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諍いの後

 わたし達の一行はあの宴の後、御館様を中心に諸々諍いの後始末をして、数日滞在してから武蔵国を後にした。


「では達者でな、武芝殿、興世王殿。何かあれば豊田を頼れ。俺も何かあれば貴殿らに助力を乞うこともあろう。同じ坂東八州の者同士、互いに助け合おうではないか。」


「嗚呼、此度の事は恩に着る。かたじけなかった。」


「今後同じ事の無き様、力を尽くす所存だ。民に向き合えず逃げた事、今は深く恥いるばかりだ。将門殿が参られて助かった。」


 国府の前で、国司達と別れの挨拶を交わす。

武芝は本拠地の足立までは送って行くと言ってくれたけれど、国の立て直しには今が一番肝心だからと、案内役の者だけ借りて、御館様はその申し出を辞退した。

 御館様が今回の旅になし得たかった諍いの平定と、他国に味方を作ると言う目的は、ここに見事に達成されたのだった。

 興世王は国府に残り、武芝と協力して滞っていた政に手をつけ始めた。

そして経基は、今回の和議を誤解したまま、ついに国府に戻る事無く武蔵国を去ってしまった。



 久しぶりに帰還した豊田郡は、穏やかだった。

わたし達が武蔵国へ行っている間も、叔父達は手出しをしてこなかった様だ。

貞盛が何を考えているかは未だに分からないが、良兼は頭を丸めて仏門に入ったと専らの噂だ。


 留守を預かっていた使用人達は、わたしの帰還を喜んでくれた。

この場所が、すっかりわたしの帰る場所になっていると言うのがなんだか面映い。

 わたしはこの旅で、少しだけ気持ちが軽くなったのを感じていた。

御館様の少し不器用な励ましが、思いの外効いたのかもしれないし、武蔵国の宴が楽しかったからかもしれない。

帰りに通った海岸は、行きよりももっと綺麗だと思えた。

 石井では御館様の帰還を祝して、また盛大な宴があり、それからやっと落ち着いた。


 翌年、天慶二年の三月、御館様の元に一通の書状が届いた。

 送り主は京の都で御館様が仕えていた藤原忠平。

 既に隠居気味ではあるけれど、往時は右大臣を務めた大人物だと御館様が言っていた人だ。

御館様とは仲が良かった訳では無いと聞いていたが、何の書状だろうかと屋敷の皆がざわついた。

御館様にも心当たりが無い様で、首を傾げつつ書状を手に取った。


「なに……。武蔵介より平将門に謀反ありとの奏上有り。その事実を明らかにせよ、だと?」


 武蔵介とは源経基のことだ。

どうやら、武蔵国から逃げ去った経基はそのまま結局都へ帰り、誤解を朝廷の大臣達へ伝えてしまったらしい。

 その誤解とは、御館様と武芝と興世王が手を結び、経基を討って武蔵国を支配しようとしている、というもの。

 あまりにも突拍子の無い話だった。

突拍子の無さゆえに、朝廷もこの話を鵜呑みにはしなかった。

都で御館様の主人であった忠平が、まずは事の次第を御館様に聞こうとして文を送ってきた訳だ。


謀反を起こしたかもしれない相手にそれを聞くのはおかしな事のように思うけれど、朝廷には慎重にならざるを得ない理由があった。

 ここ数年西で頻繁に起きている海賊騒ぎの裏には、藤原純友と言う貴族の謀反が関わっているらしい。

東でも同じく謀反が起きる可能性を、今回の件は目に見える形で朝廷へ示してしまったのだ。


「なんと!自ら表に出る事もせずに都に逃げ帰った日和者が、御館様を侮辱するか!」


「武門の風上にも置けぬ愚かな男よ。」


「しかもよりによって何と面倒な事を起こすものだ。」


この身に覚えのない謀反の疑いには、郎党も御館様も非常に驚き憤慨した。


「おい、すぐに坂東中の国府に遣いをやってくれ!謂れなき罪などすぐに濯いでみせるぞ!」


御館様はそう言って、早速朝廷の誤解を解くために動いた。

 坂東の国々と次々に渡をつけて、武蔵、常陸、下総、下野、上野からそれぞれ解文と呼ばれる公文書を取り寄せた。

謀反を起こしてなどいないという、お墨付きを貰うためだ。

もちろんこれは真実だから、解文は直ぐに手に入った。

特に、発端となった武蔵国の武芝達が、ことを知らない他国に事情を話し、取り持ってくれたというのも大きい。


 この解文を朝廷へ送り、御館様が無事に謀反の疑いを解かれたのは五月のこと。

 豊田は新緑の眩しい季節を迎えていた。


御館様の謀反の疑いが解かれた後、解文によって武蔵国の諍いの全容を知った朝廷は、虚偽の申告をしたとして源経基には罰則を、見事諍いを調停した御館様には褒賞を取り計った。

 それを知って、豊田ではまた連日宴が続いた。

尊敬する領主の褒賞が嬉しいだけでは無く、蔑まれる地である坂東が朝廷に少しでも認められると言う事もまた、民の心に大きな誉となったようだ。

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