第4話「わんだーわーるど」
都内テレビ局、スタジオ棟のメインストリート。
壁面に設置された大型モニターと掲示板の前に、関係者やキャストたちが群がり、熱気を帯びたざわめきが広がっていた。
『連続ドラマ『きせきのひと』制作チーム次回作——皇創一プロデューサー企画『わんだーわーるど』製作決定!』
大々的な公式プレスリリースが掲示され、現場には早くも激震が走っている。
「やっぱり皇Pの企画に決まったか!」
「主演はファン投票で内定してる御堂裕也くんで決まりだな」
「相手役のヒロインは怜花ちゃんかな?」
「いや、噂じゃ今度のヒロイン枠はかなり重要らしくて、近々大規模なオーディションをやるらしいぞ!」
飛び交う噂と熱狂の中、裕也はスタッフたちから次々と向けられる「おめでとう、裕也くん!」「次も期待してるよ!」という祝福の声に、「ありがとうございます、精一杯努めます」と丁寧に頭を下げていた。
だが、その瞳の奥には、決して浮つくことのない静かな緊張感が宿っていた。
数時間後——。
講義を終えた大学の研究室を後にし、裕也と怜花の二人は都内郊外の閑静な住宅街へと足を運んでいた。
二人がこうして大学に通い、芸能界という華やかな表舞台に身を置いているのには、誰にも明かせない真の目的がある。
幼い頃、二人が身を寄せていた施設と大切な仲間たちを、突如として無慈悲に襲撃・壊滅させた謎の勢力。
その黒幕の正体を暴き、真相を白日の下に晒すこと——それこそが、二人が歩む日々の原点だった。
辿り着いたのは、二人の命の恩人である相馬護の自宅。
第一線で任務に追われる護は不在がちだが、玄関を開けると、出迎えてくれたのは彼の息子であり二人の幼馴染である健人だった。
「やあ、二人とも。よく来たね」
「健人、急に押しかけてすまない」
「いいよ、ちょうど父さんから頼まれていたデータの解析が終わったところなんだ。それで、君たちのほうは何かわかったかい?」
「ああ。いつもお世話になっている皇プロダクションの神楽坂舞織さんから、これを受け取ったんだ」
裕也はポケットから一本のUSBメモリを取り出し、健人に手渡した。
健人はそれを手元の端末に接続し、手際よくキーボードを叩いていく。
「……なるほど。父さんから預かっている裏のログデータと照合してみたけれど……やはりな」
画面を見つめる健人の表情が険しくなる。
「裏社会や業界の不透明な資金・人員の動きを洗ってみたが、どうやら『闇野プロダクション』の黒崎というプロデューサーが、かなり黒い噂の中心に絡んでいるようだ」
「黒崎……!」
裕也と怜花は顔を見合わせた。
「以前、怜花を強引に自前のドラマに引き込もうとしていたあの男か……」
「ええ。やっぱりあの男、ただの嫌味なプロデューサーってだけじゃなかったのね」
点と線が繋がり、二人は黒崎、そしてその背後にある闇野プロダクションへの警戒を一層強めるのだった。
——翌日、スタジオ敷地内の通路。
黒崎から写真を受け取った鎌瀬独は、物陰に隠れながら獲物を探していた。
(へっへっへ……黒崎の旦那は『御堂裕也には気をつけろ』なんてビビってたが、あっしにかかれば女の相手なんざ赤子の手をひねるようなもんでさぁ)
前方から一人で歩いてくる星崎怜花の姿を捉え、鎌瀬はニチャリと笑って立ち塞がった。
「よお、お姉ちゃん! ちょっといい話があるんだけど、あっしとお茶でもどうだい?」
「……私、知らない人とお話しする時間はありませんので」
怜花は一瞥もくれず、完璧な塩対応でその横を通り過ぎようとする。
「おいおい、つれねえこと言うなよ!」
