第5話 ベルとアレフ
思っていたよりも長くかかった昼食を終えて、アイリーンとリアナさんが薬草畑の研究にとりかかった。
宿のランチの時間が終わってひと休憩にきたというベルさんと一緒に、テーブルに座ってその様子を眺める。
「水の魔石と、火の魔石が、ニーナさんの聖なる力で、うまく混ざり合っているんですね」
「ああ。誰にでもできることではないから量産は無理だな。薬草畑を広くすればいいというものでもない。またニーナが王都から離れることもあるかもしれないから」
「となると、薬草の品質を上げるか、聖なる力を注ぐ回数を減らす方向へ改良していくのがいいんでしょうか」
「そうなるな。リアナも協力してくれるか?」
「もちろんです。私を誰だと思っています? 『土』の筆頭魔術師ですよ」
薬草畑を前に、筆頭魔術師の二人は楽しそうに、夢中になって話している。
聖水の品質を上げればそれだけ多くの人を助けることができるだろうし、力を注ぐ回数が減るのは単純に助かるはずだ。
――だけどジャックとオリーブ亭に通う回数が減ってしまうのは寂しいな。
「ニーナちゃん、エリックの抱っこ、少し代わってくれる?」
「はい!」
そうそう。ベルさんとアレフさんの子どもの、可愛いエリックと会う回数が減ってしまう!
――まあ、薬草畑に来る用事がなくても、遊びに来ればいいのよね。
ベルさんからエリックを受け取る。エリックはまだスヤスヤと、満足気に寝ていた。生まれた時に比べて大分大きくなった、だけどまだまだ小さな体。
見ているだけで幸せな気持ちになる。
抱っこを代わると、思った以上にずっしりと重みがある。ほんの数日前よりも、どんどん重くなっていく気がする。
「はーーー。最近揺りかごに置くと起きちゃうのよね。助かるわニーナちゃん」
「それは大変ですね」
ベルさんは、一度腕をグイーーーッと持ち上げて思いっきり伸びをしてから、自分でお茶を淹れて飲み始めた。
「本当に、なんだかいいわねー。若い子たちでお茶をしながら恋の相談だなんて。羨ましいわ」
お茶を飲んで一息ついたベルさんが、しみじみとそんなことを呟く。
若い子たちって……ベルさんは私とそこまで年齢も変わらないはずなのに。
「ベルさんは、あまりそういう機会はなかったんですか」
「そうね。両親が亡くなってからずっと必死にこの宿を守ってきて。ふふふ、そんな恋愛とか、可愛いことやってないわ。多分アレフもそうよ。共同経営者っていう感じ」
「そんなこと……」
どこからどう見てもアレフさんはベルさんのことが大好きで、とっても大切に想っている。
ベルさんだってそうだ。アレフさんといる時のベルさんはとっても穏やかで、安心して頼っているのか、とっても可愛いのだ。
「うん、やっぱりそんなことないです。アレフさんはベルさんのこととっても好きだと思います」
「そうかしら」
「そういえばベルさんとアレフさんって、いつからお知り合いなんですか? アレフさんが私をこの宿に連れて来てくれた時にはもう顔なじみのようでしたが」
「うーん。確か両親が死んですぐ次の年くらいの、私がまだ十三歳か、十四歳とかそこらの時で……って、聞いてもそんな楽しい話じゃないよ?」
気が付けばアイリーンとリアナさんもテーブルに戻ってきて、興味津々でベルさんの話を聞いている。
それを見て、ベルさんがプッと吹き出して笑った。
女性というのは、他人の恋愛話が気になってしまうものらしい。
「宿を切り盛りしていた両親が亡くなって、おばあと二人きりになった時。おばあは宿を畳んでもいいって言っていたんだけど、私はどうしてもどうしても続けたいって言い張ってさ。おばあと二人でやっていくことになったんだ」
ベルさんは少し視線を上げて、遠くの空を見上げた。亡くなったご両親のことを思い出しているのかもしれない。
――ベルさんが十三か十四歳ということは、十五年ほど前。おばあは六十歳過ぎくらいだろうか。女性
二人だけで宿を経営していくのが大変だったことは、想像に難くない。
