25話 違法奴隷契約の証拠
広いカウンターの内側へ案内され、用意された2脚の椅子にギルドマスターと自分が座る。
おっさんは、俺たちが座っている椅子の前で正座していた。
「それで、説明してもらえる?」
ギルドマスターが告げると、おっさんは土下座の姿勢に変わり、話し始めた。
「むしゃくしゃすることがありまして、朝から酒を飲んでまして……。
気分よく酔っ払っていたところに、ぱっとしない奴が店へ入ってきたもんで、勢いそのままに出ちまいまして……。
紹介状の中身を確認して、まずいとは思ったんですが、最初の態度から急に変えるのも舐められると思って、そのまま対応しやした……。
……ただ、商品の説明もいつもより真面目にしやしたし、料金も取っておりやせん!」
あれで一応、いつもより真面目な説明だったのか。
「お前さんのちっぽけなプライドのために、私の顔へ泥を塗ったと?
お前さんは、いつからそんなに偉くなったんだい?」
「も、申し訳ございません!
ど、どうかご容赦を!」
ギルドマスターの威圧魔法だろうか。
おっさんの身体が小刻みに震えている。
「リゼラさん、自分は気にしていないので問題ないですよ。
ただ、聞きたいことがあるので、真面目に答えてもらえると大変助かります」
そう伝えると、ギルドマスターから放たれていた威圧感が薄くなった。
「ゼオンちゃんが気にしないなら、私がこれ以上怒る道理はないわね。
お前さんも、真面目に答えるんだよ」
「もちろんでございます!」
その後、おっさんにも椅子を用意してもらい、改めて話を聞くことにした。
さすがに、正座している人をそのままにして会話するのは落ち着かない。
「実は、ジャンという男のことを調べていまして。
何か知っている情報があれば、教えてほしいんです」
「ジャンですかい?
特徴は何です?
ここの連中は、名前なんてあってないようなものばかりですぜ。
人を騙す時なんて、特に適当な名前を名乗りますからね」
「確か、人間と鬼人のハーフと聞いています。
白目の部分が黒く、赤い瞳をした大男でした」
「ああ、分かりやした。
最近、ガキを集めて、しばらくすると『巣立った』とか言ってる奴ですわ。
本人は保護して自立させていると言ってましたけど、実際は奴隷として売ってるんでしょうね」
ギルドマスターの視線が鋭くなった。
「その話、どうして報告しなかったの?」
「怪しいとは思ってましたが、子供が出入りしてるだけで証拠がなかったんで……。
本人は保護して自立させていると言い張ってましたし、子供が売られる現場を見たわけでもありやせん。
確証もなく報告したところで、また空振りになると思いまして……」
確かに、子供を保護しているという言い分だけなら、それを理由に摘発することはできない。
「そいつの住んでいる場所や、ほかの情報は?」
「特定の住処は知りやせんね。
あくどいことをやってる連中は、決まった住処を持たないか、持っていても定期的に変えることが多いですから。
仮に知っていたとしても、少し時間が経てば役に立たない情報になりやすいんです。
ただ、貧民街の北区でよく見かけるとは聞きますぜ」
「北区?」
「貧民街の中で、一番貴族街に近い区画ね。
北区にいることが多いなら、奴隷を集めて貴族街へ連れていく、という筋書きは成り立ちそうね。
貴族街へ通じる抜け道はあるのかしら?」
「なくはないですが、俺が知ってるのは門番へ賄賂を渡して通る方法くらいですぜ。
門番の知り合いから、賄賂を渡して通った連中の話を聞くこともありやすが、それらしい特徴の男は聞いたことがありやせん」
それなら、しばらく北区を回り、大男を見つけ次第尾行する方針がよさそうだ。
兄からは、寝泊まりしていた建物についても聞いている。
ただ、兄妹が逃げ出した以上、その場所をそのまま使い続けている可能性は低い。
ましてや、こうした連中は住処を頻繁に変えるらしいので、兄から得た情報も、意味がなくなっていると見たほうがいいかもしれない。
それなら、現在の目撃情報が最も多い北区を優先したほうが、見つけられる可能性は高いだろう。
その方針を2人へ伝え、おっさんから北区で特に目撃情報が多い場所を教えてもらったところで、別れることになった。
北区のひと気の少ない場所で転移地点を登録し、近くに大男がいないか探知魔法を使ってみたが、反応はなかった。
探知魔法では、魔物や生命体といった大まかな対象を探すこともできる。
ただ、特定の人物に絞って探知する場合は、一度会ったことのある相手でなければならない。
自覚はないが、個人が持つ魔力の違いを判別しているのかもしれない。
宿へ戻って箱庭へ転移し、様子を確認すると、兄妹は変わらずまったりと過ごしていた。
くつろげているようで何よりと思うが、兄を呼んで当時の状況を聞いた。
声をかけられたのは夕方から夜にかけてで、そのまま寝床へ案内され、食事も渡されたとのことだ。
そうなると、これからの時間が大男の主な行動時間なのかもしれない。
夜が近づき、寝床を見つける余裕がなくなった頃を狙って甘い言葉で誘い込み、飛びつかせるのが常套手段なのだろうか。
