29話 ライの選ぶ未来
――数日後。
後日談ではあるが、奴隷から解放された子供たちは騎士団に保護され、それぞれ家族のもとへ帰されることになった。
孤児については、身元や人格を厳しく確認された貴族の養子になるか、孤児院で生活することになるらしい。
違法奴隷を売買していた貴族と屋敷内の協力者は違法奴隷へと落とされ、その家族は平民へ降格となった。
また、取引に関与していた国内貴族は財産を没収され、爵位も剥奪された。
大男以外にも誘拐犯は存在し、最終的に5名が逮捕された。
この誘拐犯たちは懲役300年になったらしい。
人族なら、無期懲役のようなものだろう。
行方不明者の一覧に載っていた子供たちの約8割は発見されたが、残る2割はさらに別の場所へ譲渡、または売却されていたため、現在も取引経路を追跡している。
「近いうちには全員を保護できるだろう」
というのが、ギルドマスターの見解だった。
そして今、自分はこの話を冒険者ギルドで、あの兄妹と共に聞いている。
「2人については、希望通りそれぞれのギルドが研修生として生活の保護を行い、15歳になったら各ギルドへ登録してもらうことになった」
「各ギルドということは、それぞれ違うんですか?」
「ライは冒険者ギルド、ルイはテイマーギルドを希望しているね」
そういえば、兄妹の名前を知らなかった。
というか、警戒されていたから聞かないほうがいいだろうと考えて、聞いていなかった。
「今さらですが、2人の名前を今知りました。
ライは兄で冒険者ギルド、ルイは妹でテイマーギルドがそれぞれ保護するということですよね。
そうなると、離れ離れの生活になるんですか?」
「いや、そこは配慮して、ライとルイの部屋を2つのギルドが折半して借りることになった。
部屋は一般的なものになるが、どちらのギルドにも向かいやすい物件を用意する予定だよ」
「それなら安心しました。
2人とも、よかったね」
「兄ちゃんのおかげだよ。
本当にありがとうございました」
そう言うと、兄のライは深々と頭を下げた。
「ライって呼んでも問題ないかな?」
「はい。
あと、これをお返しします。
返していなくてすみませんでした」
そう言うと、初めて会ったときに渡した短剣を、ベルトごと差し出してきた。
「この短剣は、必要ならあげるって言って渡したものだから、返す必要はないよ。
今まで返せなかったのも、どこかで不安があって、護身の意味で手放せなかったんだろう?
これから冒険者になるにあたって武器も必要になるだろうから、ライが問題ないなら持っておくといいよ。
ほとんど使っていないし、武器屋でおすすめされた魔鉄の短剣だから、軽いしライでも使えると思うよ」
「ん? それは魔鉄の短剣なのかい?
それにしては珍しい色味をしているが……」
ギルドマスターが短剣に興味を持ち、質問してきた。
「武器屋ではそう言われましたね。
軽くて丈夫なのが魔鉄の特徴だと説明を受けました」
「少しよく見せてくれるかい?」
そう聞くと、兄は短剣をギルドマスターに渡した。
ギルドマスターはモノクルを取り出し、短剣をじっくり見てから口を開いた。
「この短剣に使われている鉄は、魔鉄じゃないね。
本来、魔鉄は若干赤みを帯びる特徴がある。
もちろん加工の段階で色を変えられるから、すべてに赤みが出るわけではない。
けれど、この短剣のように黒っぽい刃になることは少ない」
そうなると、魔鉄だと言われて騙されたということなのだろうか。
それなら兄には申し訳ないが、初期装備として使いつぶしてもらう形になるか。
そんなことを考えていると、ギルドマスターは続けた。
「このモノクルは、素材を確認できる鑑定魔法と同じ効果を持つ魔道具なんだが、この短剣の刃に使われている鉄は星鉄と出た。
つまり、魔鉄なんかよりも希少で壊れにくい素材だ。
ゼオン君。
君はこの短剣をどこで手に入れたんだい?」
なんか、すごそうな鉄の名前が出てしまった。
「先ほど伝えた通り、街の武具屋で買いましたよ。
初心者向けの短剣を見せてもらって、軽かったので理由を聞いたら魔鉄の説明を受けて、鞘付きのベルトとセットで金貨2枚でした」
「そうか……。
それは武器屋が損をしたな。
星鉄の短剣なら、金貨50枚はする品物だからね」
「なんでそんなにするんですか?」
金貨50枚なんて、約1年は過ごせる金額だ。
そこまでする理由が分からない。
兄なんて、値段を聞いて青ざめている。
「星鉄は素材が珍しいこともあるが、加工が難しいため、武器を製作できる職人が限られる。
そして、これが一番大きいが、魔力を通すことで刃こぼれなどが起きず、切れ味が持続する。
一度買えば一生使えるとも言われている素材だよ」
そんなすごい素材があるのか。
ということは、魔力を通すことができれば、一生ものの武器ということになる。
「兄ちゃん、そんな高価なものなら、やっぱりこれ返すよ」
兄が武器の価値を知ったうえで、改めて返すと提案してきた。
焦っているのか、言葉遣いが素に戻っている。
自分はそれを断ってから言葉を続けた。
「その武器が、今後ライたちの助けになってくれるならそれでいいと思うよ。
その武器を売って、安い武器と生活基盤を整えるためのお金にしてくれてもいい。
それはライに任せるよ」
「でも、俺……兄ちゃんに返せるものないよ……」
「別に、何かを返してほしくてその短剣をあげるわけじゃないから、気にしなくていいんだけど」
そこまで言ってから、気になっていたことを思い出した。
「そういえば、俺といるときにもそうだったけど、ルイを助けるためなら、自分はどうなってもいいみたいな言い方が多かったのが気になってたんだ。
その理由を聞いてもいいかな?」
質問の意味が分かっていないのか、兄は首を傾げて答える。
「どんなことがあっても、兄が妹を守るのは当然だろ?
