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23位目

いつも読んでくださってありがとうございます。

「普通に考えたらあれだろうけどな」

「けどちょっと不気味だぜ?」

「それでも死神ってこたねーよ……多分」



 死神、という神はいない。


 一般的に神というと、まず青血の乙女が名前に上がる。

 それからこの世界に訪れた17の神々。神々が捉えていたとされるこの世界の本来の主人、主人と青血の乙女の間にいたとされる11の子供のことが伝承に記されている。

 正確には、青血の乙女やその主人、子供達は神ではないらしいのだけれど、神と対等なのだから大雑把に神でいいだろう。少なくとも伝承通り8種に属さない人間種ということはないと思う。どんなに長命なエルフでも5000年以上生きるという話は聞かないし、ドラゴンですら10000年以上の寿命はないという。伝承によると青血の乙女が生まれたのは神話の時代の10万年以上前らしい。絶対人間種じゃない。

 よって伝承の上で神とされるのは来訪した17の神々だけだけれど、僕ら人間種はその神々と子供達それぞれ8人の間に生まれた つくられたとされていることも踏まえて、青血の乙女とその主人から始まる30の存在を合わせて、便宜上だが『神』とし、あるいは『神属』と呼んでいる。


 さて、そんな我らを作りたもうた偉大な神属は、実際のところそのほとんどが隠れてしまって久しい。

 現在この世界のどこかで我らを見守ってくださるのは青血の乙女だけで、彼女だけは我らに真名を与え、いつまでも見守ってくださる……という。実際、毎年誕生日になると頭の中に声が響いて名前が呼ばれる。青血の乙女が名を呼ぶようなと言えば、美声、美音を喩える最上級の麗句だ。

 そして死んでしまった者の魂を世界に還し人と人の間に新しい魂を遣わすのも、現在彼女が一手に引き受けている。


 賊徒の塒 ちほうのむらに送り込まれる新米教師 ぼくもびっくりな重労働環境だ。


 神様の仕事はまだあるが、正直数えたくないので割愛する。とにかくそんなわけなので、『死神』……死を司る『神』なんて者がいるのなら、それもまた青血の乙女に他ならない。



 というのが僕ら一般的な教育を受けた人間の宗教観であり、国が広めている宗教観でもある。

 ではそれをふまえて、国に対して徹底抗戦の姿勢をとりたい、自称自治村の連中の主張はといえば……



 勇者が一番偉い、もしくは勇者を遣わした神が一番偉い。あと勇者に選ばれた俺ら偉い。以上。



 ……となる。もう宗教でもなんでもないと思うけど、深く考えてはいけない。

 真名を呼ぶ声に関しては、知らないとか、悪魔の誘いだとか言われているらしい。案外、悪魔の誘いは間違っていないような気もしないではないけれど、そこは普通に勇者を遣わせた神の声でいいんじゃないだろうか。とにかく自分たちが偉くないと気が済まないのが彼らなのだ。ではその宗教観における死神とはなんなのか。


 彼らの神、つまり勇者が村々を訪れ授けた『魔宝』は3つある。というか3種類ある。

 一つは襲われたときに敵を倒すための、『破壊の魔宝』。

 二つは土地を奪われても生きていくための、『豊穣の魔宝』。

 三つは何かや誰かを失った時に取り戻すための、『再生の魔宝』。

 どれも一度きりの使い切りだが、これによって三度、彼らは勇者無き時を生き延びることができる。と、勇者は思ってこれを授けたそうだ。実際、恐ろしいことに『再生の魔宝』は時間に干渉することにより死者を蘇生させることすらできるものだった……のだが一つ問題があった。生き返った人間が必ずしも死ぬ前と同じ人間ではなかったのだそうだ。

 記憶に相違がある、人格が変わっている。少しずつだが容姿が変わってしまう……などなど。真偽のほどは定かではない。だが、そういうことがあるらしい。

 国が持つ宗教観、青血の乙女が子供達と、彼らの番になった神々の作る人間種。その魔法には決して死者を蘇らせるものはなかった。だが、勇者の魔法ではそれができる。おそらくこの辺りが、自自村の持つ宗教観が国のそれと合致しない所以なんだろうと僕は思っている。

 というかそうであってほしい。


 さて。

 では彼らが言う死神とは何か? 推測に過ぎないが、勇者様の『再生の魔宝』を阻害する存在、それのことを指すのではないだろうか。



 という考察を、大昔にしたことを、彼らの会話を聞いて思い出した。大昔って言っても学生時代だから数年前だけど、じゃあなぜ今、僕ないし一応ヴァクシャサのどちらかが死神扱いされているのか。

 僕らがそんな不吉な存在に見えるだろうか?

 真っ黒な頭巾 フード付きの外套 マントを着込み顔を半ば隠していた時の僕なら多少不気味に見えるかもしれないが、今その外套はヴァクシャサの担架と化している。つまり僕はごく普通の青年に見えるはずだ。


「どうする?」

「どうすっかなぁ? こっち女だろ?」

「でも生贄だったら……」

「もうちょっとよく見てみるか」

「虎は撫でても牙をむくって言うしな。迂闊に手を出さない方がいいよな」

「……お前なんか狙ってるな?」

「うっ」


 少し耳を澄まして様子を伺ってみると、どうも彼らの方も僕らをいぶかしんで調べようとしているらしい。周りをうろうろと歩き回る足音がする。だけど……妙だな。僕の右側を避けてるのか? 偶然僕の顔は少し右を向いて倒れている。だから、顔を覗き込むならそっち側からがいいはずなのに、さっきから顔の正面側で足音が止まらない。

 顔を避けてるのか……それとも大鎌か。

 そういえばアステラの依代としている大鎌は、本来穫り入れの時期まで大事に蔵にしまっておくものだ。むしろ鎌の刃が弾く光を麦などに浴びせると成長が悪くなるとされて、外に持ち歩くのを禁止しないまでも白い目で見られることもあるとかないとか。

 年中暖炉に煌々と赤い火が灯っていたり、大量の地精霊が干渉したりするかの屋敷の畑は、はっきり言って季節感とは無縁のものだったから失念していた。

 ここ数日の妙な視線や僕を避ける態度は、ひとえにこれが原因だったのか……もしれない。

今回はちょっとだけ宗教観のお話です。

『虎は撫でても牙をむく』とは、『触らぬ神に祟りなし』という意味ですが、

それも祟る神がいないことを前提としたことわざだったりするのです。

もっとも、時々村には祟る神がいるのですが……いかにも浅い宗教間か、という話ですね。

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