15話 灰色のウルフと懐かしい記憶
箱庭でアイシスに魔法について聞いてみたが、新しい発見はほとんどなかった。
イメージどおりに魔法を発現させるには、やはり魔力操作が重要らしい。
魔族は生まれながらに魔法を扱い、種族特有の魔法もあるらしいので、機会があれば見に行くのも面白いかもしれない。
翌日、今までよりペースを上げてゼストリアの森を探索することにした。
ヤギやサイのような魔物、カンガルーや蛇なんかもいた。
今は見つけるだけにしている。
飛行魔法で森を進んでいるため、戦わずに観察しているからだ。
どれも自分の記憶にある動物より2倍近く大きいので、かなり迫力がある。
さらにしばらく進んで探知魔法をかけていくと、珍しい感覚があったのでそちらへ向かってみる。
その珍しい感覚というのが、魔物同士で戦っているような反応だった。
この森に入って、食物連鎖の中での捕食者と被食者の攻防は何度か見かけた。
だが、今回はそんな感じではない。
異常の原因に繋がるかもしれないと思い、現場へ向かうことにした。
現場に着くと、蜂系の魔物4体と灰色のウルフ系の魔物1体が戦っていた。
蜂系の魔物の大きさは1メートルほどで、腕2本がランスのようになっている。
2体地面に転がって動いていないので、もともと6対1だったのかもしれない。
ウルフ系の魔物も大きいことは大きいが、蜂の比率で小さく見えてしまう。
それでも高さは160センチほどあり、大きさ的には2メートルくらいだろうか。
ただ、あちこちに蜂に刺されたであろう傷があり、左の後ろ脚は不自然に折れている。
あの脚では立ち回りが難しそうだ。
もしかしたら、あの怪我が原因で蜂の魔物に狙われているのかもしれない。
蜂の魔物の感情は正直分からないが、ウルフ系の魔物の感情はすごく伝わってきた。
みんなの元へ戻るという想いと、絶対に生き残るという意思を強く感じた。
自分にはなかったそういう意志が、なんだかまぶしく感じる。
同時に、こんな状況でも絶望せずに戻りたい場所があるということが心に来た。
生前、犬を飼っていたことを思い出した。
忘れていたわけではない。
ただ、普段は考えない記憶が急に浮かんできた。
愛犬の名前はポンタ、灰色のくせ毛をした中型のミックス犬だった。
小学5年生の頃から22歳まで一緒にいて、その後はいろいろな事情が重なり、最期を看取ることはできなかった。
ポンタの死を知ったのは亡くなってから1年後のことで、本当かは定かではないが、白内障の手術をしてそのまま目覚めなかったらしい。
臆病なくせに他の犬に喧嘩を売るし、家にネズミが出たときなんかはいの一番に逃げ出したこともあったな。
自分はそんなポンタのひんやりした鼻が好きで、顔を押さえてよくほっぺにくっつけてた。
苦しくならないように3秒までって自分ルールを作ってたな。
顔を押さえると、「またか……」と察したような表情をして受け入れてくれる。
離すと、苦しかったのか「フスン!」と一度だけ鼻息を立てていた。
ただ、自分に元気がなかったりすると、察したように自分から鼻をほっぺにくっつけてきた。
「フスン!」、またくっつけて「フスン!」って繰り返してくれてたな。
それで自分が「何やってんの?」って反応があるとお腹を向けて撫でろって命令してきたっけ。
そういえば、あのときはなぜかポンタが何を考えているのか分かった気がする。
今目の前にいる魔物は灰色の毛ではあるが、くせ毛ではない。
なんとなくハスキーに近い感じがする。
ただ、温かかった記憶を思い出させてくれたお礼に、助太刀しようと思った。
蜂と犬なら、断然犬を贔屓させてもらうね!
