17話 ウルという名前
最深部と呼べるあたりまで来ると、魔物に襲われることが増えてきた。
今までは避けるように魔物のほうから離れていったが、最深部ではそうもいかないらしい。
普通に遭遇するようになった。
とはいえ、犬は風魔法が得意なのか、襲ってくる魔物をあっさり倒して進んでしまう。
こんなに風魔法が得意なら、蜂の魔物に苦戦していたときはかなり消耗していた状態だったのだろう。
しばらくして、犬は今までと同じようにいろいろな方向を向いて確認していた。
ただ、ある方向を向いてしばらく経つと、耳がピクピクと動いた。
今までの反応とは明らかに違う。
ようやく見つけられたということだろう。
そっちの方向に向かい、しばらく進むと5匹ほどの群れを見つけた。
見つけたが、でっかい……。
群れの中で一番小さい個体でも高さは2メートルほどあり、自分の乗っている犬よりもはるかに大きい。
逆に一番でかいのは、高さが2階建ての家くらいある。
大きい個体が2匹、小さい個体が3匹なので、小さい個体はこの犬の兄弟なのかもしれない。
自分が降りてから、犬が群れに近づくと、全員が犬に対して敵意むき出しで臨戦態勢になっていた。
犬は敵意を向けられる意味が分からないのか、お腹を見せて降伏の姿勢をとっている。
人間の自分と一緒にいたことが原因かと思ったが、感応感知魔法で読み取れる感情は違った。
読み取れた感情は、出来損ないが近づくな、なぜ生きている、存在を認めない。
そんな、犬の存在を否定する感情ばかりだった。
犬の種族に自分の常識が通じるのであれば、犬は1回の出産で何匹かまとめて生む。
これが同じだとしたら、この犬は小さい3匹と同じタイミングで生まれたことになる。
存在を認めないということは、ほかの子供より小さいがために切り捨てられたのかもしれない。
先ほどまで一緒にいて分かったが、犬の攻撃であれば、この森の魔物に大きな怪我を負わせられる魔物は少ない気がする。
出会ったときのぼろぼろの脚に、傷だらけの身体。
この群れから迫害された結果であれば、全部つながる。
犬との関係はここ数時間ではあるが、この子が優しい子であることは理解している。
自分が傷ついて満身創痍な中でも、相手を倒す攻撃ではなく、痛みを与える警告でとどめていたこと。
早く家族のもとに帰りたい気持ちを後回しにして、恩のある相手に恩を返そうとしたこと。
せっかく会えた家族に拒絶されている現状を見て、静かに怒りを覚えた。
ただし、自分が手を出したところで、犬の望む未来が得られるわけではない。
だからこそ、見守ることしかできなかった。
群れがお腹を見せている犬に興味がなくなったのか、その場を去ろうとする。
それを見た犬が急いでついていこうとすると、親であろう魔物が犬に対して攻撃魔法を放った。
とっさに土魔法で犬の前に壁を作り、攻撃を防いだ。
かなりの魔力を使ったのだが、壁はぼろぼろになって崩れていった。
自身の放った攻撃の結果など興味がないのか、犬が無傷なことを見たうえで、5体は去っていった。
犬の様子を見ると完全に意気消沈しており、5体を追う気力もないようだった。
さっきの攻撃は殺意がこもった攻撃だった。
それを犬も理解しているからこそ、5体を追えずに留まっているのだろう。
自分を連れてきた理由は、予想でしかないが、自分の友達を家族に紹介したいといった感覚だったのかもしれない。
自分の視線に気が付いた犬は俺に近づき、申し訳なさそうに手を舐めてから、自分に背を向けて頭を下げた状態でぽとぽとと歩いていく。
感じる感情は、深い絶望と、迷惑をかけてしまったという後悔だ。
一度家族に傷つけられ、追い出され、それでも戻りたかった場所。
やっとの思いで戻ってきたのに、向けられた感情はお前の存在など認めないという存在否定だ。
自分が同じ立場なら、絶望で動けないし頭が回らないだろう。
だが、この犬はどうだ?
