うのだけど、ラファエル殿下」
「……あれは気が合うというのか? どう見ても狐と狸の化かし合いだろう」
「…………実のお兄様捕まえてそれは」
確かにアルベールとラファエル、両方とも、よく似ている。
色味はだいぶ違うが金髪碧眼、美しくも穏やかな仮面の下に強かさを持つその性格までそっくりだ。違いといえば、アルベールは猫被りの計算により作り上げられた強かさ、ラファエルは天性にして天然物というところか。どちらにせよどちらも大変タチが悪いのである。両者とも笑顔が非の打ち所がないくらいに完璧に美しいところとか特に。
なんというか、とりあえずあの二人がいるから国は安泰よね、などと思ってしまう。少なくとも、他国に騙されて大損害なんてことはまずないだろう。よしんば仕掛けられても返り討ちだ。
「お出ましになられます」
よく似た二人の美しい顔を思い浮かべて思わず出かけた嘆息を飲み込んでいると、騎乗した兵士が告げた。兵士が馬を降りて膝をつくと共に、並んでいた使用人達が一斉に頭を垂れる。エクレイアとパルティアはカーテシーの姿勢をとり、穏やかに頭を下げた。この場で頭をあげていていいのは、主催たるリージオと、貴賓たるラヴィエルのみである。
伏せた視界の向こうから、蹄と馬車の車輪の音とが軽快なマーチを響かせて近づいて来た。
御者が高貴な方のお出ましを告げ、人の動く気配が数多交差して、やがて、馬車の扉が開く音がする。
「出迎え、感謝します。……………やあ、こんなに畏まった応対をされるとは思わなかったな、頭をあげて、楽にしてほしい」
柔らかで穏やかな声。まるで涼やかな風のように輪郭を空間に溶かしながら、けれども凛と響く、強い声。
「兄上」
「ああ、ラビ」
その声に応えたラヴィエルに、返ったその単語は、エクレイアの顔を跳ね上げさせるのには十分すぎる威力があった。
「あ、やっと君の目が見られた」
豪奢ながらもいささか素朴な印象を受けるその装いは、長らく馬車に揺られることを鑑みた上での軽装なのだろう。
しかし軽装であることなど、彼の美貌には全く関係がないようだ。繊細な金糸のような髪が煌めき、長い睫毛にまで陽光を帯び、その薄青の瞳が穏やかに、嬉しそうに細められるその様は、極上の絵画だ。その弟たるラヴィエルも典雅にして凛然たる美丈夫ではあるが、彼はなんというか、そう、正しく「美少年が大人になった」というか、そのあたりの。
いや、そうではなくて。
「ら、ラ……いま、………」
ぱくぱくと口を開けては閉じて、意味をなさない単語を口走るエクレイアに、完全無欠の微笑みを浮かべたままで、ラファエルは近づいてくる。
そして、ドレスの裾を離したばかりのエクレイアの右手を掬い上げ、口元に寄せる仕草をした。
「お久しぶりです、愛らしいエクレイア嬢。ご機嫌麗しゅう。………ほんとうに久しぶりだね、クー」
近距離からの美しい微笑みをまともに受けては最早返す言葉も見つからず、隣に佇むラヴィエルに視線だけで訴えると、流れるように目を逸らされた。
お前か、と、叫ばなかった自分を褒めたいと、エクレイアは後日強く思ったという。