そう思ってからは早かった。
ウルフ系の魔物を四方で囲うようにしていた1体の後ろに降りて、氷魔法で凍らせた。
コキュートス・ゼロは生物そのものを凍らせる魔法だが、今の魔法は蜂の周りに氷を作り閉じ込める魔法だ。
羽も腕も氷の中に封じてしまえば、下手に燃やすよりも確実に動きを止められる。
それに気が付いた3体が自分に向かってきたので、同じように氷で閉じ込めた。
溶けて動かれても面倒なので、そのまま氷の塊ごと風魔法で砕く。
ウルフ系の魔物へ視線を向けると、めちゃくちゃ唸って敵意むき出しだった。
それでも、生き残るという意志は変わっていない。
改めて感心しつつ、ゆっくり歩いて近づく。
本来なら逃げられるのだろうが、左の後ろ脚が折れている。
それに、別の足の付け根にも刺された跡があった。
うまく歩けないのかもしれない。
目の前まで近づいた瞬間、すぐに噛みつかれた。
とっさに左腕でガードしたので、警察犬の訓練で噛みつかれているような状態になる。
ギリギリと腕に牙が食い込んでいくが、このサイズの魔物なら噛み砕くことくらい簡単にできるはずだ。
もしかしたら、倒すためではなく警告に近い反応なのかもしれない。
空いている右手で軽く顎下を撫でると、困惑した感情が伝わってきた。
そのまま回復魔法を発動する。
怪我が治ったことに気づいていないのか、しばらく噛みつかれたままだった。
「ほーら、怪我は治したから、そろそろ放してくれ」
そう言うと、言葉が通じるのか離れてくれた。
確認しているのか、尻尾を追いかけるように左右へ2回ずつくらいくるくる回っている。
その後、のそのそとゆっくり近づいてきて、匂いを確認するように鼻をヒクヒクさせながら自分の周りを一周した。
目の前に懐かしい鼻があったので、我慢できずに頬ずりをする。
ひんやりとしていて気持ちよく、魔物でも変わらないことに感動した。
感動するポイントは違うかもしれないが……
ただ、それがよかったのかペロペロと舐められた。
そのまましばらく舐められた後、目の前でお座りの体勢になり、じっとこちらを見ている。
指示でも待っているのだろうか。
頭から眉間あたりを軽く撫でてから声をかける。
「仲間のもとに帰りたいんだろ?
もう行っていいから、気をつけて帰れよ」
そう伝えると、一声吠えてから伏せの体勢になる。
急かすような感情が読み取れるので、念のため聞いてみる。
「背中に乗れってことか?」
そう聞くと、もう一度吠えて尻尾を振っている。
魔物だと分かっているのに、自分の中ではもう大きな犬にしか見えなくなっていた。
犬を跨ぐように乗ると、ゆっくり立ち上がり、ちらっとこっちを確認するように視線を向けてきた。
なんとなく、しっかり掴まっておけとでも言いたげな表情だったので、首のあたりの毛を握る。
「痛くないか?」
そう聞くと、問題ないというように軽く吠えてから走り出す。
森の深部に向けて、犬の背に乗って進むことになった。
この犬に乗ってから、魔物との遭遇率がかなり減った。
探知魔法を使うと、周囲の魔物が離れていくのが分かる。
結構強い魔物の種類なのだろうか。
「いったん止まれるか?」
かなり進んだので、軽く首の横を叩きながら声をかけると、減速してから止まってくれた。
犬から降りて飛行魔法で確認すると、7割近く進んでいた。
「分かればでいいんだけど、オークの生息地ってどのあたりか分かる?」
地面に降りてから犬に聞いてみる。
すごいことに、自分の言っていることを理解しているみたいで、匂いを確認するように鼻を上に向けて周りを確認してくれている。
耳がピクピクっと動き、ある方向を鼻先で示してから吠えた。
探知魔法をそっちのほうに向けても、範囲内にはオークの反応はない。
自分の反応が不服だったのか、背中に乗れと言いたげに背中を向けながらジト目をしてくる。
犬に乗ってしばらく進むと、オークを6体ほど見つけられた。
オークを見つけられたということは、本来の生息地付近までは来られたということだ。
生息地外に出た原因も、このあたりを調べれば分かるかもしれない。
そう考え、この付近を調査することにした。
「ありがとう。
俺はこのあたりを調べるから、お前は仲間のもとへ戻りな」
そう告げると、フンスと鼻を鳴らしてからその場で伏せの体勢になった。
感じられるのは、まだ一緒にいると言っているような感情だ。
一緒にいてくれるのはこちらとしては助かるが、仲間のもとへ戻らなくていいのだろうか。
それとも、お礼として自分の手伝いをしてやるということなのだろうか。
さすがにそこまで思考が読めるわけではないので、聞いてみる。
「俺の手伝いをしてくれるってこと?」
そう言うと、お座りの体勢になり、自分の顔を舐めてきた。
その通りなようなので、異常がないかの探索を犬に手伝ってもらうことにした。




