26話 隠し通路の先にあった屋敷
夜になり、大男が子供を連れて建物から出てきた。
足音で気づかれるとまずいので、飛行魔法で地面から離れたまま尾行する。
大男は北区の端のほうまで進み、古井戸の前で立ち止まった。
井戸の一部を操作すると、貴族街を囲う壁が横へスライドし、扉のように開いた。
大男と子供が中へ入ると、壁が閉まり始める。
完全に閉じる前に、急いで中へ滑り込んだ。
入ってすぐの正面は壁になっており、右側へ向かって下り階段が続いている。
通路は真っ暗というわけではなく、ところどころに光を放つ魔石が設置されているため、先を確認することは難しくない。
大男が通れるほど広く作られており、天井の高さも4メートルほどある。
天井近くを飛んでいれば、周囲の暗さもあって気づかれる可能性は低そうだ。
20分ほど進んだところで扉があった。
その先は地下牢になっており、左右に並ぶ鉄格子の中では、合わせて15人ほどの子供たちが一言も発することなく、膝を抱えて座っていた。
大男は連れてきた子供を、扉から入って左側にある牢へ入れる。
「この中でしゃべらず、おとなしくしていろ」
そう命じると牢の鍵を閉め、入ってきた扉から出ていった。
探知魔法を使い、牢に入れられている子供たち以外に人がいないことを確認する。
階段を上っていく大男の反応が十分に離れたところで、飛行魔法を解除した。
反応を示さない子供たちの中で、自分の姿を見て顔を上げた子が1人だけいた。
「お兄さん、あの人たちの仲間……じゃなさそうだけど、冒険者?」
「冒険者ではないよ。
行方不明になった子供たちを探して、ここまでたどり着いたんだ。
このことは冒険者ギルドにも報告するつもりだよ。
君の名前は?」
「エレナ・アルベル」
行方不明者の一覧を確認すると、その名前が記載されていた。
「行方不明者の一覧に名前があった。
君はどうして話せるの?」
「みんな同じ指示をされてるみたいなんだけど、私の時は何か慌ててて……。
『ここでおとなしくしてろ』って言われただけなの。
話すなって命令はされてないからだと思う」
「そっか。
あの大男以外に、ほかの人を見たことはある?」
「あっちから、貴族みたいな人が品定めするみたいに来る。
あの子を3日後に引き取るって話をしてた」
少女が指した先には、自分が入ってきた扉とは別の扉がある。
「分かった。
なるべく早く助けられるように準備を進める。
もう少しだけ我慢できるかな?」
そう言うと、少女は小さく頷いた。
助けたい気持ちはあるが、今は移送先と証拠を突き止めることを優先するしかない。
子供たちには、自分が来たことを大男たちへ伝えないよう頼み、貴族らしき人物が来るという方向へ進むことにした。
少女が指した扉の先も、同じように階段になっていた。
階段を上っていくと、その先にはしごがある。
3メートルほど登ると、屋敷の庭へ出た。
周囲を見回したとき、わずかな違和感を覚えた。
飛行魔法で浮かび上がり、屋敷全体を見下ろす。
門があったので、人目がないことを確認してから門の前へ移動した。
そこで、違和感の理由が分かった。
以前、オークに襲われた貴族を送り届けた屋敷だった。
あの貴族本人が奴隷を買いに来たのかは分からない。
だが、まともな貴族ではないと感じた直感は、間違っていなかったのかもしれない。
ギルドマスターへ報告するため、冒険者ギルドの近くへ転移した。
しかし、受付時間を過ぎているため、正面入口は閉まっている。
裏口を確認すると明かりがついていたので、扉をノックして呼びかけた。
しばらくすると職員が出てきて、ギルドマスターへ取り次いでもらえることになった。
ギルドマスターの部屋へ案内され、地下牢と隠し通路、そして屋敷について報告する。
貴族の名前は、二度と会うことはないと思っていたため覚えていなかった。
ただ、ギルドには依頼者と目的地の記録が残っていたので、屋敷まで含めて詳しく説明することができた。
「早速、有益な情報をありがとう。
まさか貧民街から貴族の庭へ通じる隠し通路が、ただの貴族の屋敷にあるとは思わなかったよ」
「これで、胴元と思われる貴族を摘発できますか?」
「いや、正直なところ難しい。
今の状態で踏み込んでも、貴族の土地を勝手に使われていただけだと言い逃れされる可能性が高い」
「証拠品が必要ということですね。
契約書は大男が子供たちへ書かせていたので、貴族を直接示す証拠にはならない可能性が高いですよね?
どのようなものが証拠になりますか?」
「一番強い証拠は、奴隷の売買証や譲渡証だね。
取引を行った双方が保管しなければならない書類で、売った者と買った者、両方の署名が必要になる。
奴隷契約を結ばせたのがあの大男だったとしても、取引の窓口がその貴族なら、売買証や譲渡証には貴族の名前が記載されているはずだ」
「その書類を持ってくれば、摘発できるんですか?
相手の屋敷から原本がなくなっていたら、自分たちで偽造したと言われる可能性はありませんか?」
「その可能性はあるね。
奴隷契約そのものは契約を司る女神が管理しているが、売買や譲渡の書類までは女神の管轄ではない。
一番いいのは、原本をその場に残したまま複製魔法で写し取り、こちらで証拠として保管することだ」
「複製した書類でも、証拠になるんですか?」
「通常の複製なら弱い。
ただし、ギルドで証拠保全に使っている複製魔法は、原本に残る紙質、筆跡、署名時の魔力の痕跡まで記録できる。
複製を行った術者と日時も魔力印として残るため、後から内容を改変することもできない。
原本と照合すれば、同一の書類であることを証明できるよ」
「なるほど。
原本を相手の屋敷へ残しておけば、踏み込んだ時に照合もできるということですね」
「そういうことだね」
「書類が保管されているとすれば、金庫の中ですか?」
「その可能性が高い。
重要書類は魔法金庫に入れて保管することが多いからね」
「魔法金庫ですか?」
「魔法金庫は、登録された人物の魔力以外では開かないように作られている。
その貴族本人が開けない限り、中に何が入っているか確認できない。
魔法金庫の存在さえ隠し通せれば、捕まえても証拠不十分で釈放される可能性がある」
なるほど。
まず魔法金庫を見つけ、その中に書類があることを確認する必要がある。
それから、証拠を残したまま内容を複製することが重要になるのか。
「分かりました。
屋敷へ潜入して、魔法金庫を探してみます。
隠蔽魔法は使えませんが、音を立てずに移動することは得意なので」
「待ってくれ。
ギルドとして、正式に貴族の屋敷への潜入を命じることはできない。
現時点では、相手が事件へ関与している確実な証拠がないからね。
見つかった場合、こちらが公に君を庇うことも難しい」
「それでも、捕まっている子供たちを助けるには、証拠が必要なんですよね?」
「……そうだね。
無理だと判断したら、すぐに引き返してほしい。
しばらくの間、裏口は開けておく。
進展があれば、時間を気にせず来てくれ」
ギルドマスターへ礼を伝え、再び貴族の屋敷へ転移した。




