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「アルベール王太子殿下、エクレイア・テレージア・ルーベルハイム、参上いたしました」
ルシアンナの案内は途中で辞退して、エクレイアは王太子アルベールが待つという温室を訪れていた。
膝をおり、最敬礼をとると、噴水の向こうから、その彼は現れた。
「エクレイア嬢。よく参った」
金髪碧眼。その身に宿すはルルイユ王族の色。
昼の日差しのような濃い金色は、ルルイユの黄金と誉れ高き血統の色。そして瞳の色は、深い緑がかった碧。ペリドットを王位継承の宝冠に戴くルルイユ王家にとって、最も高貴な色と定められている。
「…マダム・ルシアンナの案内は途中で辞退して参りましたわ」
エクレイアは、ルルイユ王国における次代の国王、王太子アルベールに聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう呟いた。
途端、いかにもきりりとした王子様といった風体のアルベールの表情が、一瞬にして柔らかなものになる。
「本当か? 助かった。流石はエクレイア。ルシアンナの前でこんな言葉遣いをした暁には確実に説教ものだから」
「本当に…、猫被りがお上手で」
「お褒め預かり光栄だ。それと……うちの愚弟がすまなかった」
本気で呆れた表情のエクレイアにおどけて見せてから、アルベールは、一転して神妙な顔で頭を下げる。
しかしエクレイアは白けた顔で、
「おそれながら…………それが本題ですの? …いいえ、それが本音ですの?」
「いいや? あの愚弟ならいつかやらかすと思った」
「つける薬はないと見ましたわ…!」
けろりと返った言葉に、エクレイアは膝から崩れ落ちそうになった。
ところがアルベールは、何を今更、とばかりに肩をすくめて、
「あの、マリアだかアリアだか知らないけど」
「メリア嬢、ですわ、アルベール殿下」
「そうそう、その…リリア? という女の子に会う前から、なんとなく嫌な予感はしていたからね」
覚える気ないだろこの王太子…、という台詞が喉元まで出かかったがとりあえず飲み込むことにして、エクレイアはアルベールに恨みがましい視線を向けた。
「そういうことでしたら先に言ってくだされば…」
こんなに長々と、実りのない婚約生活を続ける必要もなかったというのに。
アルベールは苦々しそうに首を振った。
「僕も父上に進言したさ。これ以上、ルーベルハイムの顔を潰す前に、エクレイア嬢に自由を与えるべきだってね。それが結局はあの愚弟のためにもなる。有能すぎる花嫁に釣り合わないと白い目を向け続けられるのもなかなかに針の筵ってやつだろうからさ」
この王太子、身内に対してもまったく容赦がない。一貫して弟たる王子を愚弟と呼び続けるその姿勢にいっそ感嘆すら覚える。
けれど、と、アルベールはまたしても肩をすくめた。まだなにかあるのか、と、エクレイアは反射的に身構える。
「全てはジュリアナ妃の思うままだったわけさ。王家に次ぐ実力者たるルーベルハイムの一粒種を貰い受ければ、第二王子たる息子も安泰、ってね。愚かなことさ。結局血は争えなかったみたいだけど」
好色王妃の悪名も高い第三王妃の名前が飛び出し、エクレイアは目眩がしそうになった。
「………アルベール殿下、今日のところはこの辺でご勘弁頂くわけには参りません?」
「珍しいね、あのエクレイアが根を上げるなんて。僕も随分君にしごかれた覚えがあるのだけど?」
「今日に限っては潔く白旗を揚げますわ、頭痛の種がそろそろ纏めて発芽しそうですのよ…」
「まあそうだろうね、元婚約者の本性やらその想いびとの態度やらに加えて他国の皇族の接待まで……、僕なら逃げ出してる」
あっさりと言ってからりと笑う王太子に、さらに頭痛の種を増やされた気になりながら、エクレイアは力なく笑う。
「お話が早くてよかったですわ…」
「だろう? まあ、エクレイアはそろそろ戦略的撤退を覚えた方がいいと思ってたんだ」
適当に見えて実は有能な猫被り系王太子は、静かに笑った。
「僕はしばらく王都を離れるけど、事の次第を聞きたいなら、僕の母上のところに行くといいよ」