もし俺が時間稼ぎをしている間にルイが逃げられて生き残れば、その先で幸せになれるかもしれない。
そんな未来のために自分ができることが、頭の悪い俺にはそれしか思いつかなかったんだ」
この子は、兄として妹を守り、その先で幸せになってくれればいいと考えているのか。
この年齢でそんな考えをしていることに驚きもある。
けれど、少しだけ伝えたいことができた。
「じゃあ、ルイに質問していいかな?」
ウルと部屋の端で遊んでいた妹を呼び、質問することにした。
「少し意地悪な質問になってしまうけど、大丈夫かな?」
そう聞くと、妹は頷いた。
「ルイは、お兄ちゃんが『俺を置いて逃げろ』って言って、逃げたとする。
その結果、お兄ちゃんと二度と会えなくなるとしたら、どう思う?」
「たぶん、おにぃを倒した人に捕まって奴隷になるか、逃げられても、私のせいでおにぃがって辛くなると思う」
「じゃあ、その後にルイは幸せって思える日が来ると思うかな?」
「大きくなって、好きな人と結婚して子供ができても、思い出したら辛くなると思う」
「嫌なことを聞いてごめんね。
戻ってウルと遊んでおいで」
頭を撫でると、耳がぴくぴくと反応した。
妹は頷き、ウルのもとへ戻っていった。
「ライは今の話を聞いて、どう思う?」
「今はああ言ってるけど、大丈夫だと思う」
あくまで、妹の幸せに自分がいない未来があったとしても問題ないという考えらしい。
「これはあくまで俺の経験だから、今のライが理解できない内容だと思って話すよ。
今すぐ全部分からなくてもいい。
ただ、1年に1回でもいいから思い出して、この意味を自分なりに解釈して理解してほしいと思って話す」
兄は黙ってこちらを見ている。
「もしルイが、自分のせいでライが死んだと少しでも思う可能性があるなら、その選択肢は取らないでほしい。
その時はその選択肢しかなかったと理解していても、
『もし自分に力があれば?』
『もし自分がもっとうまく立ち回っていたら?』
って、もしもの話が一生続くんだ」
兄は真剣に聞いてくれている。
だから、続けて話す。
「ライはルイの幸せを願っていると思う。
けど、たぶんルイも、ライの幸せを同じように願っていると思うよ。
そして幸せってさ、なくなってから気づくことが多いんだよ。
大切なものを失ってから気づいて、もっと大切にしていればよかったと後悔する」
今からする例えで嫌な思いをするかもしれない。
それでも、伝えておきたかった。
「お母さんが亡くなる前の生活と、亡くなった後の生活ってさ。
『お母さんが生きていたときは……』
って思ったことはないかな?」
「……ある……」
「それは、今はもう思わなくなった?」
兄はうつむきながら、首を横に振った。
子供には酷な話をしていることは自覚している。
兄は膝の上で手を握りしめていた。
その拳に自分の手を重ね、目線を合わせるようにしゃがんでから言葉を続ける。
「そうだよね。
もしルイがライを失ったら、その気持ちをずっと抱えることになると思うんだ。
ライはルイに幸せになってほしいと思っている。
その気持ちは素晴らしいことだと思う。
けれど、最初から自分を犠牲にする手段を選択肢に入れないでほしいんだ」
兄は小さく頷いた。
「幸せってさ、そこにあることに気づけるかどうかの差だと思うんだ。
ライが思うルイの幸せと、ルイ自身が思う幸せが、同じとは限らない。
幸せの種類もたくさんあると思うけど、俺にとっての幸せの1つはさ、大切な人と笑って泣いて過ごせることなんだと思う。
だから、最初から自分がいない未来を、ルイの幸せだと決めつけないでほしい。
最後まで、一緒にいることを諦めないでほしいんだ」
保険としてパチンコ玉くらいの大きさの紫色の石を、兄へ差し出す。
「本当に命の危険があるときだけ使ってほしい。
どうしようもなくなったときに、この石へ助けてって念じてみて。
1回だけだけど、助けてあげられるから」
渡したのは、念じることでアイシスへ知らせが伝わり、箱庭にある自分の家へ転移させる使い切りの石、転移石とでもいえばいいだろうか。
2人にもしものことがあったときの保険として渡しておく。
短剣も今の自分には必要ないので、そのまま渡しておくから自由にしてくれていいと伝えた。
「兄ちゃん、俺が間違ってたよ。
ありがとう。
これから俺、ルイのためにも頑張るよ」
そう言った表情は、先ほどまでの幼いだけの顔ではなく、少しだけ大人になった少年の顔つきだった。
100%理解できたわけではないかもしれない。
それでも、この表情なら兄――いや、ライは大丈夫だろう。




