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第8話:途中の痕跡

市内を出たのは、昼を少し回った頃だった。


営業所でレンタカーを借りた。


同じ車種は、選ばなかった。


理由は、自分でもよく分からない。


***


ナビに目的地は入れない。


ただ、南へ。


それだけを頼りに走る。


***


市街地を抜けると、景色が変わる。


建物が減り、空が広くなる。


***


やがて、海が見えた。


***


道路の左側。


青い色が、途切れることなく続いている。


***


窓は閉めているのに、

どこかで“音”を想像してしまう。


***


波の音。


***


聞こえているわけじゃない。


それでも、そこにある気がした。


***


ホテルで聞いた言葉が頭をよぎる。


“南の方に行きたいんだけど”


***


ハンドルを握る手に、少しだけ力が入る。


***


しばらく走る。


特に変わったことはない。


普通の道だ。


***


ただ。


***


時々、妙に車が少ない区間がある。


***


さっきまでいたはずの車が、

気づくといなくなっている。


***


平日の昼間だからかもしれない。


そう思って、考えるのをやめる。


***


やがて、小さなガソリンスタンドが見えてきた。


***


通り過ぎようとして、少し迷う。


***


――止まるか。


***


ウインカーを出して、敷地に入る。


***


給油をする。


機械的な音。


単調な作業。


***


それでも、どこか落ち着かない。


***


給油機の表示を、意味もなく見続ける。


数字が増えていく。


***


現実に繋がっている感じがして、

少しだけ安心する。


***


レシートが出る。


受け取って、ポケットに入れる。


***


そのまま帰ろうとして、足が止まる。


***


建物の中に、人の気配があった。


***


ドアを開ける。


***


「いらっしゃいませ」


***


中には、年配の男性が一人。


カウンターに立っていた。


***


テレビがついている。


音は小さい。


何を言っているのかは分からない。


***


少し迷ってから、口を開く。


***


「すみません、ちょっと聞きたいことがあって」


***


事情を説明する。


全部ではない。


車のことだけ。


***


「この辺りで、こういう車見ませんでしたか」


***


スマホの画面を見せる。


車種と色。


***


男は目を細めて、それを見た。


***


「さあなあ」


***


一度、首を振る。


***


「この道、いろんな車通るからな」


***


それもそうだ。


***


「ですよね」


***


引き下がろうとする。


***


そのとき。


***


「ああ」


男が、思い出したように声を出す。


***


「夜に一台、来たかもしれん」


***


足が止まる。


***


「夜?」


***


「ああ」


***


「遅い時間だった」


***


心臓が、少しだけ速くなる。


***


「女の人だったと思う」


***


“思う”。


その言い方が、引っかかる。


***


「給油して、すぐ出ていった」


***


「どっちに?」


***


思わず聞く。


***


男は、外を指差した。


***


「そのまま、下の方に」


***


南。


***


「何か、変な様子とかは」


***


少し考えるように、顎に手を当てる。


***


「……別に」


***


間。


***


「いや」


***


言い直す。


***


「ちょっとだけな」


***


視線が、こちらに戻る。


***


「道、聞かれた」


***


息を止める。


***


「どこに?」


***


「この先、まっすぐでいいかって」


***


ホテルと同じだ。


***


「それで?」


***


「いいって言った」


***


当然の答えだ。


***


「ただ」


***


また、言葉が止まる。


***


「なんか」


***


曖昧に濁す。


***


「変だったかもしれん」


***


胸の奥が、わずかにざわつく。


***


「どういう」


***


「うまく言えんけどな」


***


少しだけ眉をひそめる。


***


「聞いてるのに、聞いてない感じっていうか」


***


――。


***


「会話が、噛み合ってないような」


***


それ以上は言わなかった。


***


テレビの音だけが、わずかに流れている。


***


さっきより、少しだけ小さくなった気がした。


***


「……そうですか」


***


それだけ返す。


***


「ありがとうな」


男が軽く手を振る。


***


店を出る。


***


外の空気が、さっきより重い気がした。


***


車に戻る。


***


ドアを開ける前に、立ち止まる。


***


今の話。


***


ホテルと、似ている。


***


“道を聞く”

“南へ行く”


***


それだけなら、偶然で済む。


***


でも。


***


“噛み合ってない”


***


その一言が、残る。


***


車に乗り込む。


***


エンジンをかける。


***


前を見る。


***


道は、まっすぐ続いている。


***


南へ。


***


アクセルを踏む。


***


バックミラーに、さっきのスタンドが小さく映る。


***


その前に。


***


一瞬だけ。


***


――立っていた気がした。


***


誰かが。


***


振り返る。


***


もう、何もない。


***


「……気のせいか」


***


小さく呟く。


***


その声が、思っていたより小さく聞こえた。


***


車を走らせる。


***


道は、まだ続いている。


***


終わりが見えないまま。

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