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広がる世界

 わたしがこの場所に飛ばされてから、約一年が過ぎた。


 わたしは拾われて暫くは、屋敷の一室に軟禁状態にされながら、屋敷に招かれた近辺では徳が高いと有名らしい僧侶から、この時代の言葉と、仏教のあれこれを叩き込まれた。

僧侶はかつて京に居たことがあるようで、その言葉遣いはわたしの知る古典に近く馴染みやすかった。


 言葉が分かるようになると、わたしを取り巻く情報量は一気に増えた。

 まず、飛ばされてきたこの場所は平安時代の千葉や茨城のあたりだと言うことが分かった。

 今は延長九年。

 西暦何年なのかは分からないけれど、源氏物語を誰も知らなそうだったので、恐らくは千年よりも前だと思われた。


 次に、わたしがこの時代で最初に目覚めた地名について。

ここら一体は豊田郡と呼ばれているらしい。

その豊田郡の鎌輪という地に、わたしが拾われたこの屋敷がある。

初めの河川敷から見た大きな山は筑波山だったのだ。

わたしの教育係の僧侶は、豊田郡の北隣にある結城郡の法成寺という寺から遣わされたらしい。


 それから、屋敷の主人について。

 わたしを拾ってくれたその人の名は、相馬小次郎様と言う。

 平家の血筋らしく、豊田郡とその西側に位置する猿島郡の一部を治める領主様だ。

 最近名前を将門と改められた様だけれど、屋敷では皆御館様と呼んでいるので、わたしもそれに倣って御館様と呼ぶ事にした。


何処かで聞いたことのある名前のような気がするのは、有名な平家の人だからだろうか。

天皇の血を引く割と偉い人で、少年の頃から約十五年ほど京にいて、丁度わたしが河川敷で捕らえられる少し前に帰郷したらしい。

 だから彼、御館様の言葉も分かりやすかったのだと知った。


 ちなみにわたしが始め、河川敷の男達の言葉が全く分からなかったのは、どうやら「坂東訛り」という訛りがあったから。

この時代の関東地方は「坂東」と呼ばれて、田舎と蔑まれる地であるらしい。たしかに御館様の屋敷は別として、集落の家々は未だに竪穴式住居が多い。

昔学校で習ったような平安京の文化の一つもここには無い。


 さらに、この坂東のもっと東、多分今の福島の辺りからは奥州と呼ばれ、秘境とされる。

そこには「蝦夷」という民族が多く暮らしており、彼らは数世代前までは朝廷の討伐対象だった。

降伏して朝廷に従属した蝦夷は俘囚と呼ばれ、今では同じ国の民として扱われるようになったものの、交流は盛んでは無いらしい。

 どうやらわたしはあの河川敷で、何かを企んだ蝦夷の密偵ではないかと捕らえられたようだ。

 

