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決心

 やがて火の勢いが衰えると、将平様はわたしを乗せたまま、鎌輪の屋敷へと馬を走らせた。

わたし達は、終始無言だった。

ただ、吐く息だけが白い。


 わたしは、国香がわたしを見た時の、あの異常な目付きが、ずっと頭から離れなかった。

それは、豊田の暖かさに自惚れていた所に、急に冷や水を浴びせられたような感覚。

わたしは彼らとは異なる存在だと、はっきりと思い知らされた様だった。


 やがて豊田と結城の境辺りで、早馬の知らせを聞き付け、鎌輪から来た豊田兵の一軍と落ち合う事が出来た。

そこで戦支度を整えて、将平様は御館様が向かったという国香の領地、石田を目指すことになった。


「浮草、お前はこのまま屋敷へ戻りなさい。」


 鎌輪の屋敷から持ち出させた、大ぶりの兜を被って、将平様は静かにそう告げた。

初めて身をもって知る戦の凄惨さに、参ってしまったわたしを気遣っての事だった。


「私……。」


「お前のせいではありませんよ。兄者は豊田の民であるなら、誰にでも等しく優しい方です。だから気に病むことはない。それに、お前のことは建前に過ぎない。叔父達の本音は兄者を始末し、豊田を自らの領地とする事ですから。屋敷へ戻り、吉報を待ちなさい。」


 頷く事が、出来なかった。

 御館様は今も窮地の最中だ。わたしが居ては足手纏いになるだけだろう。

むしろ、わたしが死ねばこの戦に、何の意味も無くなってしまう。

屋敷へ戻る事は最善の策だ。

けれど……。


「いいえ。私も連れて行って下さい。将平様は優しいから、戻れと言って下さるけれど、私の存在がこの戦の引き金になった事は確かです。私だけが何の危険も無く屋敷へ帰る訳にはいきません。」


 恐る恐る、しかしきっぱりと告げたわたしに、将平様は少し目を丸くして、それから表情を引き締めた。


「浮草、分かって居ますよね。此れは戦ですよ。」


「はい、分かって居ります。」


「まして、お前は女です。戦だって、今日初めて見たのでしょう。挑発の矢一本にあれだけ怯えて居たではありませんか。」


 そう言われて、わたしは少し言い淀んだ。

わたしの後ろに居た将平様には、わたしの一挙手一投足が見えていたのだろう。

将平様の言うことは正しい。

これが自己満足と言われればそうかもしれないけれど、それでも今ここで引きたくないと思った。


「……正直に言えば、あの様な光景は恐ろしくて見たくありません。風切音一つで怯える女です。一人で馬を走らせる事もできません。」


「そうでしょう。其処まで理解して、何故戦場に行きたがるのです。」


 厳しい顔をしてわたしを見つめる将平様を、わたしも真っ直ぐ見つめ返す。


「この地でこの先も生きたいと、そう思ったからです。」


 この地へ来てから、わたしはずっと長い夢を見ている様な気分だった。

 もちろん、夏は暑いし冬は寒い。現代よりも気を張って生きてきたけれど、地に足が付かないような、付けなくても良いような、そんな気持ちで生きていた。

 でもあの国香の目を見て、火矢の飛び交う中で逃げ惑う野本の民を見て、この世界はわたしの夢なんかじゃ無くて、向き合わなければいけない現実なんだと理解した。

 これで今屋敷へ戻って、見たくないものから目を背けたら、わたしはもう一生、一人の自立した人間として生きられないような気がしたのだ。


 将平様はわたしの言葉に暫く考えて、それから厳しい顔をふと緩めた。


「……分かりました。女の身では厳しい道になるでしょうが、その覚悟は有ると見える。ただし決して無茶はしない事。お前に何かあって怒られるのは私ですから。」


 そう言って将平様は馬の腹を蹴って走り出した。


 こうして、わたし達と鎌輪の援軍は、国香の領地である石田へ向かった。

 途中、扶達の領地に差し掛かったが、そこには既に集落と呼べるものは残っていなかった。焼け野原に炭と化した家々の残骸が黒く焼け残り、数多の死体が地に転がり、生き残った人々は豊田兵に、掠奪と陵辱の限りを尽くされていた。

 扶達は此処には居ない様だった。

 

「将平様……あれは豊田の兵ですよね。彼らを止める事は出来ませんか?」


 折角焼け残った僅かな家財を、命と尊厳を、全て奪われる民の様子は、敵地とは言え余りにも痛ましかった。


「言いたい事は分かりますが、戦とはこう言うものです。彼らは農兵ですが、何故戦に出ると思いますか?」


 将平様は彼らに目をくれず、集落の中を抜けてゆく。


「御館様の命だから、でしょうか。」


「それも有るでしょうが、良いですか。彼らは普段は農民なのです。消して裕福には暮らせていない。」


「だから…敵地で奪うと言う事でしょうか。けれど、戦働きには褒美が出るのでは。」


「ではその報奨金は、何処から出ると思いますか。」


「あ……。」


 何て馬鹿な質問をしたのだろうと思った。

 結局、この時代で豊かになるには、持っている者から奪うしかないのだ。


「同じ事なのですよ。戦は奪うか、奪われるかなのです。」


 そうだ、わたし達は戦をしているのだ。

国香は奪う為に仕掛けて来た。

奪われない為に、その力を奪うしか無い。

 学生の頃、鎌倉幕府が倒れた理由は、戦働きの報奨が出せなかったからだと習った事を思い出した。

 わたしはもう、彼らの行為止められなかった。

 わたしがこの地で生きる為に。


 扶達の領地を抜けて、辿り着いた国香の領地もまた、同じ光景が広がっていた。

 今まさに集落が黒煙をあげる中、人々の逃げ惑う声が聞こえる。

野本や扶達の領地よりもっと、凄惨な景色だった。

そこに、さらに援軍の兵達が続々と傾れ込む。

冬の乾いた大地に砂埃を立てながら、財を、命を狩ってゆく。

 わたし達も援軍と共に集落の中へ踏み入り、御館様の姿を探した。


 暫くして、大きな勝鬨が上がった。

 御館様が国香を討ち取ったのだ。

 源扶やその弟の隆や繁も、豊田兵の猛攻により、皆討死していた。


 豊田は、大勝した。

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