22話 獣人兄妹の事情
正直、目的なんてない。
理由を絞り出したとしても、目の前で子供が暴力を振るわれているところを見たくなかっただけだ。
だが、そんな理由ではこの子は納得しないだろう。
獣人族の常識は分からないが、一つ試してみるか。
「おいで、ウル」
呼びかけると、ウルが箱庭から召喚された。
目立つから普段は箱庭にいてもらうと決めたばかりなのに、早速呼んでしまったが仕方ない。
幻獣であるフェンリルなら、人間である自分の言葉よりも、警戒を解くきっかけになるかもしれないと思ったのだ。
ウルは状況を察しているのか、威嚇することもなくただ獣人の2人を見ていた。
「フェン……リル?
なんで……こんなところに……」
男の子から殺意が消え、困惑へと変わったところで説明する。
「この子は、俺の契約従魔でフェンリルのウルだ」
「幻獣だぞ……。
そ、そんなこと……」
困惑している男の子へ、ウルが近づいていく。
短剣を持っていることも忘れているのか、こちらへ向けていた手は下がっていた。
震える男の子の前にウルが立つと、その顔をぺろりと舐めた。
何をされたのか分からないのか、男の子は固まっている。
それとは対照的に、女の子はウルへ恐る恐る手を伸ばした。
危害を加えられないと分かったのか、そのままウルの毛を撫で始める。
こういうときは、年齢が低いほうが悪意のない相手を素直に受け入れられるのかもしれない。
その光景を見て、思わず吹き出してしまった。
それで我に返った男の子が、短剣を持っていた手へ慌てて意識を戻す。
しかし、手に力が入らなかったのか、短剣を落としてしまった。
「ウルは2人と遊びたいみたいだぞ。
少なくとも、俺たちは君たちを傷つけるつもりはないよ」
そう伝えると、男の子は腰が抜けたようにその場へ座り込んだ。
獣人にとって幻獣は特別な存在かもしれないと思ったが、普通に考えれば、突然目の前にフェンリルが現れたら怖くて固まるよな……。
結果的に判断は間違っていたかもしれないが、ウルの悪意のない行動によって殺意は消えてくれた。
……というか、ウルを召喚しなくても、フォルシアの加護の証を見せたほうが早かったかもしれない。
その知識が2人にあるかは分からないが、順番を間違えたかな?
男の子が少し落ち着いたところで事情を聞こうとすると、女の子のお腹が鳴った。
「おにぃ……お腹減った……」
「ちょうど昼頃だし、一緒に食べるかい?
ただ、ここだとさっきの男が戻ってくるかもしれない。
安全な場所へ移動しようと思うんだけど、どうかな?」
女の子と目線を合わせて提案すると、二つ返事で了承してくれた。
男の子は、妹が返事をした時点で止めようとしていた。
だが、止める間もなく返事をされてしまったので、仕方なく従うようだ。
アイテムボックスから簡単に食べられるものを渡してもよかったが、落ち着いて話も聞きたかったので宿へ向かうことにした。
ウルは目立つので、一度箱庭へ戻ってもらう。
アイシスに念話で事情を説明すると、簡単に食べられるものをアイテムボックスへ入れておいてくれると言ってくれた。
「そういえば、身分証は2人とも持ってる?」
そう聞くと、兄が2枚の身分証を見せてきた。
妹の分も、兄がまとめて管理しているようだ。
貧民区にいたので家があるのか聞いてみたが、ないとのことだった。
ほかにもいろいろ聞きたいことはある。
ただ、質問に対して必要最低限の言葉しか返ってこないので今は難しそうだ。
宿に着き、女将さんへ事情を説明した。
自分の部屋に2人を入れてもいいか尋ねたが、残念ながら断られてしまった。
これは、女将さんが冷たいわけではない。
宿泊者として手続きをしていない者を客室へ入れると、宿側で身元や滞在を管理できない。
犯罪者を匿ったり、潜伏させたりするために悪用される可能性もあるため、国から罰則を受けることがあると説明された。
「無理を言って申し訳ありません。
それなら、この2人を少し広めの部屋に泊めてもらうことは可能ですか?」
「部屋は残っているし、問題ないよ。
広めの部屋だと4階だね。
値段は少し上がるけど、食事はどうするんだい?」
「食事もお願いします。
ひとまず、5日ほどお願いできますか?」
「分かったよ。
1泊食事付きで銀貨3枚だから、5日分で150リラだね」
「金貨2枚お渡しするので、差額分で夕食を普通の食事にしてもらってもいいですか?
