ⅩⅤ
※要望があったので、最終話1話追加しました。
追悼の鐘が鳴る。
国で一番大きな大聖堂から、王族の死を悼む鐘が、鳴らされる。
クピディタスはその鐘の音を、無感情に耳に入れていた。
昨夜、クピディタスの両親は死んだ。
表向きは不慮の事故ということになっているが、実際は壮絶な殺し合いの末の情死だった。
クピディタスが確認した際、両親の死に場所となった寝室は、飛び散った血で真っ赤に染まっていた。
隠し持っていた小剣で、父を滅多刺しにしたらしき母ジェロシアと、その母の首を事切れる寸前に締め上げていた父フロル。
あまりにその様は凄惨で、初めにその部屋を目の当たりにしたメイドはその場で嘔吐した。
だが激しい苦痛の末の死であるにも関わらず、二人の死に顔は、満足げな笑みが滲んでいた。
宿願を果たして死んだのだ。さぞや幸福な死に方だったろう。
人の心を読める異能を持ったクピディタスだけが、その死の真相を知っている。
ルクス王国はじまって以来の賢王と讃えられた、父フロル。
その父を精力的に支えた、母ジェロシア。
仲睦まじいと評判だった二人の真の関係を知っているのは、息子であるクピディタスだけだ。
母は父を、殺したいほど憎んでいた。
父は母を、全てを奪いつくしたいほど愛していた。
母が生きる意味は、いつか父を殺す為だけにあり、父が生きる意味は母の全てを奪ったうえで、いつか母と共に逝く為だけにあった。
母は表向きは息子であるクピディタスに慈愛に満ちた態度で接していたが、実際は息子に対して僅かの興味も抱いていなかった。
否、興味を抱いていなかったと言っては嘘になる。母は、異能を受け継ぐクピディタスを妬み、憎んでいた。だがその憎しみが僅かでも湧き上がる度、どこからともなく父が現れ、その意識をクピディタスから遠ざけた。
父もまた、クピディタスには無関心であった。母と関わる時に僅かな敵意を見せるだけで、それ以外の場面ではクピディタスを心底どうでもいいと思っていた。父はただ母にだけ、全ての関心を向けていた。
クピディタスはしかし、両親から関心を向けられないというその事実に、傷つくことは無かった。
クピディタスは一つの物事だけに執着する愚かな二人を、見下し、侮蔑していたからだ。
何故それ程、憎悪に、愛に、執着出来るのか、クピディタスは理解出来なかった。
だから二人の死を知らされた時も、ただ来るべき時が来たと思っただけで、クピディタスの心は少しも揺らされなかった。
追悼の鐘が鳴る。
――そしてこの鐘が止んだ時、クピディタスは王になる。
別段望んでもいない、王という立場を得る。
酷く、憂鬱な気分だった。
「――クピディタス殿下。客人がいらっしゃいました」
「…あぁ、分かった。今、向かう」
家臣の言葉にクピディタスは一つ頷く。あまり気乗りがしない客人だ。
王となるクピディタスに媚を売って置こうと考えた、隣国からの使者。
両親を失って気落ちしているだろうクピディタスに、贈り物を渡したいとのことだ。
贈り物が何かなんて目に見えている。どうせ、女だ。
隣国では先日クーデターが起こり、元王女が奴隷の身分まで落されたと聞く。恐らくはその王女を、奴隷として献上する気なのだろう。
だが、そんな贈り物、女に―というよりも人間に興味がないクピディタスにとっては、厄介事を呼び込む可能性がある不要物でしかない。
丁重に断って、お引き取り願おう。そう思って、クピディタスは客間へと足を運んだ。
しかし
「――ほら、殿下に名を申し上げろ」
「…トリステと申します」
鎖に繋がれたまま、屈辱で目を潤ませながらクピディタスを睨み付ける、高貴な気配を身に纏った少女。
その少女の憎悪に満ちた視線に射抜かれた瞬間、クピティタスは生れて初めて、心がざわめくのを感じた。
――そして新たな愛執の物語が始まる。