35位目
「……んお?」
Slurp ......
意識が戻るか戻らないかの淵で、最初に聞いたのはそんな音。それは多分、僕がたてたよだれをすする音。
うん、これはあれだね。居眠りしてたね。壁に寄り掛かって、大鎌の柄を抱いて。
「くぁ……ぅふ」
あくび。とりあえず左の手で口元を拭う。ああ、やっぱりよだれ垂らしてたんだな。服についてないといいけど。
そんなことを考えながら下を見ると、投げ出された両脚の間に丸くなったアステラが収まっていた。守ろうとしてくれるのか、暖めようとしてくれるのか……それともこいつが守られたいのか。実際温かくは無い。無いけど、なんかほっとする。嬉しい。
なんだ、えーと、そうか。あれだ。縄張り。
さいごアステラを呼んだときは、たしか陣地を作ることを持ち掛けたはず。今ここにいるなら、見回りは終わったんだよね。
立ち上がるために大鎌の柄を握り直し、左手をアステラの頭に添える。
するとその耳がびくびく動いて目が……いや、目は最初から開いてたな。欠伸でもするみたいに口を大きく開けて。
おろろろろろ……
「おわぁ!?」
なんか口からでかい蛇が出てきたっ!
え、なにこれ、体積が明らかに容量より大きいよね? あ、容量もなにもアステラは精霊だ! っていうかこの蛇も精霊か! あーびっくり……じゃないよ。なんでこんな土地に原型の精霊じゃない、有形の精霊がいるんだ? おかしいだろ。
後ずさろうとして壁に打った頭を必死に回す。もしかしてヴァクシャサの……? そういえばまだ会ったこと無いけど、でもならなんで食われてたんだ?
「っとヴァクシャサ!」
そうだ、僕は彼女をどうしたんだ? たしか……水を汲みに行った覚えはある。二回ほど。
だから、多分服は着せた。暖炉の前に毛布で寝床は作った、かな。
服の洗濯は……最悪桶に突っ込んで放置か。僕ももう服の替えは無いのに。
あ、いや、それ以前に今何時 だ? 明るいから朝だろう、少なくとも丸一日飲まず食わずだぞ? ああもう、なんで僕ってこう、物事を一つずつ処理できないんだよ。
「よし、優先順位を決めよう」
口に出した言葉を頭の中で反芻する。
よし。
まずは足元の蛇っぽい精霊。敵か味方かわからないのは恐すぎる。
次にヴァクシャサ。死んでたらいやすぎる。
最後に現状把握。着任してから寝っぱなしとか情けなさ過ぎる。
「アステラ、こいつはなんなんだ?」
というか、なんで連れてきたんだ? そんな意図の問いに対する答えは……ん、なんとなく悲しそうな雰囲気。
うーん?
「もしかして、こいつ死にかけてたのか?」
アステラが尾を振る。死にかけというのは大袈裟にしても、なんらかの理由で力を失いそうになっていた、と。アステラは助けたいってことでいいんだろうか。
精霊ってどういうときに死ぬんだっけ? それで、それはどう対処すればいいんだ? そんなこと教わってないぞ僕。
っていうか、別に何も習ってないし。手伝いしてただけだし。困る。困るけど、何もしないのは違う。
「なんか知らないけどさ、僕と契約するか?」
この間エリクシルと契約したときに破ったばかりの指先を今再び親指の爪で弾き破り、そして差し出す。別に、助けて欲しければ……なんて交渉をするつもりじゃ無い。
ただ、僕が精霊に対してできることがこれしか無いのだ。アステラだってそれはわかるだろう。なら、それをすること以外を期待してるだろうか? ……まあしてるかもしれないけど、それは言ってくれないとわからないので。
アステラが、蛇の首を加えて僕の手元に頭を持ってくる。これで正解らしい。
「うづっ」
噛まれたぞ、おい。どういうことだ。めちゃくちゃ痛いんだけど。
頭がくらっときた。ちょっと、なんかやたら吸ってないか。
あー……あ、止まった。
アステラが口を離すと、蛇は自分でとぐろを巻いて頭を持ち上げる。するすると僕の顔の前まで登ってきて、そして口を開けた。何か赤い塊が舌先に乗っている。手を出すと、それが載せられた。これを取り込めってことか。こいつはあれだな。やっぱり精霊の館で育った精霊か、あるいは精霊の館で契約したことがある人間が連れていた精霊だ。普通の精霊はこんな契約の仕方を知ってるわけが無いんだから。
まあ、先に僕の流儀を果たすか。
「君の名前は……ドラーキ。君に名前が無いなら受けて欲しい」
じっと顔を見つめる。蛇は微動だにせず見つめ返してくる。いや、この目のように見えるものが本当の意味で目なのかはわからないから、もしかしたら僕のことなんて全く見ていないのかもしれないけど。それでも、そう見える。
「うん。僕の名前は、イル。君と契約を結ぼう」
赤い塊を、飲み込む。
びりびりする感覚。こいつにはすでに依り代がどこかにある……いや、それが破壊されて弱ってるんだ。今契約で僕が代理になっているけど、これは僕の消耗が激しい。早めに新しい依り代を見つけないといけない。
なんとなくそうわかった。
つまり、この子が死にかけてる問題も、見ず知らずの精霊が近場にいて怖い問題も、とりあえずは解決だ。
よし。
次。
いつも読んでくださってありがとうございます。
アルファートの契約シーンが出てこなかったのは、つまりまだ契約していないからだったのでした。いや、だからどうしたって話なですけどね。




