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岐路

 天慶二年、十一月の終わり頃、沢山の戦利品を抱えた御館様達が豊田へ帰還した。

 師走も間近に迫った時勢、屋敷は一気に慌ただしくなった。


 戦の後処理をするに当たって、わたし達屋敷に残っていた者が一様に知りたいと願ったのは当然、御館様が何故国府を焼いたのかと言う事だ。


「貞盛が居た。奴め、あれからまさか常陸に潜んで居たとはな!」


 文官達を前にした報告の席で、御館様は眉をひそめながらそう言い捨てた。

 国香の息子、貞盛は少し前から京を離れ、御館様を都へ呼び出す官符を持って、坂東の各地を転々としていた。

同志を集めて、御館様を討つつもりだったのだろう。

しかし、その呼びかけは余り上手く行かなかった様だ。

理由はやはり、坂東における朝廷の影の薄さと、余計な火種を抱え込みたくない各国の消極的な姿勢だと思う。


 そしてこの一連の貞盛の動きを、豊田の者は皆知っていた。

 何せ先日、京より陸奥守として派遣される事になった平維扶という者と共に、坂東を諦めた貞盛が陸奥国へ逃げようとしていた所を、御館様が襲撃したばかりだった。

 人に寛容な御館様も、桔梗様の仇である貞盛を許すつもりは全く無いらしい。

その襲撃を受けて、貞盛は陸奥国への亡命を諦め、暫くなりを潜めていたのだ。


 御館様の話によると、今回の国府焼き討ちは、貞盛と常陸介である藤原維幾の息子、為憲が共謀し常陸国へ着いた豊田兵を襲撃してきたのが原因なのだと言う。

 為憲は貞盛の従兄弟に当たるらしいので、二人の間に何か密約の様なものがあったに違いない。


「国府を焼くつもりは無かった。こちらは応戦しただけだ。奴らが挑んで来なければ円満に事が成せたものを、朝廷には何と申し開きをすれば良いか考えねばなるまい。」


 御館様は、常陸介や居合わせた朝廷の使者を捕らえ、常陸から豊田へ連行してきていた。

常陸から奪った戦利品の中には、公文書に押す印鑑と、穀倉の鍵も含まれる。

これは、国において一番大事なものだと言える。

国司達には屋敷を与えて、丁重に扱ってはいるけるど、これではいくら本人が謀反ではないと言ったところで、処罰は免れないだろう。


「此れを機に、他国にも攻め入り、御館様の物とされるのが宜しいのでは?さすれば、朝廷も簡単に貴方に手出しは出来ますまい。」


 そう言ったのは興世王だ。

余りの暴論に豊田の郎党達が驚き呆れる中、興世王はさらに続ける。


「私も国司として朝廷から坂東に下って参りましたが、朝廷という存在はこの坂東の民には馴染み無い。確かに、有事の助けも然程無い、顔すら知らない上のために税を納めよ、従属せよと言われてもどうか。坂東を良く知る御館様が治めるなら、民にとっては願っても無い事かと存じます。」


 興世王の言葉は巧みだった。

国司に任命されていただけあって頭も良いので、話に妙な説得力がある。

 確かに、良兼や貞盛との戦の時、官符があっても他国が御館様の為に兵を出す事は無かったし、今貞盛が持っている御館様に対する官符にも同調する国は見られない。

都から遠く離れた坂東では、本当に朝廷の存在そのものが薄いのだ。

歴史として朝廷の存在を知っているわたしだって、今この地に居てそれを感じる事はない。

そう言えば、わたしの知ってる都の事も、和歌の名手とか、有名な言葉を残したとか、そんな事ばかりで、どんな政をしたかなんて習わなかった気がする。

覚えてないだけかもしれないけれど。

 

 報告を受けていた文官も、報告に同席した郎党達も、興世王の言葉に騒ついた。


「確かに我らも、帝の民と言うよりは坂東の民という気持ちで居るが。」


「しかし朝廷に逆らうなど……」


「そもそも、朝廷に伏した覚えはないだろう。国司達は勝手にこの地に来て長を名乗っているようなものだ。」


「そうやもしれん……。」


「いっそ興世王殿の言う通り、坂東全てをお治めになり、朝廷より独立をすべきではないか?」


「御館様は桓武帝の血を引いておられる。坂東のみに在らず、大和朝廷をも治めるに足るお方よ!」


 集まった部屋はたちまち喧騒に満ちて、いつの間にか、どう朝廷に申し開きをするかでは無く、朝廷へ逆らうかどうかを議論し始めている。

 弟君達の中でも、意見が分かれた。

穏健派の頭として将平様は朝廷への恭順を主張し、気の強い将武様やその郎党達は反意を示した。

将武様はこの所、居住地であった伊豆で何かを起こしたらしく、追討令が出された為、豊田に戻って来ていた。気の強さは武家においては長所となる。

その威勢に押され、次第に叛逆派の声が大きくなっていった。


 ひとしきり話が煮詰まると、よし、と一言声を張り上げて、上座から御館様が立ち上がった。


「皆聞け。代々帝の血を引く者達は自らが上へ登ろうとする時、時の王達と戦い勝ち上がった。俺もその皇統の慣いに従い、先ず坂東八州を治め、こうなればゆくゆく帝まで登り詰めよう。」


 わっ、と歓声が上がった。

 御館様のこの宣言は瞬く間に豊田中に知らされ、皆が喜び勇んだ。

少なくとも豊田の民は、朝廷の支配よりも御館様による支配を望んでいた。また、坂東の独立という響きは、現状困窮する民にとって眩しい夢の様に映ったのだ。


本日(更新日)は将門公の命日です。


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