調子に乗った鎌瀬が怜花の腕を掴もうと手を伸ばした——次の瞬間。
「はぁっ!」
風を切り裂く鋭い呼気と共に、怜花の見事な上段回し蹴りが鎌瀬の顔面へと炸裂した。
「ぐえっ!?」
ドガッと鈍い衝撃音を残し、鎌瀬の身体は派手に横ざまへと吹っ飛んで地面を転がった。
常人には見えぬ体幹の強さと鋭さ。それもそのはず、怜花も裕也と同じく、並みの人間を遥かに凌駕する戦闘能力を秘めているのだ。
「な、何なのよ、こいつ……」
「くっ、な、何だよテメエ……ッ! チッ、今日はこのくらいにしといてやる! お、覚えてやがれーっ!」
鼻血を押さえながら、鎌瀬は情けない捨て台詞を残して一目散に逃げ去っていった。
「もう覚えていませんよーだ」
怜花はあっかんべーをすると、パンパンと手を叩いて埃を払い、小さく息を吐いた。
「まったく、何だったのよ。……早く裕也と合流しなきゃ」
数分後、敷地内の別の一角。
顔を腫らした鎌瀬は、今度は神楽桃華を見つけ、気を取り直して前に回り込んだ。
「へっへっへ……そこのお嬢さん、俺と楽しいことしないかい?」
「失礼ですが、セキュリティをお呼びしましょうか? それとも所属事務所のコンプライアンス窓口へ直接ご連絡なさいます?」
桃華は眉一つ動かさず、気品あふれる冷徹な正論でバッサリと切り捨てる。
「な、なんだと……お高くとまりやがって!」
「おい。何をやっている」
逆上した鎌瀬が詰め寄ろうとした瞬間、低く芯の通った声が割り込んだ。
「桃華に触れるな。嫌がっているだろう」
「ぐぬぬ、何だお前は!? ……って、御堂裕也!?」
鎌瀬の脳裏に、黒崎の警告が過る。
『いいか、御堂裕也には関わるな。お前には荷が重い』
(くそっ、ただのアイドル俳優じゃねえか! 舐めやがって、うおおぉぉっ!)
鎌瀬は裕也めがけて飛びかかった。
だが——。
「はぁッ!」
裕也は最小限の身のこなしで突進をわすと、強烈なカウンターの掌打を鎌瀬の鳩尾へと叩き込んだ。
「ごふっ……!?」
あまりの威力に胃の中のものをぶちまけそうになりながら、鎌瀬は再び地面へと崩れ落ちる。
「ふぅ……」
裕也は静かに息を整え、構えを解いた。
「くっ……な、何だよテメエ! チッ、今日はこのくらいにしといてやる! お、覚えてやがれーっ!」
鎌瀬は本日二度目の負け犬ダッシュでその場から逃走していった。
「裕也くん、ありがとう! やっぱり裕也くんはあたしの王子様だな」
桃華は満面の笑みで裕也に駆け寄る。
「……いや、無事でよかったよ」
裕也は少し照れくさそうに苦笑いを浮かべた。
二度にわたって無様に返り討ちに遭った鎌瀬は、路地裏で歯ぎしりを鳴らしていた。
「ぐぬぬぬ……! あいつら何なんだよ! まったく歯が立たねえ! ……くそっ、こうなったら最後の一人だ! 如月るな……あいつなら絶対にイケるはずだ!」
スタジオ裏の自販機コーナー。
人通りの少ないその場所で、如月るなは一人ベンチに腰掛け、スマートフォンで自身の配信チャンネル『るなるなちゃんねる』のコメントをチェックしていた。
「るなちゃんさぁ~! ちょっと付き合ってよ。いい思いさせてやるからさぁ!」
突如現れた鎌瀬が、逃げ道を塞ぐようにしてしつこく腕を掴もうとしてくる。
「え~? るな、これから大事なお仕事があるから無理なんですけどぉ~☆」
るなは完璧な営業スマイルを作り、小首をかしげて見せる。
だが——その瞳の奥は、一瞬にして絶対零度の闇へと染まっていた。
(……あ? なんだこの虫ケラ。調子に乗ってんじゃないわよ。……誰も見てない路地裏に引きずり込んで、二度と口がきけないように完全に消してやろうかしら?)
