第17話「新たなる力を求めて」
雨脚が強まっていた。濡れたアスファルトが街灯の光を鈍く弾いている。
キィンッ
耳障りな金属音が路地に跳ねた。
裕也の突き出した右拳は、かつてチンピラを一撃で沈めていた鋭さも重さも失っていた。空を切るたびに軸がぶれ、足元が流れる。
ショックの後遺症のためか、本来の実力をまるで発揮できない。黒崎の濁った嗤い声、涙を流しながら連れ去られていく怜花の姿が頭にこびりついて離れず、拳を振るうたびに手足の先から力が抜けていく。
狼谷の哄笑とともに、バタフライナイフが閃く。
最短距離で急所を抉り抜く刃筋に、裕也の反応は一拍遅れた。ジャケットの袖が裂け、腿の肉が浅く削がれる。苦戦を強いられ、防戦一方に追い詰められていく。泥水に足を取られ、体勢が崩れた瞬間、狼谷が無防備な裕也の喉元へ刃を突き出した。
バツンッ!
鋭い打撃音が路地を叩いた。
闇の死角から飛び込んできた人影が、狼谷の手首を正確に蹴り上げ、凶刃の軌道を宙へ跳ね飛ばす。
現れたのは、るなだった。
「ちっ、邪魔が入ったか?」
狼谷が舌打ちした瞬間、るなは一切の躊躇なく指先を突き出した。
「【BEAM(ビーム!)】」
指先から放たれた星やハート型の高エネルギー弾が、雨の闇を切り裂き、鋭いエネルギーボルトとなって狼谷へ殺到する。
「なっ!?」
咄嗟に身を捻って回避したものの、その身のこなしと瞳の鋭さを一瞥しただけで、狼谷は一瞬で形勢不利を感じ取った。
「ちいっ、準備不足で勝てる相手じゃねえ」
「ふんっ!」
「はあっ!」
るなの追撃に対し、狼谷は離脱の際に使用している特製煙幕を発する爆薬を、地面へと叩きつけた。
激しい白煙が路地一面に広がる。この小娘は手強い。深追いは無用とばかりに刃を収め、狼谷は煙の向こうへ身を躍らせた。
「?!」
「今日のところはここまでだ! あばよ!」
足音ひとつ残さず、あっさりと煙の中へ撤退していく気配。
晴れ渡る煙を見下ろしながら、るなは忌々しそうに呟いた。
「駆除し損ねた……」
(……この間の、何だっけ。あのザコよりは多少マシかな)
静まり返った路地で、裕也は膝をつき、肩で息を整えようとしていた。
それを見ると、るなは裕也に近付き、思いっきりビンタした。
パァァンッ!
「あんな奴相手に何やっているのよ。るなの知っている裕也はそんな弱虫じゃないはずだよ。いくら怜花のことがショックだからってるなたちの裕也を心配する思いを裏切らないでよ」
るなの瞳には大粒の涙があった。
その時、裕也の脳裏には、自分のことを想って駆けつけてくれたるな、桃華、レン、ゆめたちの顔が思い浮かんだ。
いつまでもこんなことをしていていいはずがない。
立ち上がろうとする裕也の手を、るなが引いた。
「ちょっとるなについて来て、その腑抜けた戦いの感を思い出させてあげる」
「……え?」
「ちょっとるなに捕まって」
「?!」
るなが軽やかに宙へステップを踏む。
「【HOP(ホップ!)】」
鮮やかな紙吹雪が夜の路地に舞い散った。
家系の人間が感覚で行うワープを、彼女はアイドルの軽快なステップとして死に物狂いで再現したのだ。二人を包み込んだ光は、瞬く間に雨の街からかき消えるように跳躍していった。
◇
狼谷に急襲され、手も足も出ず退けられた桃華、レン、ゆめ、そして実力不足を痛感していた健人は、健人の父・隼人のもとへ集まっていた。
地下に設けられたその空間は、筋力トレーニングの器具とパーソナルスペース、そしてオフィスワークのためのデスクが無駄なく配置された、隼人独自の活動拠点だった。
壁際に置かれた鉄パイプを前に、隼人は厳しい眼差しで四人を見据え、重々しい声で告げた。
「覚悟は買う。だが、今のまま向こうへ行っても犬死にするだけだ。刃の重さを知らん素人が突っ込めば、文字通り切り刻まれた終わりだ」
桃華たちは、実力不足の健人とともに高僧の下での修行を勧められて、修行につくことになる。
「この世界で知る人ぞ知る俗世とは縁を切って、とある辺境の地で自身の修行と共に、そのお眼鏡にかなった者たちに修行をつけている高僧だよ」
隼人の言葉を、四人は固唾を呑んで受け止めた。
そして、皮肉にもこの状況はるなやレン、ゆめにとっては裕也を動かす絶好の機会でもあった。
桃華が修行で遠ざかり、弱りきった裕也の傍らに残されるのはるな一人。あるいは、より強い力を手に入れて戻ろうとするレンやゆめにとっても、傷つき心に隙ができた裕也の懐へ深く踏み込み、その存在を自らのものにするための絶好のチャンスだったのだ。
◇
