37位目
しかし、精霊が血を求めるというのはあまり聞いたことがない。
結局弟子入りしたわけじゃないわけで当然習ったことはほとんどないわけだけど、それでも精霊の館に通っていたころ結構いろんな精霊と接していたし極端な言い方をすれば世話をしてきた。だけど、血を求める精霊なんて一片もいなかったと思う。いや、珍しいって言葉で済まされることじゃない。ちょっと異常だとすら思える。
例えばアステラや館にいた大半の地精霊が求めるのは自分の領域で、鉢植えや小さな畑の世話をしてやると喜んでいた。ジスコは歌や笛の音を愛した。アルファートは確かに即物的にな性質 で、与えた餅 なんかを燃やす趣味があるけれど、それと血を求めるのとは違うはずだ。契約の時に交わす血はお互いの情報の基礎をつなぐものだけど、お互いを知る行為は言葉や動作の交流によって行われる。魂と魂、経験の交流。それが精霊と人間の間の神聖な契約のはず。
それを、個人の体の情報ばかりを手に入れてどうするというんだろう?
「う……」
頭がくらっときたところでエリクシルが離れた。ちょっと吸われすぎた気がするけど……激しく動いたりしなきゃ問題ないだろう。
「それで、悪いんだけどまだ助けて欲しいことがあるんだ」
一呼吸、二呼吸おいてそう口にし、首を傾げて(まるっきり人間みたいだな)怪訝そうな顔をするエリクシルにヴァクシャサを指し示す。
あ、なんか嫌そうな顔した。半眼で唇を尖らせている。
いやいや、ちょっと待った。すごく機 があってたから思わずそう思いかけたけど、怪訝そうな顔も嫌そうな顔もそのままの意味だとは限らない。確かなのは、そのとき表情を変化させるに足る何かがあったということだけだ。『何か』は、まあ、感情の変化って可能性が一番高いけど……うん、別に嫌な顔と怪訝な顔でいいかも。
細かいことを考えるのはやめよう。
洗濯物も乾かしたいけれど、そっちは洗濯しないことには始まらないから置いておく。とりあえずヴァクシャサの汗だけなんとかしてもらうってことでどうかな。熱を下げたりするのはまだいい。水場は……何でもかんでもエリクシルに頼むのもどうかと思うし、アステラに頼もう。例の兎を持ってきてるかどうかも聞きたいし。
「じゃあエリクシル、彼女のことをお願い。アステラ、一番近くの水場を教えてくれないか? ん、よろしく」
火精霊 が暖炉で頑張ってるその目の前で水精霊 にヴァクシャサの世話をさせる。字面を見ると結構危ないことをしてるような気もするけれど、精霊には特に属性ごとの中の良し悪しというものはないから問題ないだろう。個々の相性はあるけれど、それに関してはここ数日一緒に居たのだし問題ないと思う。
「しかし……なんか精霊増えたな」
暖炉の傍で干されていた外套 を着込み、大鎌と鍋を手に歩き出したところでふとそう思った。
最初、旅に出る前は、こんなことになるとは思っていなかった。
ジスコ一片を連れての旅路を想定していたし、ヴァクシャサがいるとも思っていなかった。そりゃ、精霊がいてくれれば心強いとは思うけど、そんな簡単に精霊が付いてきてくれるとは思っていなかった。いや、実際問題、なんの縁 もなく付いてきてくれている精霊はアルファートだけだ。
エリクシルはなんらかの理由があって僕を追ってきたのだろうし、ドラーキは死にかけていたところをたまたま出会ったからなのだろう。だけどまあそれにしても、だ。
なんでこう、そもそもやたらと原型の精霊も見ている気がする。
玄関の扉を開けると、そこに生じた空気の流れで木の葉を弄ぶ風精霊の姿がある。やはり、ちょっと異常だ。確かに精霊はどこにだっている。だけど、見えるように魔法がかけられた精霊の館であったとしても、精霊を見るためにはその精霊と波長があわなければ……精霊に気に入られなければならないはずだ。ともすれば、この精霊たちは僕を好きすぎる ということになる。それは、アルファートにも言えることだけど。
なにか変な違和感がある。何か。
「うわぷ」
Moo !! Moo !!
顔に衝撃。張り付くぬるぬるした感触。視界は真っ暗。
牛のような鳴き声が顔の真上でする。これはもしかしてあの蛙か。
結論を出す間もなく、続いて外套の上から何かを叩きつける感触。そんなに硬くないな。泥だんごかなんかを投げつけられたんだろうか。残念ながら声は一匹分なので、体の方は生き物じゃないだろう。
とりあえず鍋と鎌の柄を右手で握り、左で扉を閉めてから顔の蛙を剥がす。
やはり牛蛙か。食える。
さて、ここら一帯は陣地にしたんじゃなかったのか。侵入者がいるとは聞いてないぞ? 大鎌の柄で軽く地面を叩くとアステラが応える。どうやら陣地に侵入されてもその後どうするかの方針を定めてなかったから何も言わないでいたらしい。うん。確かに何も言ってなかったな。どうしようか。
うん、今回は警告で済ませよう。
「『探知』」
居場所を暴いてくれと。言葉に従ってアステラが走り出す。近くの藪や木の陰に隠れている彼らには、アステラが見えているのかどうかはわからない。
Pop !!
「きゃ!」「うわっ!」「ぎゃあ!」
まあ、足の裏から突然地面が盛り上がって破裂したら、それどころじゃないだろうけど。
……いや、破裂って言っても地面がこう、砂場に作った山に洞窟を貫通させる瞬間くらいの衝撃だし、そう大したものじゃない。怪我した子なんていない。と思う。
「ば、魔獣 ! よそ者は魔獣 だ!」
「逃げろー!」
やりすぎたかなぁ?
Moooooo ... Moooooo ...
あ、二匹目。
いつも読んでくださってありがとうございます。




