29位目
別に、生まれて初めて『美人』と呼べる人間を見たというわけでも無い。
例えば若さん。
直に顔を合わせたのは2度ほどだけど、隣の街区に住んでいたはずなのに美人という評判がこちらにも届いてきていたし、実際に顔を見たときは美人だなぁとは思った。
ええと……繊細に編み込まれ光を放つような白金色の長髪に、透き通るような白い肌、線の細い輪郭にいつも微笑んでいるような柔らかな口元、見たことは無いけれど実際に微笑むと現れるえくぼが愛らしいらしいそうで、こぼれそうに大きな瞳は若草のような翠色でいつもかすかに潤んでいるようだった。曰く……愛らしいと美人の不可分の芸術。
例えば義姉と姪。
艶やかな黒髪は艶やかで触るとさらさらとこぼれるようだったのを覚えている。ゆるく波がかったそれの手入れとまとめるのは僕の仕事で、義姉の真似をしたがるレンのもよく触らせてもらっていたっけ。レンにはまだあどけなさが残っていたけれど、大きく濃い金の瞳が浮かぶ義姉の目は肌の色と合わせると野生的な印象が強くって。でもレンを産んでからは芯の強さと暖かさを強く感じるようになった。実はちょっと遠い地方の血が入ってるらしい。
あとヨゼウさんは昔凄い美人だったらしい。今は普通のお婆さんだけど。
ヴァクシャサは……美人というより可愛いとか親しみやすいって感じかな。
うん、決して『美人』を見る審美眼に間違いがあるとは思わない。
それでも目の前にいるのは、断言できる。この人は彼女たちと同じか、それ以上の美人だ。
「教師……? ああ、街からきた人……ですか、街道とは逆方向のはずだ……ですけど、それに……」
反応は芳しく無い。目には不信感が滲んでいる。まあ、無理からぬことだろう。僕が見るからに怪しいのは自覚している。けれども、今はあまり時間を使いたく無い。
「みればわかるだろうけど、ちょっとひどい目にあってね。川に用があったんだ」
「そう……ですか」
いかにも疲れ切っていますという声音に、納得はしていないけれど脅威では無い……と認識されたのだろうか、少し警戒心が薄れたように思う。すぐにでも逃げられそうな半歩引いた姿勢から、彼女は改めてこちらに向き直った。
ええと、なめらかでまっすぐな金髪に、碧眼っていうのかな。いつか見た海のように青い瞳。強い力を感じる目に、小ぶりな顔の輪郭、綺麗な金髪。あ、あと肌も普通の村の人たちと比べると珍しく白くて。それから目が青……ってだめだな。そもそも僕、人の容姿とかうまく説明できない人間だった。若さんのは友達に聞いた話だし、義姉さんのも兄がしてた自慢話を記憶してるだけだ。自分の口で喋ってたわけじゃ無い。
とりあえずやめよう。容姿が言えればいいことがあるわけでなし。
それに最初の衝撃さえすぎてしまえば対応は難しく無い。というか、目以外の感覚が全力で他にすべきことがあると訴えているので、それほど気をとられないで済むというか。
「悪いんだけど、この村の責任者のいる場所に案内してくれないか?」
「そん……責任者っていうと、村長……ですね」
「どう呼んでいるかは、その村によって違う場合もあるからそこは任せるけど」
うん、落ち着いて対応できてるな。まあ美人てことと好みかどうかって話は別だし、この人の場合は美人だけど好みじゃ無いってことだろ。多分。兄の義姉に対する態度とか、弟達のお隣のお嬢さん達に対する態度とか鑑みるとそんな気がする。今の僕はあそこまで挙動不審な態度は取ってない、はずだ。
「上では村長って呼ぶんでしょ?」
「……上か。君は随分勉強熱心な性質 みたいだね」
「それがどうか?」
「いや、そういう人が多い方が教えがいがあるだろうなと」
この子みたいのが多ければヴァクシャサもやりやすいだろうな。
「それで、済まないんだけど連れの調子が悪くてね。早めに足場を作りたいんだ」
「ああ、わかっ……りましたけど、なんなら家 で休ませてもいいわ……ですわよ」
「……」
「どうかし……ましたか」
いや、見た目に似合わず蓮っ葉な喋り方だなぁと。明らかに無理して敬語使ってるよね。まあ、初対面だし、見た感じそう年齢も変わらないはずだろう。普段はこんな口調じゃ無いんだろうな。
「いや、一応彼女も面通しするべきだろうし遠慮するよ。それと」
「それと?」
「そんな丁寧な言葉を使う必要は無いよ。村長に挨拶するまでは正式に教師になったわけじゃ無いし、今の僕はただの旅人とそう変わらないさ」
「そう? ……ですか。でもこれは私のけじめなので」
「それならいいけど」
「こっちです」
珍しいこともあるもんだ。村の人間が街から来た人間に敬語とは。
他の人に白い目で見られないといいけれど……それは僕が心配することじゃ無いか。とりあえず案内してくれるようだしついていくことにしよう。
「私の家は村の一番そ、外周で、村長の家の向かい、ですから」
「川に寄ったせいで凄い遠回りになったってことか」
「そうね、ですね」
話しづらいな。その上歩きづらい。っていうかこの人の家の周りなんでこんな雑草だらけなんだ。
っと、足元に何かある?
「あ、そこ踏まないで……ください」
「ん? なんだこれ、糸? って鳴子もあるな」
「言わないでください」
「え、ごめん?」
凄いな、この村。迎えが来た時点で大概だと思ってたけど、想像以上に殺伐とした村なのか。まさか村人同士で殺し合いでもしてるとか。ってことは熊手の言ってた『ララト』っていうのは村長とか、上役みたいな奴のこと? 貢物をして見逃してもらおうとしてたとかってことか。村長とララトが別人なら、後でそっちにも挨拶に行く必要があるな……っとそういえば、だ。
「そういえばまだ名乗ってなかったね。僕はイル。君が生徒であるなら、これからよろしく頼む」
「そうですか、その人は?」
「彼女も教師だ。名前はヴァクシャサ・ヴァクシャサヴォナ」
「ヴォナ……『わたし』?」
「自立した人間の苗字の一種だよ。苗字とはその人間の支えるべき人間や、責任を取る人間を示すものだからね」
「そうで、すか。なるほど、いい響きですね……ララトリアヴォナか」
「うん。まあ、僕はそっちは無しで通すつもりだったから……」
僕もイル・イルヴォナとか名乗ろうかと思ったけど、後輩とも言える彼女の思いつきを踏襲するのはちょっと恥ずかしいし、やめた。もしかしたら彼女も他で聞いたのかもしれないけど、少なくとも初耳だったしね。
「え、ララトリア?」
「はい、私の名前はララトリア・ウェインナテルンですが、もしかして似た名前の人……方が?」
う、うん? ララト? ウェインの長女 ? この人が村長と並ぶ村の長老格 !? 未独立なのに? どういうこと!?
いつも読んでくださりありがとうございます。
ナテルン→オナ テルン=長女
ナテルンダ→オナ テルンダフ =長男の次に生まれた長女
ただの次女なら『ダテルン』になりますね。