闇野一派・作戦室。
るなには無傷、裕也には少し疲れさせただけで、みっともない負け惜しみを吐いて尻尾を巻いて逃げ帰ってきたハウンド、ファントム、スラッシャーの三人。
作戦室に戻るなり、四天王・黒崎烈治の怒号が部屋中に響き渡った。
机を激しく叩いて、黒崎が吠える。
「……何をやっているんだお前たちはァァァッ!! 十三人衆に戻りたいだの元の部署に戻せだの息巻いておいて、ガキどもに傷一つ負わせずに帰/るとは何事だ! 揃いも揃ってスクラップ未満か!! 恥を知れ、恥を!!」
青筋を立てて激怒する黒崎に対し、呼び戻された一匹狼・狼谷は悪びれる様子もなく、不敵な笑みを浮かべて肩をすくめる。
「まあまあ、そんなに頭に血を登らせなさいよ、黒崎のダンナ。健康に悪いぜ?」
「誰のせいだと思っているんだ誰のせいだとお前らだろぉぉぉっ!!」
ストレスで胃を痛め、お腹を押さえてハァハァと息を荒くする黒崎。
その様子をワルキューレは腕を組みながら聞いていたが、冷徹な表情のまま、妙に真面目なトーンで黒崎を諭した。
「うむ。黒崎、そんなにイライラしたら仕事効率も下がるし、部下のモチベーションも下がるぞ。……そうだ、良いものをやろう」
怒鳴るのをやめて、少し期待した目で黒崎が顔を上げた。
「おっ……? なんだんだ、ワルキューレ。お前、俺のために何か用意してくれたのか?」
最強の戦乙女である彼女のことだ。裕也たちを粉砕するためのとっておきの作戦か、あるいは強力な兵器のデータでも差し出してくるのかと思いきや、ワルキューレは無表情のまま、ポスンと机の上に小さなガラス瓶を置いた。
「よく効く高級漢方胃腸薬だ。しっかり飲んで胃壁を労われ」
カツーン……と完全に動きが固まり、黒崎の額から滝のような冷汗が流れる。
その光景に、後ろのハウンドたちは吹き出すのを必死に堪えて震えていていた。
その時、デスクの傍らに控えていた怜花が、しなやかに黒崎の腕へ手を添えて身を寄せた。
とろんとした艶のある瞳で黒崎を見上げ、甘く蕩けるような声で耳元へ囁きかける。
「旦那さま……あまりご自分を追い詰めないで。あんな出来損ないたちのせいで大切なお身体を壊されたら、怜花、悲しゅうございますわ……。さ、お薬を飲んで……今夜は怜花が、ベッドでたっぷり癒やして差し上げますから……ね?」
「ぐ……っ、おお……怜花ぁ……! お前だけだ、俺の本当の辛さを分かってくれるのはよぉ……!」
「怜花はいつでも旦那様の味方ですぅ♡」
「怜花」
「今夜も怜花のことかわいがってくださいね♡」
「よーしよーし、今夜も寝かせないからな」
「あぁん♡いつも寝不足だと怜花のお肌が心配ですぅ」
「おお、そうだなじゃあ今度の休みに朝からするか」
「もう旦那様ったら♡」
ハートマークが飛び交うようないちゃらぶモード。
さっきまでの激昂はどこへやら、黒崎は鼻の下をだらしなく伸ばし、怜花を抱き寄せてデレデレと甘え始めた。
だが、そのだらしない顔のまま、黒崎はハウンドたちへ向けて指を突きつけた。
「いいか! お前ら今度からは裕也だけじゃない! あのいつも邪魔をする忌々しいるなを、三人がかりで倒してしまえ!」
「あぁん、旦那様ステキ♡ もう怜花メロメロですぅ……」
「うむ、そうかそうか」
蕩けるようなまなざしを向けてくる怜花にしなだれかかられ、首筋にすり寄るように頬ずりされる黒崎。
ふにゅ♡
「おおっ」
薄いドレス越しに伝わる、柔らかな豊満な胸の感触が二の腕を包み込む。彼への依存に染まりきった器がもたらす熱気が黒崎の独占欲を激しく刺激し、激痛で縮み上がっていた全身へ一気に歪んだ優越感が巡っていく。すべてを意のままに支配しているという全能感に、黒崎は思わず自らの佇まいを落ち着かせるように身じろぎしながら、荒く熱を帯びた息を吐き散らした。
その痴態を腕を組んだまま見つめ、ワルキューレは至極真面目なトーンで淡々と言い添えた。
「うむ。食後に白湯で飲むと吸収が良いぞ」
(…………。この異能の支配者――色欲の塊めが)
「ぶッ……あっはははは!!」
たまらずハウンドが吹き出すと、つられたようにスラッシャーとファントムもお腹を抱えて大爆笑し、作戦室の隅で三人揃って転がるように笑い転げていた。
(第17話「新たなる力を求めて」おわり / 第18話へ続く)
メインヒロインのひとり如月るなが歌う、らいだ~くの挿入歌です
『えんじえる❣️りぶーと』
架空アニメ 「らいだ~く」 挿入歌
歌:如月るな
https://suno.com/s/j6NMp8aUyDi9j1Ns




