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復活

 浮腫みが消えると、御館様が浮腫のほかに悩まされていた頭痛や痺れも治り始め、弱って塞ぎ込んでいた心も次第に持ち直した。

この頃、奥方の一人が敵地から御館様の元へ逃げ帰ったことも、病からの心身の回復を早めたように思う。

 そして心身が回復するのと共に、病床で嘆くだけだった奪われた悲しみや悔しさが、御館様の中で次第に憎しみや怒りに変わってゆく様だった。


 ひと月後の承平七年九月、全快した御館様は早速、良兼の領地である真壁郡へ出陣し、良兼の別邸のあった服織の地を焼き払った。

 服織の民は地獄を見ただろうけれど、鎌輪の屋敷を焼かれ、わたしも親しい者を失った今、負けた者達に対して以前と同じ感情は抱けなくなっていた。

恐ろしいことに、その勝利の知らせを聞いてわたしは少しだけ、胸のすく思いがした程だ。

屋敷を焼かれ、筑波山へ逃げた良兼を追って御館様達がその近くに陣取った後は、互角の攻防が暫く続いた。


 良兼達の兵が引いた豊田郡では、焼けた集落の再建が始まった。

鎌輪は大きな軍事拠点として鎌輪宿という名で残されたが、御館様の屋敷は新しく石井と言う地に建てられる事になった。

 何でも、新天地を探して平野を駆けていた御館様が喉の渇きに飢えていた時、不思議な翁が現れて、石を割って水を湧かせて、それを馳走してくれたので、そこに井戸を築いて屋敷を建てる事に決めたとか。

平安に良くある誇張表現とか、冗談のつもりだと思うけれど、何にせよわたし達は石井に移り住む事になった。


 新居の荷解きに兵糧や武器の調達など、石井へ来たばかりのわたし達は忙しく働いていた。

 そしてこの膠着状態の間に、以前源護がそうしたように、御館様も良兼達の所業を訴える為に都に告状を出して居たようで、十一月に入るとその訴えが認められたと知らせが入った。

御館様に周囲の国々と連携し、良兼や源護、貞盛達を捕らえるようにとの命が下された。


「見ていろ、叔父共。領地を焼かれ、親しい者達を殺された俺達の怒りは富士の噴煙よりも高いと知れ!」


 燃える様な怒りを御館様が富士山を例えたのは、丁度この頃大きな噴火があったからだ。

 現代でこそ、害のない美しい山だけれど、平安時代の富士山はまだ活火山だ。

時たま噴火をするが、今回のはかなり大きな噴火だった様で、側にあった湖が一つ埋まった程だと聞いた。

石井の営所の近くに築かれた馬場からは、時たま噴煙を上げる富士山が垣間見えた。

 

 御館様の言葉通り、豊田兵は怒りに燃え、また叔父達を捕らえよとする官符に沸き、一時豊田軍は良兼軍を押した。

 しかし、巻き込まれることを恐れた周辺諸国が援軍を出し渋っている間に、戦況はまた元に戻ってしまう。


 不思議なのはこの時代、都の朝廷をまるで信仰の対象の様に崇めており、下される官符に一喜一憂するというのに、その命令に必ずしも従うわけではないという事だ。

そうして事が為されなくても、余程の事が無い限り、朝廷がそれに対して是正を求めることは無い。

朝廷から離れた地方では、支配が行き届いていないのだ。そもそも、地方を蔑む傾向にある朝廷において、地方政治は普段取るに足らないものなのだろう。

 また地方から朝廷に対しての忠誠心も薄い。

汚職や賄賂が絶えず、法や秩序が形骸化した貴族社会の中で、朝廷に対して政府としての機能は期待していないようだった。

 そういう互いの深層心理が、この時代の朝廷と地方との歪な関係を築き上げていた。


 十二月、この拮抗を破ろうと、良兼軍が石井へ兵を進めた。

 この時良兼軍が拠点にしたのは、以前わたしが勉学の為に通っていた結城郡の法成寺だった。

 しかし、この寺は既に御館様が目を掛けて居り、豊田の兵が駐在していた。

その見張りの兵が良兼の動きを早々に捉え、直ぐにこの奇襲を石井へ伝えた事で、良兼を迎え撃つ準備を早々に整える事が出来た。

 石井は鎌輪よりも奥地にあり、二本の川の間に挟まれる場所で、攻められにくい地形である。

迎え撃つには悪く無い立地だった。

 それでも石井に越して来たばかりの急な襲撃で、警備体制は万全とは言えない。

それにいざ迎え撃つと、良兼軍は何故かこちらの手薄な場所にばかり仕掛けて来る。

先に情報を掴んでいなければ今回も危なかったかもしれないと、後々の軍議ではその様な話が上がった。


 しかし、敗北を期した夏と今は違う。

 御館様はすっかり病から回復し、ギラギラと復讐に燃えながら、前線で指揮を奮っている。

元々戦上手の御館様が本気で挑めば、鍛錬よりも読経が趣味と言う様な良兼など、元より勝てる筈がない。

 良兼軍は石井に入る事なく完膚なきまでに叩きのめされ、豊田の民は戦火に喘ぐことなく、無事に年の瀬を迎える事が出来たのだった。

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