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武蔵国の諍い

 武蔵武芝の営所に着いてからは早かった。

 御館様の目測通り、武芝は御館様を追い返すどころか仲裁の申し出を有難いと言って受け、わたし達を手厚くもてなした。


「今回の申し出、誠に感謝する。民を思っての行動が、逆に民を苦しめてしまった。興世王達は国府に出仕もしなくなり、兵を連れて山に陣を張る有様。これでは戦は避けられないかと思案に暮れていた所だ。」


 武芝は甲冑を着込んでいた。

思っていたよりも武蔵の状況は悪く、嫌な緊張感が高まっている様だった。

御館様も真剣な顔で武芝の話を聞いている。


「成程、足立郡司殿は噂に違わぬお人柄のようだ。ところで、国司達は国府には居ないと言ったか。」


「左様。物見に出した兵が言うには、ひたすら軍備を整え、妻子を連れて狭服山へ籠っているらしい。こちらも和議を結びたい所だが、儂の呼び掛けにはまず応えん。」


「ならば、この平将門の名で国司達を呼び出してみるか。俺が武蔵と何の関係も無いのは向こうも知る所。警戒も薄れよう。」


 ——双方、傷が浅いうちに和議を結んだ方が良い

 国府にて和議の儀を取り行いたいので参られよ

 

 その様な事が書かれた文を、御館様が使者に託した。

狭服山とは、ここからは少し遠い山らしい。

山と言うからには、現代で言うところの奥多摩とか秩父とかその辺りになるだろう。

そもそも武芝の営所のある足立郡から国府までも距離がある。

 わたし達は武芝の案内のもと、海を離れて谷の多い平地を進んだ。


 その平地と山地の境目あたりに国府があった。

国の中心部だけあって、近くには大きな寺院があり、普段は人の動きも活発らしいのだが、国司達の戦支度の噂を聞いてか、今は全体的にひっそりとして息が詰まる様な雰囲気だった。


 わたし達が国府に着いて数日後、状況に変化がみられた。

 権守の興世王が国府へ現れたのだ。

護衛を数騎連れただけの姿は、戦をしに来た様には見えない。

 応対に当たったのは、武芝ではなく御館様だった。


「貴殿が権守の興世王殿か。」


「如何にも。下総の将門殿とは貴方の事か、わずか数年で痩せた土地を豊かにした知将と聞き及び、一度お会いしたいと思って居ったのだ。」


 軽く挨拶を交わして、直ぐに本題に入る。

真剣な眼差しで問いかける興世王には、緊張こそ見られたが、やはり敵意は無さそうだった。


「して、和議を取り持つとは真だろうか。」


「嗚呼。この平小次郎将門、誓って嘘は吐かん。」


 御館様の言葉を聞いて、興世王はあからさまにほっとした表情を見せた。

 都暮らしの長かった国司には、山での野営は堪えたのだろう。

武芝から聞いていた様な尊大な態度は、今はなりを潜めてしおらしく見える。


「左様か、それは頼もしい。都で何とか世を渡り漸く賜った権守の位。全うできないとなれば帝の血を引く一族の恥。是非和議を結び、この問題を収めたい。」


「よし分かった、直ぐに取り計ろう。」


 御館様は、一つ大きく頷いた。

 それから直ぐに、国府では武芝と興世王の間でいくつか文章が交わされ、これを以て双方は和解した。

 もう一人の国司、介の源経基はまだ武芝を恐れて山中から出て来なかったが、興世王さえ居れば和議は成立するらしい。

興世王の持つ権守という役職は現代で言う知事であり、副知事を指す介よりも位が上であるからだ。


 さてこの時代、会合の後には必ず酒宴が催される。

それは武蔵国も例外ではなく、酒はこの騒乱で迷惑を被った国府の周辺の民にも振る舞われ、辺りは訪れて直ぐの静けさが嘘の様に活気付いた。

 何処から連れてくるのか、そう言う場には必ず遊女が現れて舞を披露したり、給仕やお酌や色々としてくれる。

おかげでわたしも女だから給仕をと言われることもなく、武蔵国のいち客人として宴を楽しめた。

 宴に沸く民達の姿は、どの国も変わらない。

争いなどなく穏やかな時間が続けば良いのにと、回らなくなった頭でぼんやり考えた。

 

 酒気に弱い者からぐずぐずと寝始める時間になって暫くすると、山の方から大きな音を立てて馬が走って来るのが見えた。


「何だ?経基の兵か?」


「いや、あれは……」


 酔いが冷めた者たちが身構える中、現れたのは物見に出ていた武芝の兵だった。

酒宴の中心に居た武芝の元へ真っ直ぐ駆けてくると、膝をついて首を垂れる。


「御屋形様、申し訳ありません。」


「一体何があった。申せ!」


 武芝の兵は皆一様に着崩れており、大きく怪我を負った様子はないものの、土埃に塗れた姿だった。

 何かあったに違いない。

 話を聞くと、どうやら和議の知らせを受けて、もう偵察の必要はないだろうと武芝の兵が狭服山から下山しようとしたところ、まだ経基の残っていた国司の陣の周りを通ってしまい、うっかり囲んでしまったのだと言う。


「馬鹿な事を!それで経基と一戦交えたと言うのか!」


 せっかく興世王と武芝が和解をしても、経基に手を出したとなれば、この和議の意味が無くなってしまう。

国司と本格的な戦になれば、謀反となり得る可能性もある。

武芝が声を張ったが、物見の兵は静かに更に頭を下げた。


「いいえ。それが、経基は我らに恐れ慄き、直ぐに馬に乗って陣中を出て、何処かへ逃げ去ってしまいました。」


「逃げただと?仮にも武蔵国の国司が、一体何処へ行ったと言うのだ……。」


 経基を探すように命じてから、武芝は兵を下がらせる。

武芝から報告を受けた者達は、皆一様に眉をひそめた。


「逃げるとはまた、面倒な事を。」


「しかし、あれは源家の者だろうに。戦にもならないとは、武門の出とは思えんな。」


 武芝も興世王も豊田の郎党達も皆、経基の行動に呆れ果てた。

一度酔いから醒めてしまった後では、飲み直すのも気分が乗らないらしい。場が白けてしまって、そのまま宴はお開きとなった。

 


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