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秀郷の挙兵

 結局、貞盛の居場所はその後も掴む事が出来ないまま、大規模な捜索は一度取り止めとなり、御館様は集めていた農兵を一度解散させた。

 農兵の本業は農業、もうすぐ二月になれば、田畑の作付けを行うからだ。


 作付はこの頃、戦よりも何よりも重要視されていた。

食料がある土地は、人々が何においても豊かになり、次第に羨望を集め、人が集まり更に土地は豊かになる。

 それを奪い合う為に戦が起きる程に、豊かな土地、食料、そしてそれを作る民は大切なものなのだ。

 

 この農兵の解散により、何となく周囲が落ち着きを見せたのも束の間、陣中に早馬が駆け込んで来た。


「藤原秀郷が下野にて挙兵しました!敵はおよそ四千騎。常陸に向かって進軍して居ります!」


 陣中は一気に騒ついた。

 朝廷の兵との戦は、もっと後になると踏んでいたから、まだ準備が整っていない上、先ほど農兵を皆返してしまったばかりなのだ。

まるで謀った様に時期が悪い。

 それに、挙兵したという人物と朝廷には深い関係性もなく、本来こちらが戦う理由が無かった。


「何だと?何故秀郷殿が挙兵する。」


「どうやら、貞盛が裏で糸を引いた様で御座います。」


「奴め!」


 挙兵した藤原秀郷は下野国の押領使。

押領使とは、その地における警察組織の長官らしい。

そんな人物を味方に付け、さらにこの時期、それも今拠点にしている常陸からも遠くない下野での挙兵。

 長らく姿を眩ましていた貞盛による、狡猾に仕組まれた奇襲だった。


「直ぐに兵を集めよ。下野へ出陣するぞ。」



 それからは戦の準備に追われた。

一度解いた兵も直ぐに全ては集まらず、態勢を整える事は難しかった。

 集められたのは一千騎程で、貞盛と秀郷達の兵数には遠く及ばない。

 それでも郎党のうち、貞盛の妻達の捕縛の件の挽回を図りたいと申し出た多治に先陣を切らせて、数日後には常陸を出る事になった。


 当然、常陸へ同行していた文官や使用人達は共には行けない。

それぞれ、各国府や新都に向かうよう命令が出された。


「浮草、お前はこのまま石井の屋敷へ戻れ。」


 御館様から告げられた処遇に、わたしは酷く狼狽した。

 上野でも文官として幾つか仕事を任されていたし、当然わたしもどこか国府への出向を命じられると思っていたのに、それは酷い裏切りだと思った。


「そんな、私も何処かの国府へ行く様命じて下さい!」


「いや、お前は女だ。各国府も未だ落ち着いては無い。俺の目が無ければ何が起きるか分からん。屋敷が一番安全だ。」


 結局、共に仕事をしてきた文官達の中で、屋敷へ帰されるのはわたしだけだった。

 新国の建国で文官も忙しい時期であるから、人手は何処も足りていない。

わたしの持つ現代の知識は、各所で重宝されていたのを知っている。

 それなのに屋敷に戻れと言われるのは、単にわたしが女だからだ。


 そういう扱いを受ける事に、昔はもっと穏やかでいられた。

客分として特別目を掛けて貰えなければ、わたしはこの時代で生きて行けなかったから。

だから、有り難くそれを享受していた。

 けれど今は、気遣われた事が悔しかった。


「……嫌です。私が言葉や文字を覚えたのは、新皇様に御恩を返す為。屋敷で安全に暮らす為ではありません。」


 気が付けば声に出していた。

 思えば、わたしが御館様の言葉に否と言ったのは、これが初めての事だった。

 それでも、言わなければと思った。

今を逃したら、もうこんな風に話なんて出来ない様な気がした。


「なに、一生屋敷で暮らせと言う訳では無い。我が新国にはお前が必要だ。それ故にお前を危険に晒したくは無い。まぁ、今迄散々晒してきたがな。」


 不遜に思えるわたしの言葉に、まるで親が子をあやすような口調で御館様はそう言った。

本当に、優しい人なのだ。

この時代には似つかわしくない程に。


「新皇として描いた未来を、徒花のままでは終わらせられん。敵を退け、俺が国府へ戻ったら直ぐにまた呼び寄せる。其れ迄暫し待て。」


 そう言われてしまえば、わたしはもう何も言えない。一歩下がっていつもの様に礼を取る。


「畏まりました。石井の屋敷にて、お帰りをお待ちして居ります。……ご武運を。」


「ああ。行くぞ!」


 応、と歓声を上げて、土煙を立てながら御館様の軍は常陸を発った。

 嫌な胸騒ぎに気付かないふりをして、その勇ましい後ろ姿を、わたしは見えなくなるまで見送った。


残すところあと5話、全30話で完結予定です。

もう少しお付き合いください。

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