2話 浮生の終幕
いつも読んで頂きありがとうございます♪
ストレス発散目的で緩く書いてます
全身ひんやりとした汗と軽装甲冑の中で屯する蒸気はいつもなら気に留める所だが今はそんな余裕は微塵も無い。
【一眼水蛇】の尾は地上の街にある監視塔が撓りながら俺を目掛けて倒壊してくるように感じさせる。
刹那の判断を間違えた瞬間、俺の冒険者生活は紛れもなく幕を下ろす。
そんなの御免だ。まだ、やり残した事なんてたぶんにある。
対峙する魔物を退治する事なく、その横暴さに限りなく無力に近い状態で抗い続ける。
その先にしか俺の求める答えが存在しない事は明白だからだ。
【一眼水蛇】の容赦ない薙ぎ払いを必死で躱す度、生きている心地がしないのと、生きている実感が押し寄せ、俺の中にある確かな感覚が訴える。
間違いではない。
俺は今、極限のストレスにさらされて、強い高揚感に支配されている。
詰まる所、βエンドルフィンと内因性カンナビノイド塗れというわけだ。
尾の薙ぎ払いが起こる度、砕けた岩肌や地面の砂やらが嵐の如き風量に乗せられ弾け舞い飛ぶのだが、それが身に当たると結構痛い。
視界は都度悪化するし、足元の地面は所々砕け割れどんどんと移動しづらくなる。
それでも防戦する集中力が途切れないのは常に死と背中合わせの状況で避けの一択しかないからで、すべき事が単調な行動に絞られている為だ。
視界の隅から大きな黒い影が風切り音を轟かせてくれるお陰で見通しが利かぬとも、その殺意が肌を通じてヒリヒリと伝わって全身の神経が避ける方向と機会を教えてくれる。
【一眼水蛇】からは、礫ほどの矮小生物が尽く自慢の攻撃を躱している事に相当苛ついてきているのが感じ取れる。
魔物にも確かな感情はある。
先達が遺した文献にそう記されていた。
眼前の【一眼水蛇】は興奮状態に呑まれていて、辺り構わず何度も尾を振るい咆哮し好き放題暴れまわるが、俺は〝ハイ〟ではあるものの対比するかのように冷静にそれを対処する。
まだ……やれる。
そう不思議と思えたのはまだこの凌ぎ方なら無闇に戦うよりも生き残れる確率が高いはずだと腹積もりだからで、さっき逃走していった新鋭達が街へ救援依頼を出すだろうし、血気盛んな連中の事だ。稀有な素材目当てで押し寄せれば形勢は間違いなく逆転する見込みはある。
そうなれば後始末は街の連中に任せて俺は探索収集に向かえばいいまで。
援軍が来るまでひたすら逃げて逃げて逃げ切ってやる。
とはいえ所詮は腐っても冒険者か。
生き死にを賭した瞬間てのは何度経験しても嫌気しか差してこないが、時間が経てばいずれこの感情も笑い話になるのは知っている……長年、そうやって生き延びてきたから今回もそう予感してはいる。
いつ頃からだろうか、こういう感情を抱き始めたのは……。
その時期も理由も今となっては、はっきりと思い出せないが冒険者になりたての頃まで確かに抱いていた感情とは雲泥の差……という事だけは間違いない。
駆け出しの頃は相手が格上だろうと格下だろうと関係なく心は弾み、無鉄砲ながらも躍動していた自覚はあった。
魔物を切り捨てては素材や魔素の核を集めた日々もそれらを素に加工した日々も宝の持ち腐れとなったそれらをギルドや行商に売りさばいて日銭を稼いだ日々も欲しい商売道具のために同志を集い迷宮探索した日々も懐かしく想う。何かと上昇志向の強い野心家であった。
それが、冒険者としての醍醐味であり、誇りでもあったからだ。
唯一の自己証明、自己顕示欲といつやつか。
確かに俺は冒険していた。
何の憂いも、悔しさも、痛みも持ち合わせていなかったあの頃のままならきっとこの現状を無茶して大いに楽しんでいたに違いない。
でも今は違う。
それなりに歳を重ねて、それなりに色々経験して自分の限界を知って生きてきた。
英雄と何が違い何が足りないのかを理解してからというもの、かつての二つ名なんて物はとうに捨てたし、周囲の連中にも捨てさせた事もすべて今の俺【コウ ハルサメ】を形成するべく必要な時間だったのだろう。
死地の最中にふと、そんな想いを巡らせるのは珍しくもある。
これまで幾度も経験してきたそれでは想い巡らすなんて事は無かったが、どういう理由か今回はいつもと違う。
体力も気力も湯水の如く、無限に湧き続けるわけじゃない。
【一眼水蛇】の猛攻に手持ちの魔素薬も減る一方。
(まだか……もうそろそろ救援組が来ないと保ちそうにないな。)
1人の探索において絶対的な俺なりの規則がある。
〝無茶をしない事〟と〝備えは想定以上に〟という二つの独自規則。
