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エクレイアが水盤に落としたブーケは、水に溶ける特別なリボンで束ねられていた。リボンが溶けて千々に分かれる花で、決別を表すそうだ。
随分と芸が細かいものだと、ばらばらになっていく花束を呑気に眺めていた数刻前の自分を、今となっては、それこそひっぱたいてやりたい。
「…………私はただ、“ジルベール殿下とメリア嬢が”結ばれるための婚約破棄なのだと言いたかっただけなのよ…!」
「お前が重要な場面に限って言葉を省略しすぎるのは、本当に昔から変わらないな」
好物であるフルーティーな香りを漂わせるフレーバーティーには手もつけず、エクレイアは頭を抱えていた。そして、懊悩する彼女の他にもう一人、この貴賓室で優雅にカップを口に運ぶのは、当然のようにソファでその長い脚を組むラヴィエルである。
「兄上も言っていたな。お前の周囲に立つ評判の八割は、そのおかげの勘違いなのではないかとな」
「……大層恐ろしいのであまり聞くのに気は進みませんが敢えてお尋ねいたしますわ、その評判とは、一体?」
「見透かす冷姫、神秘の令嬢、典雅なる参謀。まだあるぞ、あまりいいとはいえないもので言えば…」
「もういいですわ! お腹いっぱいです!!」
なんだその、全身痒くなりそうな二つ名は! しかも二つ名が三つ以上あるとか聞いてないぞ、二つ名とはなんなんだ!?
「しかしまあ、私からすれば爽快だったな。あの王子の顔は」
「………」
「見ものだったぞ? 唖然とした顔。お前が静かにブーケを落とす間、なにもかもを無くしたような顔をしていた」
「もうやめてくださいまし……」
蚊の鳴くような声で白旗宣言をし、エクレイアは肩にかけていたショールに顔を埋めた。化粧? 今だけは許してほしい。心が瀕死なのだ、心が。
「…元はと言えば私が、言葉を省き過ぎたのが原因だとは重々、承知、しており、ますわ…」
エクレイアは途切れ途切れにショールの海から顔を出しては、それだけを言って顔を伏せる。これは重傷である。
彼女にはなんの他意もなかった。ただ彼女は純粋に、ジルベールとメリアが結ばれることを祈るが故の決別の言葉だったのだ。だってジルベールとの縁が切れることが揺るがしようもない確固たるものになる、エクレイアにとっての解放の手段なのだから。
ところが、エクレイアの唇から溢れた言葉には、その肝心なところが欠けていた。それは彼女の真意に関係なく、様々な解釈がなされてしまう。
曰く。
(わたしが)まこと愛しい方と___。
そうではない、そうではないのだが、そう取られても仕方がない。そのことに関してはエクレイアだって反省している。弁解の機会を持たなければ。はあ、気が進まない。
ただこう、なにが解せないって、
(…どーしてあの王子はあんなに唖然呆然絶望悲壮みたいな顔をしてた訳。先に浮気したのはあちらでしょうに!)
それはほんのちょっとの蟠るなにかをエクレイアに残した。
…が、とりあえずは。
「………婚約破棄が滞りなく行えたことが、唯一の幸いですわ……」
そうでなければ取り越し苦労である。徒労である。
…前世の“彼女”であったなら、きっと、静かにこう呟いたことだろう。
______これ、フラグじゃない?