 言葉が少し分かるようになってからは、御館様は度々わたしを執務室へ呼び付けた。

そこでわたしは学習の習熟度や、生活に不便が無いかなど、様々を聞かれた。

 暑さ寒さや、衛生面で気になった点を正直に話すと、わたしが暮らしやすい様にと色々と取り揃えてくれる事もあった。

この時代の生活にはなかなか慣れないので、御館様の気遣いはとても助かった。


 こんなに親切にして貰えるのは、御館様自身が面倒見の良い性格なのと、きっとわたしが何者か知りたいという気持ちがあったからだろう。

 現に、これは何度も問われる事があった。

結局なんて言っていいか分からず明言を避けているうちに、勝手に向こうで「大陸から人攫いに遭い、何らかの理由でこの場所に置き去られた」と解釈してくれたようだ。


 人攫いというのはこの時代かなり横行していて、人攫いにあった人間は、金持ちや貴族達の間で売り買いされた。

人攫い以外にも、貧しさに自らを売った元農民達も多く居るようだ。

屋敷に仕える者も居れば、女性などは近代で言う遊郭に売られる事もあり、当然この時代の治安は悪い。


これは京の都でさえも同じで、飢饉の多かった都や西国でも身売りは絶えないと聞いた。

 田舎の貧しい地である坂東で横行しない訳がない。

 この屋敷にも買われて仕える多くの使用人が居るが、これでもこの屋敷の規模を思えばかなり少ないらしい。


 それというのも、御館様が京へ奉公している間に、彼の心無い叔父達が、家の財産をごっそり持って行ってしまったからだ。

 御館様は早くに当主であったお父君を亡くされたけれど、まだ次代当主としては若すぎた為に、彼の実の叔父達がその後見に就いた。

その叔父達が御館様の父上、良持様の築き上げた土地も、人も、馬も、財産も、後見料として皆取り立てたのだ。


 それですっかり貧しくなったこの屋敷と領地をこの一年、御館様は必死に盛り返そうと努力してきた。

 その努力の一環に、わたしの懐柔も含まれる。

「大陸の人間」だと思われるわたしに、文明の進んだ大陸、つまり中国辺りの知識を聞き出すために、この地の言葉を覚えさせた訳だ。


 中国と言えば、遣唐使の存在は昔授業で習った事があるけれど、ここでは五十年ほど前に制度が廃止されてからは、大陸の文化が入ってくる機会が少なくなってしまった様だ。


 ちなみに、わたしが大陸の人間と勘違いされたのには訳がある。

 平安時代では考えられない質の良い服に、ゆるふわパーマを当てた茶髪、そしてネイルだ。

屋敷までわたしを運んできた河川敷の農民達はまず、わたしが妖か人間かで迷ったようだ。


 この時代、妖や占い、祈りに呪い、これらの非科学的な存在は政治の中にも深く浸透していたので、農民達がそう考えたのも自然な事。

集落に妖を入れる訳にはいかないと、決死の覚悟でわたしを石で殴り、あっさり気絶したのを見て、人間だと判断したらしい。

 判断基準が余りにも酷い。


 そうして妖でない事は証明されたが、およそ日本人とも思えないので、大陸の……なんならどこか亡国の姫だと思われている。

これは、私の付けていた安物のキュービックジルコニアが本物の宝石だと思われたから。


 わたしとしても、大陸の人間だと思われるのは都合が良かった。

わたしが現代で享受してきた知識とのギャップは、とりあえず大陸のものだと言えばなんとかなったのだから。


 言葉を覚えたわたしに御館様が尋ねた知識は大きくニつ。

 農地改革と武具の改良についてだ。


 まず農業。

 御館様は「相馬御厨下司」という役職に就いて居る。

 これは神前に供える穀物を育てる責任者にあたる役職なので、良質な作物の収穫を求められる。

それには、新しく土地を開拓するよりも今在る農地を上手く活かす方が効率が良いだろうと言うことで、わたしに相談されたのだ。


 この問いには、明確に答えることができた。

何故ならわたしの地元は農業が盛んだったから。

地元では稲作と大豆の裏作が行われていた。

 夏の間に大豆を育てて、秋から初夏まで稲を育てる。


一つの畑や水田で同じ作物ばかりを育てると、そのうち土の中の養分が偏ってしまい、連作障害が起きる可能性が高くなる。

病気になったり、枯れたりする作物が増えてしまうのだ。

だから、地中の養分を程良く保つために、相互作用のある別の作物を植えて、その偏りを相殺する。


 此処、坂東の地でも稲作が主流なので、同じように大豆を勧めた。

この栽培方法、かなり昔から行われてきたと聞いていたけれど、この時代のこの土地ではまだ行われていなかったらしい。


 この裏作の伝授によって、豊田郡の農業は発展した。

 都や西の方では丁度飢饉が起きているらしく、その分坂東もかなりの量の作物を税として納めることになったけれど、それに耐えて余りある程の収穫量となった。


 次に武具の改良。

 この時代、主流となる武器はどうやら弓らしい。

弓はかなり大きく、幹が太く重そうだ。騎馬の上から弓を射るのがこの時代の戦い方。

 わたしが知って居る武士のイメージは刀だけれど、あまり刀は使わないようだ。


 試しに見せてもらった刀はわたしの知っている姿形と少し違った。

弓に比べて、あまり拘って作られていなさそうな簡素なもので、手元近くに僅かな反りがあるだけの長い刀だ。

 武器については詳しくなかったけれど、お前の国ではどんな武器を使うのだと聞かれたので、とりあえず刀はもう少し中心が深く反っていたと答えた。


 これを聞いて、御館様はすぐに領地内にある製鉄所の刀鍛冶に依頼して、反りのある刀を作らせた。

 すると、どうやらかなり使いやすかったらしい。

特に、反りの深い方が刀が鞘から抜きやすく、また馬上から刀を振るう際に非常に力が乗りやすいのだとか。


 現代に残る物の形は先人達の知恵の結晶だったのだと、わたしはちょっと感動した。


 こうして、農業の発展と武力の向上によって、豊田を中心に領地全体が目に見えて豊かになった。

 しかしこの不自然な繁栄は、周囲にとっては当然、強烈な羨望や脅威として映った。

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