第3話「波乱の予感」
某コンペ会場——。
会場の正面には、テレビ局や大手芸能プロダクションの重役、各種専門スタッフからなる錚々たる審査員一同がずらりと並んでいた。
張り詰めた空気の中、会場の隅で脂汗を浮かべながら歯ぎしりを鳴らす男が一人。黒崎である。
(ぐぎぎぎぎ……!)
黒崎の脳裏に、数日前のスタジオの隅での出来事が苦々しく蘇る。
『どうだ? 星崎怜花、俺の企画『上書きの夜』の主演女優になってくれないか?』
『はぁ? いきなり何なんですか。わたしは皇プロダクション寄りの人間ですよ? それに何ですか、その如何わしいタイトルのドラマは……そんなドラマ、お断りです!』
怜花は冷たい眼差しを向けるなり、足早にその場を去っていったのだった。
(あの小娘が……!)
そして、現在——。
進行役の神尾が、マイクを通じて厳かに口を開いた。
「え~、以上を持ちまして、厳正なる審査の上、まもなく撮影の終了いたします連続ドラマ『きせきのひと』チームの次回作は——皇プロデューサー企画の『わんだーわーるど』に決定いたしました!」
パチパチパチパチ!
会場内を満たす来場者や審査員一同から、惜しみない拍手が鳴り響いた。
「みなさん、ありがとうございます」
皇プロデューサーは立ち上がると、晴れやかな笑みを浮かべ、関係者一同に向かって優雅に会釈した。
(こ、この俺の企画『上書きの夜』が……皇なんぞに負けただと……!?)
皇Pに対抗心をバチバチと燃やしていた黒崎は、鬼の形相で皇Pを睨みつける。
会釈を終えた皇Pがふと視線を向け、黒崎と目が合うと、彼はフッと口元を緩めて余裕の笑みを見せた。
(あ、あの野郎……っ!)
関係者一同の歓迎の輪に迎え入れられ、皇Pはその賑わいの中へと消えていく。
拍手と歓声から取り残された黒崎は、一人その場に立ち尽くしていた。
「くっ……姫香様になんと報告すれば……」
それから数時間後。
都内スタジオにて。
「はーい、カットー! これにて連続ドラマ『きせきのひと』第11話の収録を終了します! みなさん、お疲れ様でしたー!」
ディレクターのよく通る声がスタジオ内に響き渡る。
「「お疲れ様でした!」」
「ふうっ……」
スタッフやキャストたちの拍手の中、裕也は短く息を吐いた。そこへ、穏やかな笑みをたたえた舞織が歩み寄ってくる。
「裕也くん、お疲れ様」
「あっ、舞織さん。お疲れ様です」
「ふふっ、調子はどう?」
「はい、おかげさまで絶好調です」
「そう? よかった」
「それより、どうしたんですか?」
「ああ、そうそう。前にも言ったけれど、あなたがファン投票で主演男優に内定している、このチームの次回作……大方の予想通り、皇プロデューサーの『わんだーわーるど』に決まったわよ」
「あ~、やっぱりそうなったんですね」
「ええ。闇野プロダクションの黒崎Pの『上書きの夜』という企画が対抗馬と見られていたけれど、圧勝だったわ。まあ、これは全体の意見なんだけれど、さすがにお茶の間に流せるような内容でもなかったしね」
「あ~……なるほど」
「それに、彼が求めていた主演女優からもまだOKをもらえていなかったみたいだから。八方塞がりだったようね」
「まあ、怜花も嫌がっていましたからね」
「そうよね。彼女にああいうドロドロしたドラマの役は向いていないわ。やっぱり清純派のドラマじゃないと」
「たしかに……」
「それはそうと……あなたたちが調べている、例の件なんだけどね」
舞織がふっと声を潜めた瞬間、裕也の目つきが変わる。
「! 何か分かったんですか……!?」
「ええ、実はね……」
一方、闇野プロダクション・黒崎Pの執務室。
「くっそ~……! いったいどうすれば……この俺が、というより我ら闇野プロダクションが皇プロダクションに後れを取ったとなれば……。と、とりあえず、我が社『鉄の掟』である報連相の徹底だ……!」
震える指先で受話器を取り、外線番号をプッシュする。
トゥルルルルル……ガチャ。
『はい……』
冷徹で静かな女性の声が響く。
「黒崎です。姫香様にお繋ぎ願います……!」
『ん? 何だ、チェバロン(黒崎)か。どうした?』
「その声……舞か?」
『……舞、だと?』
「い、いや、すまない! 舞さん!」
『言葉遣いには気をつけろ』
「申し訳ございません……!(何でこの俺が、姫香様の秘書の小娘なんぞに……!)」
『おい。あまりこの私を怒らせるな。貴様の考えていることなど、すべて手に取るように分かるのだぞ』
「ひっ……!」