「下町の人達にも手伝ってもらいながら、なんとか宿を切り盛りしていたんだ。その頃は私がおばあを守っているつもりだったけど、今にして思えば、おばあは両親の遺した宿を離れたくない私を、宿ごと守ってくれていた。……まあ泊める人数を減らしたりして、なんとかやっていたんだけど、次第に柄の悪い客が増えてきたんだ。他の宿屋で追い出されてくるような客がね。女手だけだから追い出せないだろうって舐められたんだね」
「そんな……」
そんな状態から、子どもの時のベルさんと、おばあだけで、一体どうやってこれまでやってきたんだろう。
聞いているだけで心配で仕方がなくなってしまう。
「それでも問題が起きそうになったら顔馴染みや警吏を呼んで注意してもらったりでなんとかやっていたんだけど。ある日ついに、なんともならなくなったんだ」
◇◇◇
「おい! 今日からしばらく泊まるからな。五人だ」
「えっと……お客さんたち、しばらくというのはどのくらいかね……」
「ああ、俺たちゃ傭兵だ。今は仕事の切れ目なんでな。いつまで泊まるか分からないってわけさ」
ある日やってきた五人組の男たち。常人じゃありえない殺気というのかね。そいつらを見るだけで体が強張って、肌がピリピリと痛いくらいだった。
傭兵だって言い張るけれど、よくない奴らだってことは一目で分かった。聖なる力を持っていて感覚の鋭いおばあが怯えていたし、力なんてなくたって、そいつらが近づいちゃいけない類の奴らなことだってくらい私にも分かった。きっと盗賊かなにかだったんだと思う。
明らかにそいつらに相応しくない、繊細で高級そうな装飾品をジャラジャラと付けていた。
そんな奴らに近所のおじさんたちや、こんな下町の警吏くらいじゃかないっこない。
宿にいた客の何人かが、そっとドアから出て逃げていった。
しかも奴らの要求は『宿に泊めろ』ってだけ。まだなにも悪いことをしていないんだから、追い出す理由もない。
「ちょっとお客さん、そのネックレスはどこで……」
「ん? なんだぁ。可愛いねえちゃんがいるじゃないか」
おばあと話していた男たちが、疑問の声を上げた私に気がづいて、二人ほどがニヤニヤと近づいてきた。
「こ、こら、ベル。およしなさい」
「だっておばあ……」
「宿泊ですね。今ご用意いたしますよ。ベル、あなたはお客さんが増えた分の買い出しにいっておいで」
おばあが小走りで、男たちと私の間に回り込んできた。
「でも……」
『(いいからお行き。しばらく帰ってくるんじゃないよ)』
その耳打ちで、おばあが私を逃がして、一人だけで男たちの対応をするつもりだと分かった。そんなこともちろんさせられない。だけど私にゃどうしようもない。
そんな時、まだ逃げ出さずに、宿に残っている客がいたんだ。
数日前から泊まっていた、雇われ兵士をしながら国中を旅して周っているっていうその客は、まあなんか盗賊みたいな男たちとは逆に、一目で悪い奴じゃないって分かる奴でさ。滞在していたたった数日で、いつの間にか下町のやつらとすっかり馴染んで、子どもらにも懐かれていた。
兵士をしていたなら少しは鍛えているだろうと思ったけどそいつはたった一人。まさか敵う訳もないって思ったよ。ただ間抜けにも、逃げ出しそびれただけだろうってね。
「おい、お前ら。おばあたちが不安がるのも無理はないだろう。その身の丈に合わない装飾品、どこで手に入れた?」
「ああ? なんだお前」
「俺か? 俺は傭兵をやっているアレフという者だ。国中を旅してるもんでちょっとは目が効くんだが、それはお前らが持つようなもんじゃないだろう」
「……雇い主から貰ったんだよ」
「ほう。その雇い主とは誰だ? 最近盗難の届がないか、調べてみようか」
「うるせーんだよ! 客がなにを持ってようが関係ねーだろうが‼」
「ちょっとアレフさん⁉」
一人対五人じゃ敵いっこない。その時はそう思って焦ったよ。人の良さそうなお客さんを巻き込んじまったってね。
