31位目
「……まあ、君の家にお邪魔することはないだろうが、頭の隅には入れておくよ」
いいや、いろいろ気になる所があるけれど気にしないでおこう。この子は僕に対して丁寧な対応をしてくれているけれど、その姿勢が僕を教師として見てのものか、あるいは異人として見てのものかもよくわからない。そして僕は……働くことに対して熱心でいるつもりはある。だけど、教師として熱心に振舞うつもりはない。
つまり値踏みされようと、その結果彼女に認められなかろうと全く関係ない。
というか普通に考えたらいまさら多少印象良くしたって、総合的に見たら全力で無い だろ。人の家の前で火の付いた角灯 ぶらつかせたり、びしょ濡れの外套に頭から血を垂れ流しながらうろついたり。僕だったらこれの下で勉強したくは無い。誰だってそうだろう。そうじゃないとしたら趣味が悪すぎる。
「はい。そもそも私の家より村長の家が近いですし」
「そうか」
少なくとも彼女の家に案内してくれる気はない、あるいはなくなったらしい。
「あ、そこの家が村長のい……いえ、い、屋敷です」
「屋敷か」
「屋敷です」
とっさに出てこなかったんだな、屋敷って。まあ使いどころ限られてるししょうがないか。あとは館とか、大所、邸宅なんてのもあるかな。それとも単に『住まい』とかね。
まあ、それこそ授業の範囲だよな。ほっとこう。
ええとそれで、村長の屋敷はどんなものかな? うーん? うーん……
「なんか、ツノが生えてるけど、あれかな?」
「はい。遠い昔、勇者様が倒した魔獣の角だそうです」
「へえ」
「勇者様がそれを当時の村長にくださって、それ以来この村は魔獣に襲われない、とか」
「へー……魔宝だけじゃなくそんなものが……」
村長の屋敷、らしき建物。
他の家の4倍程度の横幅がある。奥行きは……そっちもそれなりかな? 屋根が他の建物より高い。
今までの家の壁は赤い煉瓦がむき出しの作りだったけど、ここは白い。屋根も茅葺じゃなくて瓦が使われている。そして玄関の扉の上には謎のねじくれた筋のある赤黒い角。白い壁によく目立つが、でかい。ボスハード はあるんじゃないか?
あの角を備えた獣はさぞ大きかったことだろう。まあ、嘘だろうけど。
だいたい襲われないもなにも、魔獣は明確に縄張りを決めているものだ。勇者が魔獣を殺して開けた縄張りに他の魔獣がこないのは当たり前だ。もちろん生き物である以上魔獣は増えて他の土地に移ることもあるけれど、それを防ぐのが国の仕事である。まあ、きくだに呑気なものだとしか言いようがない。
まあ、そんなもの見たところでわかるのはかつての村長の器量であって、今のそれじゃない。時間もないし、とっととすることを済まそう。
「それじゃあここでいいよ」
「は、ああ」
驚いたような顔。一瞬周囲を見回して、村長の屋敷の扉に視線を戻す。そして僕の顔を見る。いや、もう十分だろう。村長との話し合いにまで他人を巻き込むつもりはないぞ?
言外のそんな意図が通じたのか、一歩引いて彼女は僕を見直した。
「そうですか」
納得したのか、少し静かな声。初めてすんなりと言葉が出てきたんじゃないか? できれば今後もそれくらいの感じで喋ってくれると助かるよ。下手をすればもう会うこともないだろうけど。
「案内ありがとうね。何か知りたいことがあれば授業の時間に来てくれればいいから」
「それ以外、のときは駄目な、んですか?」
「えー……公私は分けるのが心情なんで」
「公私?」
「仕事と私事ってこと」
「はあ。あの、今更です、けど」
「なに?」
「その格好で行く、んですか?」
「家の中に入る気ないし、いいだろ」
いや、本当に今更だな。確かにびしょ濡れの外套だし、ここまで魚人が這ってきたみたいに水の跡がちょろちょろ続いているのはどうかと思うけど、この格好で家にさえ入らなきゃ問題ないだろう。村長の屋敷なんてそもそも秘密の塊みたいなものだ。基本的に魔宝を持っているのは村長だろうし、入れてもらえるはずがないとも思う。
それに迎えを寄越すような奴らと仲良くできるはずもなければ、そんなつもりもない。僕は単に仕事をしてるという実績が欲しいだけなんだし。
「それじゃ、まあ授業の時にでも、ね」
「はい、失礼します」
さて……そういえばアステラはどこだろうか?