兄自身には、奴隷契約の状態を把握する手段はないらしく、効力が消えていることにも気づいていないようだ。
ちなみに、箱庭についてはアイシスが適当に説明してくれているらしい。
説明に食い違いが出ても困るので、自分からは何も言わないほうがよさそうだ。
ただ、ずっと箱庭の中だけで過ごさせるわけにもいかない。
ウルを護衛として残し、兄妹には宿で過ごしてもらうことにした。
2人の部屋は扉も大きいため、3階にある自分の部屋へ入るときのように、ウルが扉へ引っかかることもない。
兄妹と一緒に箱庭から宿へ戻り、一緒に1階で食事をしてから、自分は北区へ転移した。
教えてもらった場所を中心に散策したが、この日は大男らしき気配を確認できなかった。
あれから数日、北区を調べているが、大男らしい人物の影すら見つけられない状況が続いていた。
1つ心配していたことがある。
兄の奴隷契約の効力が消えたのは、箱庭の中にいる間だけという可能性だ。
だが、箱庭から出た後も兄妹の前に大男が現れていないことから、契約の効力は消えたままなのだろう。
それにしても、北区でまったく手掛かりが見つからない。
目撃情報を優先した判断自体は間違っていなかったと思う。
しかし、ここまで見つからないなら、少しでも可能性がありそうな場所も確認するべきだ。
兄から教えてもらった、実際に寝泊まりしていた建物へ向かった。
すると、探し続けていた大男は、そこにあっさりといた。
建物の中を外から確認すると、子供がいた。
子供を監視する必要があるため、大男は外へ出ず、基本的にはこの建物で過ごしているのかもしれない。
兄妹が逃げ出したことで、すでに場所を変えていると思っていたが、同時期に別の子供も集めていたため、場所を変えなかった可能性がある。
以前、外で兄妹を痛めつけていたのも、逃げ出した兄妹を連れ戻そうとしていたからなのだろう。
最初から一度確認しておけばよかったと思うが、結果的に見つけられたのだから、今はそれでよしとしよう。
前世でも、よく詰めが甘いと言われていたことを思い出す。
転生しても変わっていないな、と苦笑いがこぼれた。
それから数日間、建物を中心に監視を続けた。
すると、建物の中から大男の怒鳴り声が聞こえてきた。
内容は、兄妹の時と同じように金銭を要求しているようだ。
大男の迫力に震えながらも、子供は必死に反論している。
しかし、大男は、
「ただで生活の面倒を見てもらえるわけがないだろう」
と一蹴した。
絶望する子供へ、大男が紙とペンを差し出す。
さらに、インクの入った小皿と5センチほどの小さなナイフをテーブルへ置いた。
「このインクに血を混ぜて、ここに名前を書けば、今回の料金は帳消しにしてやる」
子供は恐怖から解放されたい一心で、大男の言う通りに指先を切った。
血をインクへ混ぜ、紙に名前を書く。
名前を書き終えた途端、それまでの震えが嘘だったかのように止まった。
「夜になったら移動する。
それまで、そこで待っていろ」
大男が命令すると、子供は返事をし、その場へ座った。
それからは、夜になるまで動こうとしなかった。
アイシスに念話で確認した情報によると、血を混ぜたインクで署名する行為は、正式な奴隷契約に使われる手順らしい。
正式に契約が成立すると、奴隷本人の権利は主人のものとなり、命令へ逆らうことも難しくなる。
目の前の子供は、完全な奴隷にされたということだ。
対して、兄が署名したものは仮契約に当たる。
仮契約は血を必要とせず、契約した双方が同意した内容の範囲内でのみ、主従関係が発生する。
兄の場合、奴隷の仮契約だということと、居場所を把握する内容を濁して伝え、寝床を借りるための書類だと思わせて署名させていたのかもしれない。
契約を管理しているのは、契約を司る女神らしい。
ただし、女神が判断するのは、契約が定められた形式を満たしているかどうかまでだ。
契約が詐欺や脅迫によって結ばれたものか、国の法律に反しているかまでは考慮されない。
世界の法則として契約を成立させるのが女神であり、それを合法か違法か判断するのは、人界の国や組織ということなのだろう。
今回の子供も、魔法的には正式な奴隷契約が成立している。
だが、恐怖と脅迫によって署名させられているため、人界の法律上では違法奴隷に当たるはずだ。
契約を解除する方法には、奴隷か主人が死亡する、正式な手順で契約を破棄する、契約書そのものを破壊する、といったものがある。
それなら契約書を破れば手っ取り早いと思うが、成立した契約書には女神の力による保護魔法が施されるため、簡単には破壊できないらしい。
兄の仮契約が消えた理由は、完全な同意のもとで結ばれていない不安定な契約だったことに加え、箱庭という異世界へ移動したことが原因だと考えられる。
世界をまたいだことで契約が維持できなくなったのか、それともフォルテシア側では死亡したような扱いになり、効力が切れたのか。
正確なところは分からない。
今はそのことよりも、目の前の子供と、その先にいる胴元を追うことが先だ。
助けたい気持ちはあるが、ここで大男だけを捕まえても根本的な解決にはならない。
このまま、動きがあると思われる夜まで待つことにした。