でもね、アレフはあっさりと五人に勝っちまったんだ。
「二度とこの宿には来るなよ!」
そう言って男たちを追いだした後、そんなに強いくせに「悪いな、おばあ、ベルちゃん。宿を散らかしちまった。表へ出ろって言っても、素直に出てくれそうになかったもんでな」なんて謝ってくるもんだから驚いたよ。
それからアレフはちょくちょく泊まりに来てくれるようになってさ。そのうち王都にある貴族の屋敷に雇われて、たまにご宿に飯を食べにきたりするようになって。なんだかんだそれから十年以上の付き合いの昔馴染みになって。
仕事を辞めて故郷に帰るって挨拶に来たと思ったら、そのすぐ数日後にニーナちゃんを連れて泊まりに来たもんだからびっくりしたよ。
「アレフさん、すごい! 素敵ですね」
貴族のお屋敷で部隊長をしていたくらいだから、相当な実力者なのだろう。そういえばカルジス領出身で、昔カルジス侯爵様のところで兵士をしていたという話をアレフさん自身から聞いたことがある。
正式な訓練をしてきたアレフさんなら、その辺の破落戸には負けないのだろう。
「ほう。あの美味しい料理を作っている男がそんなに強いのか……」
「どなたか存じませんが、とっても素敵ですね、その方!」
皆でベルさんの話に大盛り上がりだ。まさかベルさんとアレフさんの出会いがこんなにロマンチックだったなんて。
「おっニーナちゃん、今日は友達と来ているんだって? こんにちは」
「アレフさん! 今日も美味しかったです! ごちそうさまでした」
そんな話をしていたら、ちょうどアレフさんが中庭にやってきた。
「この方がお話の?」
「おお、料理長。今日も美味しかったぞご馳走様」
アイリーンとリアナさんが、話題のアレフさんの登場で沸き立っている。
「ん? なんだなんだ。なんだか妙な雰囲気だな」
「ああ、お嬢さんたちに、あんたがこの宿に初めて泊まりに来た時に、破落戸から助けてくれた話をしていたんだ。そしたら格好いいってさ」
「そりゃ照れるな。……おっと、エリック目が覚めたか? しばらく時間があるから、父ちゃんと遊ぼうか。じゃあ皆さん、ゆっくりしてってくれ」
「うきゃっ!」
そう言うとアレフさんは、いっぱい眠ってご機嫌のエリックをひょいっと抱っこして、行ってしまった。
「わー、お話しに聞いたより、実物はますます素敵な方ですね」
エリックを優しいまなざしで見つめるアレフさんを見送った後、リアナさんがしみじみと呟いた。
「実は私も、アレフさんには助けていただいたことがあるんですよ」
「まあ、一体どうされたんです?」
その日は薬草畑の研究よりも、そのままアレフさんの話題で盛り上がってしまったのだった。
◇◇◇
アレフが故郷に帰ると報告に来た日の夜、ベルが一晩中泣いたことを、アレフは知らない。
助けてもらった日以来、まだ少女だったベルがたまに泊まりに来るのを心待ちにしていたことも。
だから故郷に帰らずに、可愛らしい女の子を連れて泊まりに来た時、心底驚いたけど、まだ少しの間王都にいてくれるのが嬉しかった。
その時の感情が、ただの安心感じゃないとは思っていた。
アレフが故郷に帰ると聞いた時の、あの悲しさも……。
「なあ、ベルさん。俺は傭兵を辞めて、故郷でなんか商売でもしようと思ってたんだが……なぜかこうしてまたこの宿に来ちまった。この宿のことが気になるのは、ずっとベルさんとおばあのことが心配だからだと思っていたけど、どうやらいつのまにか、ベルさんのことがすごく大切になっていたみたいだ」
アレフにそう告白された時、すぐには素直になれなかった。
口説かれて絆されただの、共同経営者だなんて言っているのも、照れ隠しだと自分でも分かっている。
だけどニーナちゃんのことがなかったら、そのまま故郷に帰ろうとしていた薄情者なんかに、言ってやらない。
もしかしたらアレフには、そんなことお見通しかもしれないと思いながら、ベルは他の話に移った女の子たちの会話に、楽しそうに相槌を打つのだった。




