41位目
「おいこら待てや!」
いやでも、そんな複雑な事情がありそうな割には子供達の態度は普通だったんだよなぁ。余所者のとこに出向いてって泥団子やら蛙を投げつけるくらいだし。本当にそんなやばい緊張状態なら、子供がそんなことをするのを親が見逃すだろうか? いや、そういう意味では僕に対する警戒も妙に甘いというか……大人たち同士が緊張状態にあって僕や子供達にかまっていられないってことか?
うーん? 何がどうなってるのやらわからないけど、だからこそまあ僕がするべきことは身を守ること……でいいんだよな。うん。
「待てっていってるだろっ!」
——Bow!——
「うわぁ!?」
アステラに体当たりをされてよろけた僕の顔のすぐ隣をくすんだ銀光が走る。よろけてふらつくままに足を運び驚きながらも後ろ振り返ると、そこには剣を振り下ろしたミグナがいた。
え、嘘だろ? 本気で僕に向かって振り下ろしたのか?
顔から血の気が引く気配がする。本気で、その、なんだ? 本気で僕を殺す気なのか? いや待て、あんな剣いきなり叩きつけられたってそうそう死にはしないんじゃないか? 金属の色も鈍いし、細かい傷も多い。ろくな手入れをされたものじゃないだろう。頭に思いっきり振り下ろされたとして……いや、死ぬって。ちょっとこの剣は大きすぎる。相応の重さもあるだろう。あんまり手入れされてる感じじゃないから刃も悪そうだけど、それでもこの長さと重さに頭を殴れたら普通に死んじゃえると思う。
……地面に突き刺さった剣の先を引っこ抜こうとさっきからえっちらおっちらやってるもんなぁ。どんだけ勢いよく刺したんだろう。
「ええと、どういうつもりかと聞いても?」
「っは!」
あ、抜けた。
とりあえず三歩あとずさって再び大鎌を向ける。ええと、本気なんだとしたら精霊 の力なしに対処できるわけがないんだけど、だからと言ってその力を本気で使わせたらそれはそれでただ事じゃな済まないんじゃないかな。
「お前が村で変なことをする前に……始末する」
「それは……その、殺すってことかな?」
「いいや、始末だ。おとなしく消えるんだな」
……すごい堂々と言い切ったぞこの人。消えるっていうか、あんたが僕を消すんだろう? なんかそう、他人事みたいに言うのは何? 自分で殺すとか言い切るのが怖いってこと? そういう感覚があるのはわからないでもないけど、昨日も殺されかけたしさすがにその年じゃ可愛げとかは感じないよ? それともここで逃げれば命までは取らないとか、そういうことだろうか? そりゃ死にたくはないけど……でも仕事を放棄して逃げるのは無理だ。
どうしよう? 男が剣を振り上げた。片手だ。これ、絶対一度振り上げたら止められないだろう。使うのが上手ってわけでもなさそうだし、剣の重さに頼ってただ振り回すだけ? それはそれで逆に怖いぞ。精霊の依り代ったってこの大鎌の材質とかが変わるわけでなし、正面からぶつけ合ったら多分折れる。折れたら、僕がアステラに怒られる。というか下手したら見放される。かといって威嚇のためにこうして振り上げたものを今更下げるのもまずいよな。今下げたら舐められる。そうなったら……いや、もういっそ逃げちゃおうか。家まで。こっちの陣地ではさすがに仕掛けてこないだろう。
振りおろされた剣から大鎌を引いて、いや、全身で後ろに後ずさって逃げる……ああ、水の入った鍋を持ったままだとあんまり現実的じゃないなぁ。大鎌も片手でしか扱えないし、両手に重さや形の違う荷物があるとかなり平衡 が安定しない。危うく尻餅をつきかけたのを必死にこらえる。だめだ、アステラの力がなきゃなんにもならない。
よし、足止めをして普通に帰ろう。それがいい。
「アステラ、エリクシル。とりあえずおとなしくな」
そいつを大人しくさせるんだ。
鍋を投げつけ、両手で持って振りかぶった大鎌を縦に振る。できるか? 頼めるか? そう続けようと思ったのに、それより早く二人の仕事は完了していた。
「おわぁ!?」
地面がぬかるんで、泥沼のようになっている。そして彼はそこに頭から突っ込んだ。剣に振り回されて、ぬかるみに足を取られて転んだらしい。はたから見るとすごく残念な人だ。
いや、どっからどう見ても残念な人かな。
どうやら幸い底なし沼ではないようで、ちゃんと足は立つみたいだ。当然鍋一杯分の水で泥沼んて作れるわけないし、もしかしたら井戸から水を引いてきたんじゃないかと思って戦々恐々としてたんだけど、そこまで大変な事態にはなってないらしい。もし井戸の側壁を抜いて水を引いてたら井戸が潰れるってことだもんな……そんなことになった上でよその井戸まで水を汲みに行けるほど厚顔無恥じゃないけど、かといって川まで水を汲みに行くのは嫌だったもんな。よかった。
「お前、精霊使いじゃないって言っただろ!」
「だから、精霊使いじゃないです。だいたいあなた僕のこと死神とか言ってましたしね」
っていうか、精霊使い云々ちゃんと聞き取ってくれてたんだ。
いつも読んでくださってありがとうございます。
日程を守れなくて申し訳ありません。




