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「………という、ことがありまして」
「………我が息子が大変すまなかった…」
王のお召しに遅れに遅れたエクレイアは、自分の足が出せる最高速度の『優雅な速歩き』で謁見の間へと向かった。
競歩か、と突っ込みたくなるくらいの速足だったため、若干息が上がってしまって、エクレイアは謁見の間に入る前に、大きな深呼吸で呼吸を整えなければならなかった。マダム・ルシアンナの同情の視線が痛かった。
そんなこんなでなんとか辿り着いた謁見の間の扉を潜った瞬間、こちらを向いたのは父リージオの心配そうな瞳。ついで、国王陛下の申し訳なさそうな視線。
「エクレイア、随分と疲労しているようだが、何かあったのか?」
畏れ多くも国王陛下直々にもたらされた言葉に、どこから報告したものかとエクレイアは一瞬考えた。だっていくら事実とはいえ、実の息子のことを、父親の前で色々言いたくは…。
「エクレイア。気遣いは無用。ありのままを言いなさい。陛下もお許しくださるだろう」
「……はい、お父様」
この場ではリージオの方が強かった。パワーバランス的にはピラミッドの頂点。いいのかそれで。国王陛下の立場とは。
…と、いうことで、洗いざらい起きた事を克明に語って、語り尽くして、冒頭に戻る。
「誠に申し訳ない…」
「いえあの、陛下……」
恐縮し通しの国王陛下に、けれど呆れたようなリージオが何も言わないので、エクレイアはわたふたするしかない。良いんですかお父様。
「まあ、婚約破棄は恙無く終了致しましたから、このことについては不問としましょう」
「……ああ、すまぬな、ルーベルハイム卿」
「とはいえメリア嬢のマナーについては別問題です。教育係をつけるなどの対策を」
「そうしよう……」
なんだか、既視感がある。不敬は承知の上であえて申し上げるならば、先生に叱られる生徒に見える。中学か高校の時にこんな図式を見た気がする。王座にある国王、その前に立つ父親、そのはずなのに、力関係はまったく逆だ。
生まれる前の記憶が反応し、エクレイアはため息を噛み殺した。
「お父様、本題の方は」
「そちらも恙無く。心配するなエクレイア」
「お済みでしたのね」
穏やかに微笑む父親の言葉に、エクレイアは少々申し訳なくなった。そのために呼ばれたのに、辿り着いた頃には全て終わっていた。
「形式なものだからな、そう気に病むなエクレイア」
隣に立つ娘の方に視線をやって穏やかに瞬くと、国王も静かに微笑んだ。そうやって憂のない穏やかな微笑みを浮かべていると、厳粛かつ荘厳な、威厳ある王なのだが…国王陛下は、リージオに頭が上がらないらしく、リージオといるとかなり自信なさげな学生のようになる。可愛い…と、思っても口には出してはいけない。不敬である。
「今回の申し出は、エルヴィアーナの皇太子殿下直々のものだ。勅命などと大仰な事をせずとも…とは思うが」
「外聞というものかありますからな、陛下」
「うむ。しかし、エクレイア嬢には申し訳ない事をした。アルベールは長話をするつもりはないだろうと踏んでいたのだが……」
「アルベール殿下のお話は本当に、簡潔なものでしたわ」
「伏兵があったわけだな」
「お父様…」
国王と国の重鎮、そしてその娘という、仰々しい取り合わせながら、繰り広げられる会話はあまりに気安い。
国王とリージオ、この二人は、竹馬の友だったとパルティアが笑っていたことがあったか。
「それではこれにて」
「うむ。足労感謝する」
「ジルベール殿下とメリア嬢のことはくれぐれも」
「………うむ、耳が痛い話だ」
終始和やかに進み、終結した時には、さざ波だったエクレイアの心も静かに凪いでいた。
「それでは陛下」
貴族の礼をして、父について謁見の間を退出しようと扉に近付くと、騎士たちが計ったかのように、向こう側から扉を開ける。毎回これはどういう仕組みなのだろうとエクレイアは不思議に思っているが、それを聞くとリージオが含み笑いをしたので詳しくは聞かないことにした。
開ききった扉を前に、しかしリージオは前に進もうとしない。
「お父様?」
不思議に思ったエクレイアが、ちょっと身体をずらしてその向こうを見ると。
「ルーベルハイム卿。わたくしはジルベールとエクレイア嬢との婚約破棄を、認めた覚えはありませんわよ」
ジルベールの母、第三王妃ジュリアナ。
胸元が大きく開いたドレスに豪奢な毛皮のショールを纏うという、暑いのか寒いのかよくわからない格好をした派手な顔立ちの美しい女性が、きりきりと眉をつり上げていた。
第二次戦争勃発。