『まあいい、お前ばかりにかまっている暇はない。姫香様は現在、多忙を極めておられてな。いつも通り、この私が代わりに聞く』
「そ、そんな……」
『安心しろ。姫香様はあとで時間を作って必ず話を聞いてくださる。それまでの辛抱だ』
「…………」
『——貴様の用件は、すでに把握している』
「えっ?」
『すでに部下から報告を受けている。貴様、皇プロダクションの企画なんぞに後れを取ったようだな?』
「ど、どうしてそれを……!?」
『忘れたのか? 姫香様の教えのひとつが、我が闇野グループに徹底されている『報連相』だということを』
「それにしても早すぎる……」
『貴様のしていることなど、すべてお見通しというわけだ』
「い、いったい、どうすれば……?」
『そのためにシンセンスとカメオをお前の近くに置いてあるだろう。奴らを頼るんだな』
「は、ははぁ……」
『まあ、お前にも一応『四天王』としてのプライドがあるだろうからな。前から欲しがっていたお前の配下になる者と、監視役を派遣しておいた。もうすぐ着く頃合いだ』
「(相変わらず手際が良いなんてものじゃねえな……)」
『どうした? まだ不服か?』
「と、とんでもございません!」
『じゃあな。私も忙しいからもう切る。あんまり私や姫香様を失望させるなよ』
「ははーーーっ!!!」
ブツッ、と通話が切れて受話器からツーツーと無機質な音が流れても、黒崎は電話の向こうにいる舞、そしてその背後に君臨する姫香に向かって深々と頭を下げ続けていた。
「ふ、ふっふっふ……! ようやく俺にも直属の部下が来るのか……!」
受話器を置き、ドヤ顔で息を荒げる黒崎。
その時、室内にインターホンの電子音が鳴り響いた。
ビィーッ。
「俺だ」
『黒崎プロデューサー、お客様がお見えです』
「何、客だと?」
『はい、本社からお越しです』
「おおっ! 早く通せ!」
『かしこまりました』
トントン。
ノックと共にガチャリとドアが開き、秘書が姿を見せる。
『失礼いたします。黒崎プロデューサー、お客様をお二人お通しいたしました』
「うむ、ご苦労だった。下がっていいぞ」
秘書に案内されて執務室へと足を踏み入れてきたのは、精力的な面構えの男と、凛々しいという言葉がこれ以上なく似合う長身の女性の二人だった。
「久しぶりだな、チェバロン。相変わらずのようだね」
「お、お前はワルキューレ!? そうか、お前が応援に来てくれたのか!?」
黒崎は一瞬パッと顔を輝かせたが、その感動は次の瞬間、あっさりと打ち砕かれた。
「へっへっへっ……黒崎の旦那、おひさしゅう。あっしも居るんですぜ」
「お、お前はモンテグレル! 何でお前がここに!?」
「あっしが旦那の『下』に就いて働くことになったんですぜ」
「な、何だと……!?(よりによって、何でコイツなんだ……!)」
「へっへっへっ」
「そういうことだ」
ワルキューレが冷ややかな視線で黒崎を見据える。
「きみたちだけではかなり心配だということで、この私が『監視役』として派遣されたんだ」
「お、お前が監視役だと!? 協力してくれねえのかよ!?」
「ああ、そういう指示は受けていない。私は基本的に、想定業務外のことはしない主義だ」
「で、でもよぉ……!」
食い下がろうとした瞬間、ワルキューレの双眸がキッと鋭く黒崎を射抜いた。
「まずは与えられた条件と範囲内で全力を尽くすべきだろう? 最初からこの私に頼るなど、筋違いも甚だしい」
「す、すまねえ……!(うわっ……寿命がガッツリ縮んだぜ……)」
黒崎は絶望的な表情を浮かべ、ワルキューレの横でヘラヘラと笑っているモンテグレルへと目を戻した。
「へっへっへっ……」
「し、仕方ない……おい、モンテグレル!」
「おっと。これからはあっしの本名、『鎌瀬独』で呼んでくだせえ。こんなスタジオ内でその呼び方だと、目立ち過ぎますぜぇ」
「う、うむ……そうだな。では鎌瀬! さっそくこの連中にちょっかいを出してこい!」
黒崎は机の上からとある写真を数枚取り出し、鎌瀬の目の前に突きつけた。
そこに写っていたのは——星崎怜花、神楽桃華、如月るなの姿だった。
「…………」
悪巧みを交わす二人のやり取りを、ワルキューレはただ氷のように冷淡な瞳で見つめていた。
(第3話「波乱の予感」おわり / 第4話へ続く)
メインヒロインのひとり如月 るなが歌う、らいだ~くのキャラクターソングです
『ぴゅあぴゅあ・ハピネス・マジック!』
架空アニメ 「らいだ~く」 挿入歌
歌:如月 るな(きさらぎ るな)
https://suno.com/s/IXA1OarXk62LxZ9r