もし足りなくなった場合は、自分に請求してください」
「別に構わないよ。
子供2人の5日分の食事なんて、銀貨3枚もあれば十分さ」
了承してもらえたので、金貨2枚を女将さんに渡し、4階の部屋へ向かった。
部屋の奥にはベッドが2つ並んでおり、手前にはテーブルと椅子が2つ置かれていた。
その周囲には、ある程度広い空間もある。
とりあえず2人を椅子に座らせ、アイテムボックスから食事を取り出す。
出てきたのは、フランスパンのようなパンにホットドッグのような切れ込みを入れ、細かく切られた肉をたっぷりと挟んだものだった。
2人へ1本ずつ渡し、自分の分も取り出す。
自分が食べ始めると、それを確認してから2人も食べ始めた。
食事が終わったところで、改めて兄に話を聞くことにした。
妹は部屋に召喚したウルと戯れている。
大変かわいらしい。
「ここまでしてくれたことは助かる。
だけど、何が目的だ?
俺に返せるものなんて何もないぞ」
殺意は消えているが、警戒は解いていないようだ。
「俺に」と付けているあたり、妹には責任がないから何か求めるなら自分に言えということだろう。
「もしかしたら常識から外れた考えかもしれないし、信じてもらえないかもしれない。
ただ、目の前で子供が痛めつけられているのを見て、放っておけなかっただけなんだよね。
だから助けた目的を聞かれると、俺の自己満足とか、偽善みたいなものかな」
自分が思ったことを、そのまま伝えてみた。
「助けてくれた礼に……。
聞きたいことがあるなら教える……」
警戒の感情は変わっていなかったが、小さな声で答えてくれた。
「ありがとう。
じゃあ、まずはさっきの大男との関係を教えてもらえるかな?
うまくいっているようには見えなかったけど」
「あれは、鬼人と人間のハーフで、ジャンって名乗ってる。
名前以外は、俺もよく知らない。
家を出て行く場所がなかった俺たちに、汚いけど寝床と、少ないけど食事を用意してくれたんだ。
最初の10日間は友好的で、いろいろと良くしてくれていた。
でも10日を過ぎると、突然、寝床と食事の代金として金貨2枚を払えって言われた。
俺たちは最初から金がないことを伝えていて、それでも問題ないって言われていたから甘えていたんだけど……」
鬼人とのハーフだから、あれほど大きかったのか。
角はなかったように見えたが、それもハーフの影響なのだろうか?
この話は確かにかわいそうではある。
だが、警戒が足りなかったと言わざるを得ない。
この経験があったからこそ、あれほど目的を気にしていたのだろう。
「それは、どれくらい前の話になるの?」
「3日前。
それからは金を用意しろとしか言われなくなって、食事も寝床もなくなった。
街中を歩き回って、金になりそうなものを探したけど、何も見つからなかった」
「街中を歩き回っているのに、ジャンは君たちをすぐに見つけられるのか?
言っては悪いけど、逃げてしまえば何とかなりそうだが」
「寝床を用意してくれた時、紙に名前を書かされたんだ。
後から、あれは奴隷契約の契約書だったって言われた。
どこに逃げても、俺の居場所は分かるって……。
実際、何度離れても見つかった」
ということは、ここにも来る可能性があるのか。
「契約のせいで、命令に逆らえなくなったりはしないの?」
「それはない。
血を使った正式な奴隷契約じゃなくて、名前を書くだけの簡単なものだから、命令を強制する力はないみたい。
正式奴隷にすればこんな面倒ごとにならなかったのにってジャンが言ってた」
「奴隷になっているのは君だけ?
今の言い方だと、妹の居場所は分からないようにも聞こえるけど」
「妹は、まだ字を覚えている途中なんだ。
だからうまく名前を書けなくて、俺が妹の分まで書いた。
でも、契約書は本人が自分で署名しないと効果が出ないみたいで、妹は奴隷になっていない」
話を聞く限り、世間知らずの兄妹が騙され、奴隷として売られそうになっているように見える。