こんな絶望的な状況にもかかわらず、その場でうずくまることもしないで、初めてできた友人に迷惑をかけたと後悔している。
この場を去ろうとしているのは、顔向けができないのだろう。
だからこそ、今までは目を見て顔を舐めていたのに目も合わせずに手を舐めて去ろうとしている。
こんなに優しい子が不幸になるのなら、そんな世界は認めたくない。
手を差し伸べられるのが自分しかいないのであれば、この子を助けない理由はない。
「待って!」
声をかけると耳がピクリと反応したが、足は止まらなかった。
走って追いかけて目の前に立つと足は止まったが、目線は下を向いている。
感じる感情は、嫌われたくない、独りになりたくないといった恐怖心だった。
目を合わせようと顔を近づけると、目をそらされた。
何度も同じように繰り返す。
それがなんだか昔を思い出して、思わず吹き出してしまった。
吹き出した自分に驚いたのか、ようやくこっちを見て目が合った。
吹き出した理由は、ポンタを思い出したからだ。
いたずらで部屋の中をぐちゃぐちゃにしたため、自分が叱ったことがあった。
いつもなら自分の目をよく見るのに、気まずさからか、今回と同じように目をそらし続けていた。
行動がそれと全く同じだったため、犬には申し訳ないが吹き出してしまったのだ。
不謹慎だったかもしれないが、読み取れた感情は、怒っていないのかという困惑だった。
ようやく目が合ったので、犬を抱きしめて頭を撫でる。
「君がしんどいのに笑ってごめんな。
しんどいだろうけど、俺は怒っていないから安心していいよ。
怪我はしてないかな?」
小さいが一度吠えたので、怪我はないみたいだ。
よかった。
「君が俺を連れてきたのは、家族に友達を紹介したかったからかな?」
俺の問いに反応してくれた。
予想が合っていてよかった。
これが、自分を傷つけた兄弟に復讐するための協力者だったら、この子を信頼してあげられなかっただろう。
「君さえよければだけど、俺と一緒に来るかい?
同じ種族ではないけど、友人として、家族として、仲間として……
まぁ関係は何でもいいか。
とにかく俺でよければ、一緒にいられるよ。
君を独りにしないことだけは約束するけど、どうかな?」
頭を撫でながら、心に寄り添えるように、なるべく言葉を選んで伝えた。
しばらくその体勢で頭を撫でていたが、垂れ下がっていた尻尾が徐々に上がっていき、ゆっくりだが横に揺れるようになった。
感じるのは、信じられないような感情だった。
本当ならうれしいけど、できるのかな?という不安もあるのだろう。
「2人だけの秘密だぞ。
俺は不老不死だから、この先死ぬことはないんだ。
君が何年生きていられるかは分からないけれど、俺が君より先にいなくなることはないよ」
先ほどより尻尾の振り方が速くなった。
ちゃんと目を見るために、抱きしめる体勢をほどく。
今度はちゃんと目を見てくれた。
「もう一度言うね。
俺と一緒に来るかい?」
その問いに、これでもかと尻尾を振りながら、大きくはっきりと一度だけ吠えて答えてくれた。
「そういえば、名前はあるのかな?」
さすがに名前がないのは不便だ。
けれど、一方的に名付けるのは個人的に嫌だったので、念のため聞いてみた。
首を傾げられたので、ないということだろう。
「それなら、俺が名前を付けていいかな?」
元気よく了承してもらえたので、名前を考えることにした。
といっても、この子について知っている情報は、灰色の毛に青い目で、風魔法が得意ということだ。
銀毛の青い目だったら、フォルさんと被るところだったな。
まぁ、似ていることには変わりないけれど……。
なんとなく、ペットには簡単な名前を付けたほうがいいって、小学校のときに見た気がする。
理由は何だったか忘れたなぁ……。
「名前は……ウルってのはどうかな?」
告げると飛びついてきた。
体格差がありすぎるので、受け止められずに倒れる。
倒れたところで、めちゃくちゃ舐められた。
気に入ってくれたみたいだ。
ウルの由来は、ウルフの頭の2文字をとってウル。
ルフと悩んだけど、呼びにくそうだったからこの名前にした。
安直な名前で申し訳ないが、自分的にはかなり気に入っているので喜んでもらえてよかった。
こうして魔物の子供、ウルが仲間になり、自分の異世界生活がにぎやかになった。




