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34位目

「はぁ……疲れたぁ」


 案内された家の玄関をくぐって早々に濡れそぼった外套 マントを脱ぎ捨てる。隣の部屋にあった寝台 ベッドの一つに腰を下ろし、担いでいたヴァクシャサを放り出す。彼女の身を包んでいた青い外套と濡れた外套の間の毛布も若干しっとりしているし、いっそ引き抜いて放り捨ててしまいたところだけど焦ってはいけない。


「アステラ」


 軽く声をかけて周囲の安全確認をお願いしてみる。というか正確には『ここら一帯を陣地にしようぜ』と悪い顔をして持ちかけた……というのが正しいところかな。うん、周囲の精霊に迷惑をかけるわけでもないし、別に悪いことをしてるわけでも企んでるわけでも無いんだけど、なんとなくこう、ね。気分的にそういう感じなのである。気持ちの問題だけだろうけど、飛び出していったアステラの表情も口の端がキュッとつり上がって、なんとなく楽しそうな、悪そうな顔になっていた。

 あっさりと壁をすり抜ける姿はいかにも精霊だよな。本当はこの後もっとすごい精霊らしい姿を見ることができるはずなんだけど……今はそんな場合じゃ無い。早くヴァクシャさを休ませないといけない。そして、そのためには最高に憂鬱な仕事が残っている。


 彼女の服を剥ぐ……という。


 いや、正確には彼女はすでにほぼ裸で、外套一枚に覆われているにすぎない。その外套を剥ぎ、汗などで不潔な状態だろう体を清め、新しい服を着せる等した上で布団をかけてやらなくてはならない。


「そういえばここはエイピ……おっと」


 いけない。迂闊なことを言いかけた。

 ともかくあれだ。どうやらここはエイピスとやらの家では無いらしい。なぜかといえば寝台 ベットがもう一つ、今座っている寝台の後ろに並んでいるからだ。もちろん結婚に備えて用意してたって可能性もあるけど、それにしても寝台に一切の寝具が残っていないし違うんだろう。

 よく考えたら当たり前のことなんだけど、公的には僕はまだエイピスとは会ってなくて、したがって彼の現状は森の中で迷子になってるっぽいということになる。行方不明になって半日も経ってない人間の家を新参に与えるのはさすがに問題がある。そんなことしたら村民の信頼を失いかねないはずだ。よしんばそれを押し通すだけの力が村長という立場にあったのだとしても、この短時間で彼の荷物を片付けるなんてことは無理がすぎる。

 っていうかいつ片付け始めたんだよ、って話だ。


「じゃあ誰なんだろうな、ちょうどよくいなくなった人って」


 一人分家主に空きができた、なんて言っていたことを考えるとあれだ。結婚の準備をしてた説は結構有効なのかもしれない。

 っというかまさかあれだよね。ララトリア争奪戦に破れて村を追い出されたとかじゃ無いよね。まあどうでもいいといえばどうでもいいことなんだけどさ。なんか色々不安な村だな。改めて。


「う……あ……」

「あれ、目が覚めた……わけじゃなさそうだね」


 背後でヴァクシャサが体を丸めていた。外套の端をつかみ、より小さくまるまるようにだ。多分寒いんだろう。とりあえず外套の上からアルファートの角灯を抱かせてはみたものの、不安が残る。部屋を暖めて彼女にちゃんと服を着せなくては。

 家の中を調べないといけないし、寝具や燃料を調達しないといけない。しなきゃいけないことばっかりたくさんあるのに彼女一人の重みが半端ない。

 ああもう、僕はただ無難に仕事ができればそれでよかったのに。

 こんなへんてこで不安定な村に、こんな女の子と一緒にだ。なんでこうも面倒なことが重なるんだろう。


「……」


 とりあえず、暖炉を見つけてアルファートに頑張ってもらおう。それで、毛布を乾かして……全部それからだ。うん。そうしよう。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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