10.皇太子の微笑み
『婚約破棄は滞りなく
ただし火種を多々孕む由』
朝一番に早馬が持ち込んだ書簡には、二行ただそれだけが記されていた。
受け取ったそれを眺めて、くすりと笑う彼の、金の髪が朝日を浴びてきらきらと輝く。シルクのブラウスに極めてシンプルな脚衣のみの姿ながら、彼の容貌は申し分ないほど美しかった。
封に使われている蝋に押された印は、翼を広げた獅子。
間違いなく、それは皇家の紋章だった。
「火種。火種……ね」
金色の睫毛を穏やかに揺らして、碧玉が如き瞳が面白そうに煌めく。そうしてふと、彼は二つ折りにされていたそれをくるりとひっくり返してみた。
書簡…そのように仰々しく呼ぶにはあまりにも簡素な一枚の便箋に、その裏側に、まるで走り書きのように記された署名は…『ラビ』。
碧眼が僅かに見張られ、それから、白くて長い指先が優しくそれをなぞった。
「ラビ。…クーがまた、そう呼んだのかな?」
だったらなんだか、嬉しいなあ。
穏やかに笑って、彼はゆったりと伸びをした。書簡を丁寧にたたみ直すと封筒に入れ直し、執務机の引き出しに仕舞い込んだ。
執務机の上にある本に挟まった、リボンが結われた金属の栞を目に止め、ふう、と、柔らかに吐息をこぼす。
不意に彼は、何かを考え込むように、物憂げな視線を宙空に放った。
「僕も、行きたいなあ。ルルイユに」
この発言をエクレイアが耳にしていたならば、即座に顔を真っ青にして全身全霊で止めにかかっていたのだろうが、残念ながら、そして当然ながらそのエクレイアはルルイユにいるわけで、そして大変残念なことに彼はこの国においてまたとない貴い生まれであり…まあつまりは、周囲にある誰も彼は止められないというわけである。
その彼の名こそは、ラファエル・ルヴィア・エルフレンネス。エルヴィアーナ皇国第一皇子にして皇太子、即ち、次代皇帝にして皇帝に次ぐエルヴィアーナの権力者。
…皇帝だったら止められる?
残念ながら当代エルヴィアーナ皇帝は、凄まじいほどの放任主義なのである。…とだけ、言っておく。
別段彼は黒幕でもなんでもないのになんでこう企み深い感じになってしまったんだろう…




