再びの襲撃
しかしこれは、叔父達にとっては堪らなく憎たらしい出来事だったのだろう。
承平七年の八月、再び良兼が兵を起こした。
朝廷から、無罪放免のお墨付きがあって帰郷した事で、今更もう叔父達も突っかかっては来ないだろうと踏んでいた矢先の事だった。
警戒を怠り守りの薄かった豊田は、この挙兵に気付くのが遅れた。
襲撃の知らせを受けて御館様達が駆け付けた時には、既に領地の境である小貝川は叔父達の兵に埋め尽くされ、占拠されていたらしい。
「子飼いの渡が落ちたぞ!」
「栗栖院の御厩も焼かれてしまった!」
続々と不利な戦況が屋敷に届き、そのうち疲弊した残兵達が慌しく鎌輪に帰還すると、屋敷中が大騒ぎとなった。
小貝川に面し、天然の要塞であると言われていた子飼いの渡と、豊田の重要な軍事拠点であった栗栖院常羽御厩を、良兼に一挙に攻め落とされたのだ。
良兼はこの時、御館様の祖父高望王と、父君の良持様の像を掲げて進軍してきたという。
奇しくも、下野の境での合戦で、豊田兵とわたし達が用いた神子作戦と、同じ手を使ってきたのだった。
普段であれば負けることの無かった御館様も、尊敬する父君や祖父に向けて矢を射ることは出来なかったらしい。
そうして反撃の士気が上がらないうちに、後退せざるを得なくなり、遂に子飼いの渡を敵に明け渡し、鎌輪へ敗走する事となったのだ。
負傷者の手当てや再戦の準備で、わたしも屋敷で慌しく働いた。
ある日、屋敷の入り口がにわかに騒がしくなった。どうやら、陣を立て直すために御館様が帰還した様だ。
皆が忙しい中で、御館様の姿を見掛けたのはほんの少しだったけれど、敗戦の気落ちがあるのか、いつもより顔色が優れないような気がして心配になった。
声を掛けようと後を追ったが、廊下の角を曲がるところで、わたしは人とぶつかって尻餅を付いてしまった。
「申し訳御座いません!」
おでこを硬いものに打ち付けた感覚と、ガシャリと甲冑が鳴った音で、身分の高い人物だと判断して、慌てて頭を下げる。
しかし中々相手から許しの言葉が出ない。
仕方なくそっと目線を上げてみると、そこに居たのは弟君の一人、将武様だった。
将武様は御館様の六番目の弟君で、御館様に似て非常に整ったお顔立ちをしているけれど、普段の態度が尊大なので、御館様よりも冷酷そうに見える。
今も無言で見下ろされて、かなり怖い。
「おい女、誰が面を上げて良いと言った。」
うっかり目線が合ってしまって、将武様は不快そうに眉根を寄せる。
それからじっとわたしを見ると、いきなりわたしの顎を手で掴んで上を向かせた。
「あぁ、なんだ。お前は浮草か。」
将武様はここ数年は相模の辺りに住んでいて、顔を合わせたのは久しぶりだった。
「あ、あの……」
「兄者が贔屓して居る異郷の女…。確かに坂東では見ない毛色だ。少し味見をするのも悪くは無いか。」
そう言うと、将武様は一歩わたしの方へ歩み寄る。
屋敷で客分扱いのわたしにこんな無体を働く者は居ないので、久しぶりの危機感に背中を冷や汗が伝った。
つくづく、御館様の庇護下の良い環境に置いて貰えていたのだと今更ながら実感した。
どうして良いか分からず、とりあえず将武様の体を遠慮がちにだが押し返す。
「どうかお辞めに…。私にも仕事が御座います。」
「強気な女は嫌いでは無いが、お前のそれは悪手だぞ。俺は戦続きで昂って居る。」
そんな事を言われれば、下手に抵抗するのも怖くなる。
押し返していた手も絡め取られてしまって、何も出来ずに身を固くして居ると、渡り廊下の向こうから、また上等な甲冑を着た男の姿が現れた。
「ま、将平様!」
見慣れたその姿に縋る様に叫べば、将平様は直ぐにこの窮状を察した様で、駆け寄ってわたしと将武様の間に割って入ってくれた。
「将武、浮草はこの豊田の大事な客分。無体は辞めなさい。」
「何だ、知らん間に兄者の女になって居たとは知りませんでした。」
将武様はくつと嫌な笑いを漏らした。
将平様はそんな将武様を普段より幾分か厳しい目で見つめている。
「この者はそういうのでは有りませんよ。大体、誰であっても嫌がる女性に尚言い寄るのは無粋な事。既に皆広間へ集まって居ます。お前も直ぐに向かいなさい。」
将平様は厳しい目線を崩さず、しかしため息混じりに将武様を諌める。
将武様は苦い顔でそれを聞いていた。
「……甘い男ですな、兄者は。」
将武様はそう言い捨てると興が醒めた様で、わたしの手を離してそのまま目もくれずに去って行った。
わたしは体の力が抜けて、大きく溜息をついた。
将平様は直ぐにわたしに謝ってくれたけれど、巻き込んでしまったのだから謝るのはわたしの方だ。
それから丁重にお礼を言って、わたしも屋敷の仕事の続きに、将平様も広間へと向かって行った。
結局この時、御館様に会う事は叶わなかった。