裏の力を解放し、自らの手でこの男を肉塊に変えようと、るなの指先が微かに妖しい光を帯びかけた——その刹那。
「おい、そこまでにしておけ。嫌がってるのが分からないのか?」
背後から伸びてきた力強い手が、鎌瀬の手首を万力のようにガッシリと掴み上げた。
「げっ……お、お前は御堂裕也!?」
裕也の鋭く射抜くような眼光に射すくめられ、鎌瀬は悲鳴を上げて後ずさる。
「な、何だよテメエ! ……チッ、運が良かったな! 今日はこのくらいにしといてやる! お、覚えてやがれーっ!」
鎌瀬は本日三度目となる負け犬退場を果たし、情けなく走り去っていった。
路地裏に静寂が戻る。
裕也は息を整え、呆然と立ち尽くするなへと歩み寄った。
「裕也……」
「るな、大丈夫だったか? 怖かっただろ。怪我はないか?」
「う、うん……」
思わず素の声で小さく頷くるな。そんな彼女を見て、裕也はふっと目元を和ませた。
「るなは女の子なんだから、もっと気をつけないとな」
そう言って、裕也はごく自然に、優しくるなの頭をポンポンと撫でた。
「ひゃうっ!?」
——ドクンッ!
るなの心臓が、生まれて初めて経験する速度で跳ね上がった。
「じゃあ、気をつけて戻るんだぞ」
裕也は何食わぬ顔で爽やかに笑い、手を振りながら怜花たちの待つ通路へと歩いていく。
「…………っ!!」
カアアアッと、顔面から火が出るほど真っ赤に染まるるな。
(ぶ、ぶしゅーーーーーーーーっ!!)
頭から湯気が出そうなほどの衝撃。
手足がガタガタと震え、思考回路が完全にショートしていた。
(なっ……なに、何なのいったい!? いま、るな……『女の子扱い』された……!? 裕也に……頭ぽんぽん、って……!?)
常に計算とあざとさで男たちを手のひらの上で転がしてきたトップアイドル・如月るな。
そんな彼女の鉄壁の防壁が、見返りのない本物の優しさと温もりによって、ものの見事に木っ端微塵に撃ち抜かれてしまったのだ。
(るな、今……男の人に、助けられた……? なんで……胸がこんなに熱くて苦しいの……!?)
遠ざかる裕也の背中と、そこに駆け寄って親しげに寄り添う怜花の姿を、るなは真っ赤な顔のまま、強烈な独占欲とライバル心を燃やしながらボーッと見つめ続けるしかなかった。
——その頃、闇野プロダクション・黒崎Pの執務室。
「どうした鎌瀬、その無様な姿は……!?」
「だ、旦那ぁ~~~~っ!!」
顔中を腫らし、ボロボロになった鎌瀬が執務室の床に泣き崩れていた。
「まさかお前、もうやられたのか!?」
「へい……あいつら、強いのなんのって……!」
「うむむむむ……!」
「お願いですぜ旦那! あっしのこの首についている『プロテクトチョーカー』の封を解いてくだせえ! 人間の能力だけじゃ勝てっこありませんぜ!」
「……仕方ない、待っていろ。一応、舞を通して姫香様から貴様のプロテクトチョーカーを解く『鍵』は預かっている。今から解いてやる」
黒崎が眼を閉じ、掌に念を込めると——カチリ、と微かな解除音が響き、鎌瀬の首から重々しいプロテクトチョーカーがカランと音を立てて床へ転がり落ちた。
「今回は我々の事前調査不足だったから不問にしてやる……だが、我ら闇野に二度の失敗は許されん。分かっているな?」
「へっへい! 分かっておりますぜ……!」
身体中に黒い瘴気のようなオーラを滾らせ、鎌瀬は不気味な笑みを浮かべて部屋を去っていった。
その背中を見送る黒崎の背後から、静かにワルキューレが歩み出てくる。
「いいのかい?」
「ああ。とりあえずプロテクトチョーカーを外した鎌瀬がどれくらいやれるか見て……それから次を決める」
黒崎のサングラスの奥で、底知れぬ野望の光がギラリと怪しく光っていた。
(第4話「わんだーわーるど」おわり / 第5話へ続く)
メインヒロインのひとり空原 レンが歌う、らいだ~くのキャラクターソングです
『You're My Only』
架空アニメ 「らいだ~く」 挿入歌
歌:空原 レン(そらはら れん) & ディープ・タウン・シンデレラ
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