無茶をしなければ引き際を間違える事は非常時以外は、ほぼほぼ無い。備えがあれば余裕を保って家に帰れて上手い飯にもありつけ今日も生きている実感とその疲れを癒せる。
―冒険者なんて生きてナンボだ―
もし、俺に歴史に名を連ねる英雄達と同等の能力があれば、そういった類の誰かと出会えていたら、剣を握って蛇に立ち向かっていただろう……そうあらば、いとも容易く退路を岩石で塞がれることも無かったはずだし、こうして無様にも岩壁の斜面に背中を預けることもなかったかもしれない。
強烈な痛みが頭蓋に引き連れられるかのように首、肩、背中、腕、指先、腰、脚と駆け抜け、そして留まる。
油断は一切なかった……はずだ。
が、水蛇と呼ばれるだけあって、水属性魔素の扱い方が素晴らしく敵ながら天晴としか言えない。
霞む土埃を自身の尾で払うとともに逆方向から無数の魔素を霧状にして紛れ込ませ、俺が避けた位置を読んで瞬間的にそれを凝固させ鞭を彷彿させる形で仕掛けてきたのだ。
恐らくその躱し方は上位の冒険者や高位の魔法使いなら読めたのかもしれない。
―魔素感知の才能―
厳密に言えば魔素の複数同時展開の対処方法。
過去に先達の知見においてもその事実は教えられていた事を今更ながら思い出すが俺には不得手の類そのもの。
舐めていたわけではなく、ただ純粋に力不足だと痛感する。
幸い、腰に下げている小袋にはまだ魔素薬は幾分残っている。
なのに、小袋から取り出した魔素薬の瓶がするりと手の内から滑り落ちて岩肌に液体が飛び散る。
痛みと痺れの影響によって全身のあらゆる伝達意識が奪われ、視覚は【一眼水蛇】の姿をぐにゃり、と滑らかに曲がって捉えていた。
(いよいよ、やべぇな。)
紛うことなき命の危機。
〝死〟である。
俺は深く息を吐いたつもりだったが、懐には暖かく黒ずむ塊を吐き出していた。
使い慣れた軽装鎧が一気に色味を変えた事で一瞬にして世界は変わる。
何の前触れもなく、見上げた眼前にふと懐かしい姿を映し出した。
朧げながらに見えたそれが笑顔で何か語りかけてきた。
白い外套から垣間見る銀の腕輪をつけ杖を携えた女と筋骨隆々な体躯の青い鎧の男の二人。
ああ、懐かしい……何年いや、何十年ぶりか。
『もう充分迷ってきただろう。ここで終わらせろ。んで、ここで終わるな、馬鹿野郎。』
『そうですよ、あんなに苦労して得た〝異名〟が泣きますよ。』
聞こえるはずの無い言葉をそう確かに聞き取って不意に一つの笑いを吐いた。
それから何も存在しないはずのそこに向かって、そうだな……とだけ呟いて返す。
傍らに寝転ぶ気付け薬はつい先程の取り損ね割れてしまった魔素薬を取り出した瞬間に落としてしまった物か、それを手探りで拾いあげて大腿に打ち込むと視覚は間もなく正常に戻りつつあり、じわじわと正確に蛇を注視する。
見れば見るほど殺気に塗れる蛇のデカい頭に一発焼きを入れてやらないと気が済まない気分に駆られた。
次第に意識がはっきりとしてくると、遮断されていた強烈な痛みがぶり返し、まだ生きていることを実感するが今はそれどころじゃない。
ぎりぎり、辛うじて動く腕で小袋から取り出した魔素薬を大腿にめがけ打ち込む。
幾分身体の感覚は取り戻せたが、それだけではまだ足りない。
何本か更に打ち込む。
―高位魔素薬の乱用は禁忌―
知ったことか。どの道この生命が散るなら最期まで、もがいて足掻いて散ってやる。
何本打ち込んだのか数える気すら毛頭ない。そんな悠長な気構えをしていられるほど余裕はないからだ。
大腿に打ち込んだ後に心身に伝わる感覚で解った。
即効型、持続型の回復薬のみならず運動視野強化薬まで打ち込んでいて、頭が割れそうに感じ、身体が無性に熱く、そして軋む。
完全に薬物塗れだ。
悶えながら、餌付きながら、薄れゆく見覚えのある彼等の表情は微笑んでいた様に視えたが、それは現実か幻覚かさえ判断つかない程。
刎頸の交わりと呼べる絆との邂逅に時間はそう有りはしなかったが、実に有意義で妙に心地良く、そして擽ったくもあった。
そして俺は悦に入る蛇を睨めつけて血反吐を飛ばす。
「そこで蜷局巻いてやがれ……俺に突っかかってきた事、後悔させてやるからな……。」
目一杯吠え面を垂れてみるものの、じっくりと、ねっとりと蛇の舌が全身に纏わり付き、俺の身体は力なく宙へと掲げられ、そして逆さに墜落した。
ここまで読んで頂きありがとうございました♪
一身の都合上、不定期更新ですが、また次話読んで下されば嬉しいです♪
書き溜め… …_φ(・_・




