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膨らみに膨らんで、最早物理的に痛みを伴い出してもおかしくないとすら思える頭痛の種を何粒も抱えながら、エクレイアは謁見の間を目指していた。

幼い頃から出入りしていた王宮であるから、最早庭のようなものだ。幼い頃はよく、勉学を嫌がって逃げ出したり抜け出したりする二人の王子を相手に、大勢の使用人果ては文官すら巻き込んでの追いかけっこを開催したものだ…。

…果たして。


(これはどこまで、ジュリアナ妃の思うまま、なのかしら)


幼少の頃に定められた婚約に、いくら王子の生母とはいえたかだか第三王妃の意思がどれだけ介在できたものか。

歴然とした王太子が立っているのだから、第二王子の権威など限定的。また、有能な宰相もいる国において、その母が摂政になりうるわけがない。つまり、王妃はどの道王妃でしかない。

国王の寵は既に第一王妃アイリーンに戻っていた中で、果たして王妃ジュリアナはどこまでその言葉を届けられたのだろうか。

疑問は他にもある。先例を鑑みても、ルーベルハイムの血統ならば、順当に考えたなら王太子の妻となり次期国母として立つのが妥当。

何よりも、あの王妃の言を、父が受け入れるはずも…。


(考え過ぎ? かつての私が考えたように、幼い頃から頭角をあらわしていた兄王子と同じように、弟王子も有能であれと望まれた結果という可能性もあるわ)


事実、好色の気は大変悩ましいが、ジルベールは無能というわけではない。しかも、母のように相手を選ばない節操無しではなく、一人にあまりに深く溺れるというだけなのだ。


(それもなかなか、なんだけどね。国王になんてなろうものなら多分ハニトラで瞬殺)


元より、残念ながらジルベールは国を背負って立つ器ではない、というのが、リージオの出した結論であった。それでも、王族であるという外交において切り札になる生まれである。せめて有能に育てたいという願いがなかなか諦められないのも頷けるというか…。

うーん、と、考え込みながら歩いていたエクレイアは、だからなのだろうか、自身に深々と突き刺さる、異質で無作法なたった一つの視線への反応が遅れた。

ぱたぱたぱた、と、ルルイユ王国一格式のある王宮においてあってはならない無作法な足音が回廊に響く。

それを耳にした瞬間、嫌な予感がエクレイアの全身を貫き、鳥肌となって現れた。ぞぞっと背筋が粟立ち、血の気が引いて行く気さえする。


「え、エクレイア様っ!!!」


柔らかそうなふわふわ巻き毛にたれ目がちのくりくりした目。これが『彼女』でないならば、抱き締めて頬ずりするのもやぶさかではない、と、エクレイアも素直に納得するほどの可愛らしい少女が、その目を涙でうるうるにして、両手を胸の前で握りしめて、こちらに向かって駆けてくる。

駆けてくる。

もう一度言う。

駆けてくる。

一見なんでもない行為に見えるが、これは淑女にとってあるまじき行為である。

貴族のマナーというのは大変厳しく、ましてやここは王宮。王族のお目汚しは、貴族にとってなによりも避けたいもの。

この王宮を駆け回ることを、ある意味許されているのは、王族とその子供、そしてその縁者(幼い頃はエクレイアはここに該当していた)、騎士、そして、メイドたちだけである。

だがそのメイドにもきちんと規則があり、『走る』ことが許されているメイドは、丈が最も短い膝下五センチのドレスを着て仕事をする、最も格下のメイドだけ。それ以外のメイドたちは、急ぎの用でも慌てず騒がず走らない。急用は『走れる』メイドに言付けて、自分たちは慎重に、なのである。

…一見実に非生産的な『きまり』に思えるかもしれないが、実はこれはとても理に適ったマナー。


「あ、あなた、メリア嬢、走るのはマナー違反で……」

「っきゃ!!!」


ずべしゃっ。

というとても派手な音を立てて、実にあられもない恰好で…。

ふいっ、と。

その場に居合わせた者たちは皆、示し合わせたかのように天井方面明後日行きの方向へと視線を飛ばした。

かくして、エクレイアが抱え込んでいた頭痛の種は見事に発芽しただけでは飽き足らず、見事に花さえ咲かせて見せたのであった。

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